第5話 末路

・・・どさっ!!

牢獄へ放り込まれる。

イブは最後まで無実を唱え続けたが、兵は聞かず一方的に囚われてしまった。


「馬鹿な・・・一体何が・・・。」


もはやそれは牢獄と呼べるものですら無かった。

城の近くの水の無くなった枯れ井戸に、そのまま落とされただけである。

周囲にあるのは取っ掛かりのないつるつるの壁だけだ。

ただの牢なら破る事もできるが、これではどうにもならない。

天空の指輪も置いてきてしまった。


兵が上から蓋をすると・・・そこは完全に真っ暗闇になった。



もはや朝も夜も分かりはしない。

何年も何年も・・・イブは一人で暗闇に囚われ続けた。

辺りに生えた水苔で飢えを凌ぐだけの日々だ。

気が狂いそうだった。何でも良い、人との会話が欲しい。


やがて彼は・・・壊れた。


憎い、憎い・・・何もかも全てが憎くてたまらない。

心の奥底から・・・黒いものが湧いてくる。

殺せ殺せと、意識を支配しようとする。

これは・・・闇の力だ。


光ある所にまた影あり。勇者であると同時に、イブがその奥底に内包していた闇の力は凄まじかった。


瞬間、井戸の蓋が破壊される。


「グガアアッ!」


鳥の魔物が飛び込んできて、イブを拾い上げた。イブの放つその闇の力を感じ、魔物は彼を主と認めたのだ。

彼は牢獄から脱出した。


・・・




「そこからはもうあっという間さ。魔物達は次々に俺の元へ集った。最強の闇の力を持つものを主とするべく・・・。そして俺は魔王になったんだ!愚かで己の事しか考えぬ人間を滅ぼす為に、この世界の全てを破壊し尽くす為にな!」

魔王ハベルトとなったイブは・・・全てを勇者シーティアに語った。


「そんな・・・貴方にそんな事が・・・。」


相手は魔王だ。どのような手でこちらの同情を誘うかわかったものでは無い。

だがシーティアはそれが真実であると確信していた。

彼の憎悪と悲しみで満ちた目を見れば・・・一目瞭然だった。


「もはや我が軍には世界を滅ぼすだけの力が蓄えられている・・・明日にでも殲滅を始められるだろうよ・・・!!誰しも貴様同様に、勇者イブの名は知っていてもその顔は知らぬ者ばかりだからな。まさか思うまい、かつて世界を救った勇者が今度は世界を破壊する魔王になっているなどと・・・。」


「違う・・・!」


シーティアは凛とした目で魔王を見た。


「あなたは本当に世界を破壊する気なんて無い、それ程の力があればその気になればいつでも世界を 破壊し尽くす事なんて出来たはずだ。」

「何だと?」


「でもそれをしないで・・・一人こんな城に閉じ篭っていたのは迷っていたからだ!・・・知っていたからだ、人間は誰しもそんな者ばかりでは無いと・・・!貴方は完全に魔王になってしまった訳では無い!!」

「・・・っ!貴様に・・・貴様に何がわかる!!」


魔王の言葉に・・・シーティアは更に強く叫んだ。


「俺は姫を見た!・・・今ならわかる、彼女は貴方が囚われた事に悲しみ心を失ってしまったんだ!!ずっと貴方の事を思っていたから・・・。」

「・・・!!」


「今ならまだ間に合う・・・全ての人と分かり合うことはできなくても、きっと貴方の事を理解してくれる人達がいるはずだ!俺は貴方と戦いたくは無い!!」


シーティアの言葉に、明らかに魔王の表情が変わった。・・・その心にもほんの僅かに変化があっただろう。

だが彼はその思いをかき消すべく憎悪を爆発させた。


「黙れ黙れ黙れぇっ!!決めたんだ・・・俺は全てを滅ぼすと!!」


魔王の怒りと共に、邪悪なエネルギーが溢れる。

立っている事さえ叶わぬ風圧がシーティアに襲い掛かる。

彼は迷いも何もすべて振り払うように全ての力を解放したのだ。


これが・・・魔王の本気だ。


「さあ来い勇者よ・・・来ないなら一方的に蹂躙するのみだっ!」


(そんな・・・どうして・・・!)

シーティアは惑った。

憧れの勇者と・・・悲しき魔王と戦うのはあまりにも辛かった。



だがこの時、彼の頭にはマスターの言葉が思い出されていた。


「ぼうや・・・お前は優しい奴だからよ、いざ魔王と立ち会ってもできる事なら殺したくないって考えるんじゃねえか?話し合いで解決しようなどと・・・。」

「それは・・・そうかもしれません。」


「かーっ、大した慈愛の精神だがそれだけじゃ勇者は務まらねえぜ。優しい言葉での説得なんか神父にでも任せときゃ良いんだよ。」


ボリボリと、耳をほじりながらマスターは続けた。


「世の中にはな、誰に何と言われようと・・・たとえそれが間違っていると分かっていようとも、譲れない思いってモンを抱えた野郎がいるのさ。全く、頑固で困っちまうよな。そしてそういう奴には言葉で思いを伝える事は難しい・・・だからそこでこそ、勇者の出番なんだぜ?」


そう言うと、マスターは拳を突き出しにっこりと笑った。


「ぶん殴っちまえば良いのさ。・・・何も殺さなくてもいい、ただ戦う事で伝わる思いってのがあるんだよ。」


言っても分からぬ悪い奴に拳で思いを届ける事、それが勇者の役目なんだぜ・・・

マスターはそう付け加えた。




(そうだ・・・俺の力は誰かを傷付ける為じゃない、思いを伝える為にあるんだ・・・!!)

シーティアの迷いは晴れた。


「おおおおおっ!!」


気合いを込めるとシーティアの持つ勇者のエネルギーは爆発した。淡い光が彼の掲げた手に収束していく。

折られた剣の代わりに・・・光の剣が出来あがった。


「勝負だイブ様・・・いや、魔王っ!!」

「そうだ、それでいい・・・!所詮魔王と勇者は殺し合う運命なんだっ!!」


魔王もまた、闇の魔法力を槍に変え構えた。

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