第29話 庶民のデパートで


 色々あった林間学校が無事に終わり、夏休みもあと少し日が経てば始まるというところまで日は進んでいた。

 今日は、林間学校で潰れた休日の振替の日、つまり学校は休みとなっている。

 そんな振替休日を、俺は妹のあおいが前から行きたがっていたデパートで過ごしていた。


 【2時間前】


 コンビニのATMで残高照会をした。

 日払いで払われる給料がどのくらいになったか気になったからだ。

 そして結果的に、ATMの画面を見た俺は驚きのあまり立ち尽くしてしまった。

 予想していたよりも大きな金額。確かに林間学校が終わった後、理事長は俺に耳元で『ボーナスあるよん』なんてことを言っていたが、まさかここまでだとは思っていなかった。

これなら本当に借金がすぐに返せるかもしれない。

 そして何より、このお金があればあおいに少し贅沢させてあげられる。いつも質素しっそな食事でも文句を言わず笑顔で食べてくれたり、欲しいものをねだることは無くそれに甘えて葵の服は知り合いのお下がりでまかなっている。

今日くらいは、葵にとって幸せな一日にしなければならない…

 

 「お兄ちゃんパワー見せてやる…」


 そして俺は、家にダッシュで帰った。

 多分このスピードなら陸上選手と渡り合えるんじゃないか?と思うほど、早く家に帰って葵の喜ぶ顔が見たかった。

マジでシスコンだな俺。でも、あんな可愛い妹いたらみんなそうなるだろう!


 「あ、葵!」

 「わぁっ!ビックリした!」

 

 勢いよく扉を開けた音と、俺の大きな呼び声は、葵の肩を跳ねさせた。


 「すまん、あ、ただいま」

 「おかえり!お兄ちゃん」

 「母さんは病院か?」

 「うん」

 「そっか」


 一度冷静になり、靴を脱いでリビングに向かう。


 「どうしたの?そんなに慌てて」

 

 葵は卓袱台ちゃぶだいに氷の入っていない水を俺に差し出し、首をかしげる。

 その水をぐいっと一気に飲み干し、葵の目をじっと見る。


 「な、なに?お兄ちゃん」

 「デパートに行くぞ、好きなものを買おう」

 「え?」


 葵は俺の提案に頓狂とんきょうな声で返した。

 その気持ちは分かる。デパートなんて行くのは約5年ぶり、葵にとっては5歳の頃に一回行った程度。葵にとって5歳の記憶は曖昧あいまいで、実質ノーカウント。だからデパートなんてものは未知の領域だ。

 

 「給料がめっちゃ入ってた」


 林間学校が稼ぐ大きな手助けになっていてくれたのは間違いない。実際、今回の林間学校での盛り上がり用は素晴らしく、理事長は保護者達にいい報告ができると両手を上げて喜んでいた。学校の維持はとりあえずできそうだ。


 「借金代を差し引いても、まあまあな額が余る。葵には沢山苦労させたからな、今回ばかりはお兄ちゃんが好きなものを買ってあげる」

 

 その言葉に葵は数十秒間、放心状態になった。じきにはっと我に帰り、大きな瞳を濡らした。


 「つ、ついに、ついにやったんだね、お兄ちゃん…」

 「お、おう」


 葵は俺の両手を小さな手で包み込み、声を震わして歓喜した。

 まるでそれは、俺がめっちゃ強い因縁いんねんの相手を倒して、その帰りを迎えてくれたかのような対応で、なんか少し困る。

 あおい、相当嬉しいんだな。苦労かけた。


 「さあ、行こう!」

 「うん!行こう!」


 そして俺と葵は、デパートに向かった。


_________________________________________


 デパートに着くなり俺達は小洒落た女性用の服屋さんに入った。

 もちろん大人用の服だけでなく、小学生が着るような服もある。

 けど、葵が今見ているのは高校生が着るような服。そこで、自分に合ったサイズを探している。

 こいつ…精神年齢高いな。

 10歳ってもっとガキらしいやつ着るはずじゃん?


 「ねーお兄ちゃん」

 「ん?なんだ?」

 「高いよ?」


 葵は値札を俺に見してきた。そこには6000だとか、下手したら1万に到達してしまうような金額がズラリ。その0の多さに、思わず気圧けおされてまう。

 けど、ここで引いては兄の名がすたる。

 給料も入ったんだし、どんなのが来ても買ってやる覚悟はできているのだ。ならば、買わなくてどうする!


 「大丈夫だ、子どもが値段を気にすんな」

 「ほんと?」

 「本当だ」

 「分かった!」


結局、0が異様に多い服をレジに差し出した。

 

 「ありがとうございましたー」


 店員の爽やかな声を浴びながら、店を出た。

 普通に1万超えやがった。服って恐ろしい…

おかげで、財布は軽くなり、今にも飛びそうになってしまう。というか借金差し引いて1万ちょっとしか残らないってやっぱり俺って貧乏なの?

最近は収入が良く、もしかしたら金持ちかもなんて馬鹿げたことを考えていたのだが、その考えも今日をもって崩壊した。


 「お兄ちゃん!ありがとね!」

 「また買ってやるからな」

 

葵は満面の笑みで俺の手を握る。

 だが、葵にはいつも気を遣わせていたし、このくらいは兄としてしてやらないと。

 だなら、今回の出費はいい出費だったと思う。


 「お兄ちゃんは服買わないの?」

 「あーべつに困ってないからな」


 今、俺が着用している服は、下は黒のスキニージーンズに上は大きめの無地の白Tシャツ。そして、首元にはネックレス。これら全て友達からいただいたものだ。

貰い物だとしても、こんなような服装をファッション雑誌でも見たことがある。だから、別に不満はないし家にもまだ何着か貰い物の服があるわけだから今日は買わなくていいのだ。


 「そうなの?」


 葵の目には心配が含まれている。

 多分、自分が買ってもらったせいで俺が何かを買う金が無くなってしまったのではないか、そう思っている。

 こいつは昔から勘がいい。というか、家族に気を遣いすぎているせいで、小4が考えないようなことを考えてしまっている。

 いつかは、この生活も抜け出さなければいけない。


 「また必要になった時は、俺の服、選んでくれよ」


 葵の頭に右手を優しく置く。


 「うん!葵、センスあるんだから!」

 「そりゃ楽しみだ」


 葵の買いたいものは一通り買ったが、まだ時間はある。

せっかく数年ぶりにデパートに来たのだから今帰るとなると少し勿体無い気がする。


 「他にどこか行きたいか?」

 「んー、地図見よ」

 「そうだな」


 このデパートに来たのは、実に2回目、全くもって構造を理解していないため、どんな店があるのかさえ知らない。それは葵も同じようだ。

 俺と葵は自動ドアの前にある店の地図の前まで足を進めようとする。

 のだが…


 「どこ行きます?私はアイスクリーム食べたいです」

 

 両拳に力を入れ、顔をキラキラさせている。その表情と身長の低さは、幼さがあり男子からの人気が非常に高い。

 ショートパンツに大きめのTシャツ。そして、ショルダーバックはその大きな胸を引き立てている。


 「さっき食べたばっかじゃない」

 

 ポニーテールが印象的なそいつは、黒の長ズボンにボーダーのTシャツをインしていて、すらっと伸びた長い足がいつもより強調されている。

 

 「奈緒なおは食べすぎ…」


 ダメージが入っている黒のスキニージーンズに、上は青のビックTシャツ。そして白のキャップ。

 その色合いと服装はミステリアスな雰囲気をかもし出していて妙にかれるものがある。


 「そんなことより早く決めよー」


 ショートパンツに短いTシャツ、その上からジージャンを羽織っているが、多めの露出に、妖艶ようえんな大人の印象を強く受ける。

 そして何よりスタイルが強調されている。

へそとか高1が出すなよな。


 「ちゃんと確認してから決めないと、奈緒とか迷子になりそうだもの」


 白を基調としたワンピースは、清楚で美しく、元々の素材をさらに引き立てていた。

夏で暑苦しい気候の中でも、可奈かななその姿は凛としていて、非常に美しい大人のようなたたずまい。

高1じゃねーだろ。あれ。

 通り行く人は、生徒会5人の姿を目に入れては見惚れられ、中には立ち尽くす者だっている。

 もちろん俺も立ち尽くしているのだが、それはあいつらが美しいとか、普段制服なのに私服に変わった瞬間かわいいと思ったとか、そんなんではない。

 ただ単純に、びっくりしている。

 ここはデパートだが、庶民のデパートだ。だからアイツらのようなお嬢様がくるような場所ではない。

 いったい何故だ…


 「お兄ちゃん、あの人たちみんなモデルさんとかアイドルさん?」

 

 葵は俺の袖を引く。


 「いや、学校ではその立ち位置だけど、俺の前では悪魔と化す」

 「どういうこと?」

 「と、とりあえず、あっちに行こう、あっちにも地図あるしな!な、葵!」

 

 何とかこの場を切り抜けたい。なんか休日に知り合いに会うって気まずいじゃん?その知り合いってのがこの5人ってのがさらにきつい。だから今は…


 「あれ?蔵沢くらさわさん?」

 「え?そーた…!?」


 奈緒なおの声に続いて、ゆうまでが俺のことを視界に捉えた。


 「うわ…蒼太そうたってロリコンだったのね」

 「ち、ちげーわ!」


 美雨みうの証拠のない侮蔑ぶべつに、ツッコミを入れてしまった。

 これで、俺は別人のフリはまんまと失敗してしまう。


 「そうちゃん、我慢できなかったら言ってくれれば…」

 「やめろ!俺が変な目で見られる!」


 沙羅さらは前かがみになり、綺麗な谷間をチラつかせる。大人をからかいやがって。


 「蔵沢君、あなたね…」


 ほらやっぱり、沙羅のせいで右の可奈さんが変な誤解をしていますよ?


 「ちげーわ!ガキども!」


怒気を荒げて何とか弁解するも、5人は白い目で俺を見る。

 せっかくの休日が、見事に潰れた瞬間でした。

 

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