第44話 三輪車
自転車を使ったら移動も速く、疲れないし最高だぜ。
シャカシャカと進み、土地をどんどこ購入していく。
作業を進めながらふと思ったんだけど、ずっと家の中に引きこもってるから運動もたまにはしないとなあ……なんて。
あ、そうだ。外周をランニングすればいい運動になるかも。
「ダメだ。障害物があるんだった」
外周の土地を購入し終わったら、東西に二か所、南北には公国と獣人側双方分合わせて四か所に扉を設置する予定なんだ。
ランニングをするなら、俺の家から南北に伸びる道を往復するか。
そんな下らない事を考えているうちに、外周の準備が完了する。
床材は石畳にした。色は石材そのまんまだから、白に灰色が混じったような地味なものだ。
雑草ばかりのところにでーんと石畳があるから、違和感が半端ない。
そのうちここが街として賑わってくれば、様相も変わってくるだろう。
扉を設置する予定の部分だけは、床材を石畳ではなくレンガ敷きにしておいた。分かりやすいようにと思ってね。
それに、設定も異なる。ここだけパブリック設定で、他は全てプライベート設置になっているんだ。
公園に戻り、近くにいたコボルトと中年の人間男にそれぞれ「外周に対し魔術が完了した」と伝えてくれと頼む。
どっちから来るかなー。
スポーツドリンクをゴキュゴキュしつつ、公園にあるブランコを年甲斐もなく思いっきり漕ぐ。
一回転しそうになり、慌ててブランコの勢いを落としたところでクラウスがやって来た。
「よお。兄ちゃん、相変わらず信じられんほど早えな」
いつもの調子で人好きのする笑顔を浮かべる無精ひげ。
「自転車があったからね」
ブランコのそばに停車させている自転車を指し示すと、クラウスは腰に手を当て興味深そうに中腰になりしげしげと自転車を覗き込む。
「この足踏みを回すんだな」
「うん、それはペダルって言ってペダルを足で押すと車輪が回るんだ」
「馬車を複雑にした感じだな。時計みたいなギアがついてんな」
「うん、それがあるから自転車は快適に漕げるんだ」
「パネエな!こいつはすげえ」
パネエって……そんなハトみたいなセリフ……。
「それ……ハトから?」
「お、分かったか。部下の若え奴らが気にいっててな。ついつい俺も」
「あれ? ハトと会話できるの?」
「できる。どうやら獣人たちも会話が成立するって言ってたな。お前さんのペットだからお前さんと同じようになってんだよな?」
「え?」
「ん?」
「あ、いや。何でもない」
ちょっと待て。
あのハト……俺と同じような言語能力を持ってるっていうのかよ。
グバアでさえ、俺としか会話できないって言うのに、ハトの奴が……。
それに俺と違って、場所に囚われずに誰の言葉でも理解し、喋るなんてええ。
あの狂気を感じさせる丸い瞳を思い出し、「うがああ」っと声をあげて頭を抱えてしまった。
「ホントに大丈夫か? 兄ちゃん?」
「う、うん。マルーブルクへ伝えておいてくれるか? 呼んでくれれば扉の設置に向かうから」
「あいよー。誰か寄越すからちっと待っててくれ」
「うん。頼んだよー」
ヒラヒラと手を振るクラウスと同じように、俺もにへへと曖昧な笑みを浮かべて手を振り返す。
いや、うん……にへへなんて顔をするつもりなんてなかったんだ。クラウスの真似をしてニヒルなアウトローな笑みを浮かべようとしたら、こうなっただけである。
俺は心の中で「イケメン爆発しろ」と念じながら、クラウスの背中を凝視するのだった。
「ふじちま……何をしているんだ?」
ポンと肩を叩かれて振り向くとワギャンが首を傾けているではないか。
前傾姿勢で怨嗟をクラウスの背中へ送っていたところを見られてしまった。
な、なんてことだ。
恥ずかしさで頬が熱くなり、耳まで真っ赤に……。
「ま、魔術だよ……」
「そうか。邪魔してしまったか?」
「い、いや……」
決死の誤魔化しを敢行したところワギャンが真面目に応じたもんだから、ますます切羽詰まってしまった。
え、ええい。
ここは、無かったことにして話を進めるしかない。
「ワギャン、土台の設置が完了したんだ。いつでも扉の設置に向かえるから都合のいい時に言ってくれ」
「そうか。それなら今からでも大丈夫だ。北側からでもいいか?」
「うん。さっそく行こうか」
ブランコの脇に停車させた自転車に目をやり、はたと気が付く。
そうだ。自転車があるのは俺だけだった。他の人の分を準備してもいいんだけど……ワギャンの足の長さだと難しいよなあ……。
三輪車ならいける?
やべえ。三輪車に乗ったワギャンを想像すると……顔がにやけるじゃないか。
「自転車を使ってくれてもいい。僕は後ろから走って追いかけるから、気にしなくていい」
「ん、じゃ、じゃあさ。ワギャンも乗ってみる?」
「嬉しい申し出だけど、自転車は僕だと漕げない。足が届かないからね」
「ちょっと待ってて」
タブレットでメニュー一覧を出した後に気が付いたんだけど……子供用自転車ならワギャンでも運転できるよな。
だ、だがしかし、俺は三輪車に乗るワギャンが見て見たいんだ。
「ごめん、ワギャン」と心の中で謝罪しつつも、一番大きいサイズの三輪車を注文する。
この三輪車は、フレームだけでなくサドル、ハンドル、ペダルにまで自然木を使った拘りのあるデザインをしている。
車輪は大き目で小学校低学年くらいの子供なら余裕でペダルを漕ぐことができるサイズだ。ワギャンには少し小さめだけど……この方がぜったい可愛いはず。
大きな熊が小さい一輪車に乗っている姿を想像して欲しい。小さい方がよりにやけることが分かってもらえると思う。
「ワギャン、これならどうだ?」
三輪車をワギャンの前に押して行って、彼に見せる。
「少し小さいけど、これなら漕げると思う」
「さっそく試してみる?」
「こんな良さそうなものに僕が触っていいのか?」
「もちろんだよ。君に使って欲しくて魔術を構築したのだから」
「そうか。悪いな……でも、ありがとう」
ワギャンは少し戸惑いつつも、目の前にある文明の利器――三輪車に心惹かれているようで首を振った後、サドルのお尻を乗せる。
恐る恐るワギャンがペダルを足で踏むと、三輪車が進み始めた。
「そこのハンドル……持ち手のところを動かしたら左右に動くよ」
「分かった」
進みつつハンドルを切り、綺麗に円を描くワギャン。
うはああ。こいつはたまらんな。萌える。萌えてしまうぞ。
ピクピクと動く耳や時折ピンと立つ尻尾もたまんねえ。
しかし、ワギャンは三周くらいクルクルと回ったあと、三輪車を降りてしまった。
「どうした?」
「ふじちま。根本的なことが分かった」
「ん?」
「走った方が遥かに早い。お前は自転車で行ってくれ。僕は走る」
「疲れないか?」
「すぐそこだろう? 息があがることもないさ」
三キロあるんすけど……体力が俺と違い過ぎる……。
そんなこんなで、一瞬にしてワギャンを三輪車に乗せる計画は破綻したのだった。
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