第79話 夜になるとうるさい公園
部屋で言葉の練習をしているとマルーブルクが戻ってきて、四人でお勉強を続けることに。
しかし彼は終始喋ることなくニコニコとワギャン、タイタニアの奮闘を見守るのみだった。
タイタニアが「交代でやろう?」と言うが、彼は「聞いているだけで大丈夫ですから」と返す。
「ほんとに大丈夫かよ」と思った俺は部屋の外にマルーブルクを連れ出し、部屋の中に声が漏れないよう小さな声で囁く。
「聞いているだけだと学習が進まないだろう?」
「問題無いさ。タイタニアの進捗が遅れる方こそ問題だよ」
「そらなら良いんだけど……」
「ま、一週間よろしく頼むよ」
「え?」
彼はそう言い残し部屋に戻って行った。
◇◇◇
四日経過したが、マルーブルクは毎夜訪ねてくるものの必ず一度は途中で抜けてまた戻ってくる。聞くか聞かないか迷ったけど……彼が大きな問題を抱えてるかもしれないから聞いておきたい。
でも、街に関わることじゃないと思うんだよなあ。それなら毎日の集会所での会議で報告するはずだし。
今日もまた食事の後にクラウスがやって来てマルーブルクを連れ出す。
気になった俺は外まで彼らについていったが、クラウスはその場でマルーブルクと別れた様子だった。
お、これは都合のいい展開。あの王子のことだから、ワザとこういう隙を作ったのかもしれないけど。
「クラウス、少しだけ話しをしても大丈夫か?」
「おう。俺はもう暇だからな」
「外の方がいいかな?」
「んだなあ。中にはタイタニアがいるんだろ? 聞かれてもいい話とあまり聞かれたくない話がある」
「ん?」
「マルーブルク様がなんで毎日席を外すか聞きたいんだろ?」
「お、おお。その通りだよ」
ワギャンらに少しだけ出ると伝え、缶ビールを持ってクラウスと公園に向かう。
公園についたはいいが……。
――ぐがぐがが……ぐがぐがが……。
何この不気味な音……。しかも規則的に響いて来るし。一体全体公園で何が起こっているんだ。
音のする方へ行ってみたら原因はすぐわかった。
「ハトの寝息がうるさいな……」
「ま、そんな生物だと思えばなんてことねえだろ?」
腰に手を当てたクラウスがカラカラと笑う。
家の屋根を住処にしなくて本当によかった。こんな音が毎晩聞こえてきたら悪夢しか見ないわ。
ハトはベンチの上で丸まってぐーすか眠っている。
巨大化する前はこんなにうるさい寝息を立てなかったんだけどなあ。
ハトの眠るベンチの反対側へ二人で腰かける。
「クラウス。よかったら」
「お、ビールじゃねえか。ありがてえ」
この前クラウスへ缶ビールを試しに飲んでもらったら、いたく気に入っていたから持ってきたんだ。
缶ビールを受け取った彼はぷしゅーとプルタブを開けてさっそく口に含む。
「さっそくで悪いけど、夜な夜な何かやっているのか?」
「ぷはー。うめえ。ん、そうだな。一つは名簿作りだ。住人の一覧表を作成している」
「おお。それは良いことだな。ちゃんと管理するために必要だよな」
獣人側にも提案してみよう。ノートと鉛筆は俺から提供するか……。その場合、集会所の外には持ち出しできなくなっちゃうけど。
公国と違い、獣人は数が多いからとても時間がかかると思う。でも、扉のアクセス権の設定で一度は住人全員の名前を書くんだ。漏れが無いように確認する意味でも効果的なはず。
「一覧表を作ったら、ゲート用の名簿を別途作成してまずは完了ってところだな」
「うんうん」
「名簿作りは息抜きみてえなもんだ。もう一つが面倒でな。マルーブルク様にしか対応できねえんだよ」
クラウスがぐびぐびと残りのビールを飲み干し、大きく息を吐く。
マルーブルクのお仕事内容がよほど嫌なことなのか、彼にしては珍しく顔をしかめている。
「外に漏らせない内容だったら言わなくてもいいよ」
「いや、お前さんには知っておいてもらった方がいいだろう。少し長くなるが」
そう言ってクラウスは缶ビールを近くのゴミ箱へ放り投げた。
『おいちいいい』
相変わらずのゴミ箱さんの歓喜の声が響き渡る。夜だと結構うるさいんだよな。ハトのグゴゴほどじゃあないけどな!
ゴミ箱さんとハトのあまり聞きたくない重奏に俺とクラウスは顔を見合わせ苦笑する。
「公国には国を治める公爵がいて、五人の嫡子がいるのは知っているよな?」
「うん」
「公爵とはともかく、マルーブルク様と四人の兄はそれほど仲が良くない。中でも次男と三男との中は険悪なんだよ」
なんとなく、マルーブルクの抱えている問題が見えてきた。
第二公子か第三公子と揉め事でも起こったのかな。
「今回連れてきた兵士は全てマルーブルク様直属なんだが、後から来た技術者や農民らは違う」
「マルーブルクはここにやって来て留まるくらいだし、領地は持ってない?」
「おう、その通りだぜ。察しがいいな! マルーブルク様は城の文官として高い地位についている。だから、領民なんてものは抱えていないんだ」
そうだろうなあ。領民なんて抱えていたら、領地を捨ててサマルカンドで采配を振るうなんてことはできないだろう。
「てことは、技術者はともかく農民はどこかの領地から連れてきた者達ってわけか」
「おう。いろんなところから連れてきている。多くは食うに困った者達を領主が放り投げた形に近いがな」
苦虫を噛み潰したように渋面を浮かべるクラウス。
これ幸いにと自ら護るべき領民を切り捨てたことに彼は憤っているだろうか? そんな彼に俺は好感を覚える。
「話が繋がってきたな。次男か三男が農民に手下を紛れ込ませてきてちょっかいをかけてきてるのかな?」
「やるじゃねえか! その通りだ。やれ農民を貸しているのだから税を寄越せだの、持ってきた農具の代金を寄越せだのいろいろとな」
「農民の人たちは着の身着のままで、自分の商売道具である農具を持ってきただけだろ? 貸し与えられていたものじゃあないよな」
「もちろんだぜ。兄ちゃん。まあ、その辺はマルーブルク様も慣れてるから、のらりくらりとやり過ごしていたんだが……」
「さすがマルーブルクだな」
「おう。年少ながらもマルーブルク様ほど頭が切れる人はいないんじゃねえかな。ま、それはいいとして。エルンストの奴が厄介なんだわ」
「ん?」
「ああ、すまねえ。エルンストってのは次男な。マルーブルク様ほどじゃあねえけど、それなりに頭が回る奴って言われてる」
次男ってことはそれなりに権力も持ってそうだな。公国の跡目は長男が継ぐのか分からないけど、もし長子相続だったら次男は長男に何かあった時の代わりだ。
「えっと、今までの話からしてエルンストってのは領土を持ってるんだな。あと公国は長男から順に権力が高くなるのかな?」
「詳しいことは分からねえ。あんま興味がねえからな。いずれにしろ、エルンストは二十四歳と成人しているし、領地も任されてるってことだけ把握してりゃあいい」
「分かった。エルンストが領地から農民を忍び込ませて、やんややんや言ってきたってわけだな」
「おう。三男のヘルマンも同じようなことを言って来てるが、まあ今んとここっちは問題ねえ」
覚えきれん。人の名前を覚えるのは苦手なんだ。
次男と三男とだけでも記憶してれば大丈夫だろ。
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