第8話 故郷

シーティアはさまよった。国も村も・・・ただ休める場所を求めて。

しかし、どこへ行けども人々は彼を追い返すばかりだった。

恐怖と憎しみに満ちたその目が・・・シーティアの頭から離れなくなっていった。


彼は疲れ切っていた。

ただ誰かと・・・普通に過ごしたかった。

だがそれは叶わない。


じわじわと胸の中に広がる黒い物を・・・彼は抑えられなくなっていった。

だが最後に一つだけ・・・彼を支える物があった。


故郷だ。そこに住む大切な人々・・・大切な家族。


・・・帰ろう、故郷ミルミラへ。

遠く離れたあの村なら、そんな事すら誰も知らないだろう。

父や母や・・・家族なら自分の事を受け入れてくれるだろう。



シーティアは自身の村へと急いだ。だがむやみに飛んで魔力を消耗する訳にもいかない。

町や村へ宿を取りに入る事も出来ず・・・彼はひたすら歩き続けた。


そして、長い時間を経て・・・

彼はとうとうミルミラの村へ辿り着いた。

生まれ故郷へ・・・。




迷いはあった。

もしもこの村の人々にさえ拒絶されてしまったら・・・。

だがシーティアは信じた。自分が最も愛する人々を。

彼等がいたからこそ・・・自分は勇者になれたのだ。


そして・・・。



ボロボロの服装に身を包み、よろよろと村へ入る彼を初めに出迎えたのは・・・母だった。


「ただいま、母さん・・・。」

僅かな不安を胸に・・・シーティアは母に語りかけた。


「・・・!!シーティア、シーティアなのね!?」


すると彼女は・・・勢い良くシーティアに抱き着いた。


「おかえりなさい・・・シーティア!!」


良かった、本当に・・・。

抑えよう筈もない、シーティアは涙がこぼれるのを我慢出来なかった。



その夜は宴となった。

小さな村だ・・・全員が家族のようなものである。

その一人が帰ったのだ。まして、勇者として・・・。


シーティアは語った。王国へとたどり着くまでの冒険を・・・そしてその後の悲しき日々を。


語り尽くせぬほど語り、やがて彼は眠りについた。これほど深く眠れるのは一体いつぶりだろうか。



翌日・・・。

目覚めたシーティアはまずこれが夢ではない事を確かめると、母の手料理に舌鼓を打った。


「今日はね、父さんが帰ってくるのよ。」

「父さんが・・・?」


元は騎士だったシーティアの父は、引退後も近くの町へ出て現役の騎士や、騎士を志す人々に指導を行っていた。たとえ老いてもその剣の鋭さは衰えず。彼の名は周辺の町々に轟いていた。


そんな父をシーティアは誇りにしていた。腕だけでは無い、その心構えや皆に慕われる姿をもだ。


無邪気な子供のように、シーティアはその時を待った。


「ふふふ、そんなに慌てても父さんが帰ってくるのは夕方過ぎよ。」



そしていよいよ日が落ちる時刻・・・その時が来た。村の彼方に懐かしいシルエットが浮かぶ。

待ちかねた姿に駆け出す・・・が、シーティアのその足は途中で止まった。

父の後ろには、大勢の兵の姿があった。


「シーティア・・・話は聞いたぞ。よもや勇者を殺し魔王の座に躍り出るばかりでなく、王国転覆を企てるとは・・・私は悲しい。お前のような子に育てる為に私の剣を教えた訳ではないのに・・・」

父は首を振った。


「そんな、違う!!それは間違いで・・・話を聞いて・・・!」

「問答無用、引っ捕えよ!!」


シーティアの声を遮りながら、兵は叫び一気に襲いかかった。


「そんな、これは何かの間違いよ!!・・・ああっ!」

母が前に出るが・・・勢いに倒されてしまった。


「母さん!!」

「邪魔する者は全て切ってよし!!」

「なっ、村と人々には手を出さない約束じゃ・・・。」

「うおおおっ!!!」


様々な声が入り乱れるが・・・もはや兵達の怒涛の勢いは止まらない。

このままでは、村ごと粉々にされてしまう。


(皆を・・・母さんを守らないとっ!!)


シーティアは携えた剣を引き抜いた。

同時に、これまで抑え込んでいた心の奥底の黒いものが爆発する。


シーティアは・・・紫のオーラに包まれた。

勇者だったはずの者が使う闇の力は・・・想像を遥かに超えた。

彼は・・・闇に堕ちた。





気が付けば・・・辺りには凄惨な死体の山が出来上がっていた。


「・・・みんな、怪我は無い!?」


振り向くそこには・・・父が母の前で震えながら剣を握っていた。


「父さん・・・」

「触れさせん・・・妻には指一本。・・・悪魔の子め、やはり兵達の言う通りだったかっ!!」


汗をだくだくと流しながらも彼は必死に剣を構えている。その目にあるのは明確な敵意だけだ。

そしてその奥にいる母もまた、蹲り震えている。


「母さん・・・。」

「・・・消えて。お願い、何処かに消えて・・・!!」


彼女の目にあるのは、恐怖だけだった。


「ああ・・・あああ・・・。」


シーティアは茫然自失のままくるりと回れ右をすると、そのままぼんやりと何処かへ歩き去っていった。

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