第89話 決断

 物見に戻ったらちょうどクラウスと彼の部下が弓を構えているところだった。

 彼らの横を失礼してゴブリンらの様子を伺ったところ、集団になって先ほどまで俺がいた張り出し部分の我が土地へ向かって突撃を繰り返している。

 奴らは見えない壁に弾き返され、走った勢いの分だけ反対側に転がった。

 しかし、ホブゴブリンが右手をあげると再び見えない壁へ向け突進する。

 奴らはまたしても弾かれる。


「厄介だね」


 隣には眉間に皺を寄せるマルーブルクの顔。


「そうだな。でも、俺の魔法は万全だよ」

「うん。キミの大魔法なら飛竜はおろか草原の主であってもビクともしないからね」


 彼を安心させようと思い笑顔を見せると、彼もクスリと声を出す。


「兄ちゃん、そろそろ矢を射かけていいか?」


 クラウスが軽い調子で俺に問う。


「マルーブルクの指示に従ってくれれば」

「マルーブルク様が兄ちゃんにってな!」

「そ、そうか」


 決断が求められると慣れてない俺は弱ってしまう。曲がりなりにも言葉を操るゴブリン達の命を俺の指先一つで奪う。

 頭では分かっているさ。公国のことを考えると奴らが離れていくまで弓で攻撃すべき。

 だが……逡巡し首を振る。


「どうした? 兄ちゃん?」

「彼にとって大事なことなんだ。もう少し待ってあげなよ」


 クラウスに向けマルーブルクが口を挟む。

 すると彼は無精髭をさすり一歩後ろへ後ずさって佇まいを正した。


「ふじちま」

「フジィ」


 後ろから心配するワギャンとタイタニアの声。


 分かってる。分かっているさ。

 奴らは害獣なんだ。俺の勝手なエゴに過ぎないが奴らは駆除しなければならねえ。

 公国本国のことより何より、前も思ったけど大軍で枠の外を囲まれたら動きが制限されるしな。

 俺たちの街の為にも、害獣駆除は実施せねばならぬ。

 そして、できればもうここに来ないでいただきたい。


「クラウス。あの大きなのを狙えるか?」

「いいねえ。俺もあいつをやりたかったとこだぜ」


 任せろとばかりにクラウスが親指をズイッと突き出す。

 進化したゴブリンが個体としてどれだけ強いのか見させてもらうぜ。


 クラウスと彼の部下三人が揃ってホブゴブリンへ狙いをつける。


 彼らが手を離した途端、矢が風を切るひゅるひゅるとした音がしたかと思うと、ホブゴブリンの頭と首へ矢が突き刺さった!


 ホブゴブリンはあっさりとその場で倒れ臥し、ビクビクと手先が震えた後動かなくなった。


「次、杖を持った奴を」

「任せろ!」


 浮き足立ち固まっているゴブリン達へ向け、第二射を放つ。

 二本の矢がそれぞれの杖を持ったゴブリンの頭へ突き刺さった。


「すごいな。全弾命中じゃないか」

「この距離ならな。後は奴らが散を乱すまで射続けるぜ」

「うん、頼む」


 リーダー達を失ったゴブリン達は途端に 前回出会ったような個々がバラバラに動く感じに様子が変わる。

 しかし、人を食ったような態度ではなく、全員が一様に恐怖心を抱いているようで一体、また一体と逃げ始める。

 こうなれば後は遅いか早いかだ。

 何体かのゴブリンが矢に倒れるものの、我先にと残った全員が逃走して行く。


 ◆◆◆


 奴らが立ち去った後、リュティエも交え集会所に集まる俺たち。


「……というわけなんだ」


 ホブゴブリンとの会話の詳細をみんなに伝えたところ、全員が一様に渋い顔を見せる。


「進化ですか」


 リュティエが唸るような声を出す。


「勝手に俺が『進化』って名前を付けてるだけだけどね。どうやって進化をしたのかより、進化した個体のリーダーシップと進化を促した裏にいる者が気になる」

「ハトが巨大化した現象と似てる……というのかキミの見解かな」


 マルーブルクが人差し指をピンと立て、紅茶を口に含む。

 彼はそのまま目をつぶり、ゴクリと喉を鳴らす。

 彼の切れすぎる頭の中では一体何が議論されているのだろうか?

 この少年の言葉をみんなが固唾を呑んで見守っている。

 年齢も種族も関係なく、誰もがこの中でマルーブルクこそが最も聡明であると思っているからだろう。


「裏にいる者が人間並みの知能を持つと仮定しよう。それなら、可能性は二つ」

「一つは魔族って奴らかな?」


 公国を蝕む二勢力のうちの一つが魔族だ。もう一方がゴブリン。

 奴らが手を組み……いや、天帝とホブゴブリンが呼んでいたな……魔族がゴブリンを取り込み公国を滅ぼそうとしているのなら、しっくりくるか。


「うん。他勢力と共同することが無かった魔族だけど、彼らがゴブリンを自らの眷属の一つと認識したのなら……可能性はあるかな」

「もう一つが想像つかないな。グバアじゃないだろうし」

「アレは唯我独尊。孤高の絶対強者だよ。回りくどいことはしない」

「そんなもんか」

「そんなもんだよ」


 遥かな高みから下々の者を見下ろすあの鳥にとっては、ゴブリンだろうが人間だろうが同じってことか。

 奴の言葉を借りると「些事には目を向けぬ」ってことだな。

 なら、誰だ?

 まさか龍?

 竜人達は獣人の住処に進出して来たという。

 いや、でも奴らは草原に出てくることはないはず。ワギャンが言っていたじゃないか。「竜人は決して草原に足を踏み入れない」ってさ。

 踏み入れない理由は俺にだって分かる。グバアがいるからだ。

 あんなのに襲われたら、千人や二千人程度、五分で全員粉々だよ。

 グバア水爆の冗談みたいな破壊力が頭をよぎり苦い顔になる。


「もう一つの可能性は公国だよ」

「え? そんなことをしたら自分たちが滅ばない?」

「権力、金銭……人間とは浅はかなモノなんだよ。そういう者は得てして成功したビジョンしか見えていないのさ。仕掛けた自分自身が滅ぶことなんて微塵にも考えてはいないよ」

「うーん、そいつは……救いようがないな」

「ま、あくまで可能性の一つだよ。ボクの見解では、魔族が七、公国ニ、その他偶発的が一かな」

「偶発的なら脅威度は思いっきり下がるけど……」


 うーん。

 それはともかく、俺はマルーブルクへ公国のことを聞くべきか悩んでいた。

 そんな時、思考を遮るようにタイタニアの声が耳に届く。


「ね、ねえ。フジィ。偶然だったら何で怖く無くなるの?」

「あ、それは。たまたまホブゴブリンになっただけなら、あの個体で終了だ。ホブゴブリンは今後生まれず、元のゴブリン達だけが残るってわけだよ」

「ありがとうー」


 タイタニアは納得したようにうんうんと頷く。

 集会所に来てから誰かの笑顔を見たのはこれが初めてだ。

 

「大丈夫だよ。俺たちにとってゴブリンなんていくら進化しようが害獣と同じ。大したことは無いさ」


 へらへらと軽い調子でみんなに目を向ける。

 そうだったよな。タイタニア。殺伐とした時ほど元気よく笑顔で。


「うん! フジィの魔法だもの!」

「その点は誰も心配しておりませぬな!」


 タイタニアとリュティエが自信満々といった感じで両手をギュッと握りしめた。

 二人とも胸の前で小さく拳を作っているから、微笑ましくなる。

 タイタニアはまあ女の子だからこういった仕草は普通に可愛いんだけど、ここではリュティエにこそ注目したい。

 あの厳つくてゴツイ虎頭のリュティエが小さくコミカルな動きをしたら頬がにやけてくる。いいよな。大型動物の可愛らしい仕草って。


「キミの心配事は理解しているよ」

「え?」


 ドキリと心臓が高鳴る。

 聞かなくてもマルーブルクには見透かされたいたってわけか。

 

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