第28話 花火


 俺に見つけられ、なんとか下山をすることができた美雨みうは、救護班に連れられ、足の手当てを受けている。

 ここに来て、川に溺れたり道に迷ったり怪我をしたり嫌いな俺に背負われたりと散々な美雨に同情してしまう。

 にしても…


 『私のことはちゃんと“美雨”って呼んでよ…先輩…』


 美雨をおんぶして歩いている時に耳元でささやかれたその言葉。

 何とも言えないこそばゆさとともに、脳内でそのシーンをリピートしてしまう。


 「ガキが大人ぶんなよ」


 別に考えなくてもいいことなのに、無意識に考えてしまう。そして、そのシーンを思い出す度に顔に熱を持つ。

それを振り切るかのように頭を2度振った後、吐き捨てるようなつぶやきをく。

 旅館に戻り風呂に入ったあと、昨日と同様また男子生徒とのお喋りに精を出した。内容は昨晩さくばんと何ら変化は無かったが、昨日出されなかった人の名前も話に出たりしてそれなりに楽しめた。

そして、消灯時間を迎えた頃に男子生徒達は相当疲れが溜まっていたのか気絶したかのようにいびきをかき寝入ってしまう。

 昨日のように生徒会あいつらからトラブルか何かの報告があるのかもしれないと思い、俺は今夜も寝付けなかった。いや、寝ようと思えば寝れたのだ。けれど何故か心配に思ってしまう自分がいて、暗闇の中で出来る限り目を開いていた。

いや、何で俺があんな生意気なガキどもに…ねよ。

 そう決めた瞬間、2日間の疲れがいっきに押し寄せ、体を襲い、ものの数分で夢の国のパレードに参加した。


【林間学校最終日】


 林間学校最終日の午後3時は、釣り体験という名のアクティビティを楽しむ。どうやらここに来てやっと林間学校らしいことをするのだから心の中で強く遅いわ。なんてことを思ってしまう。

 各々クラス毎に整列したあと、指定された川に向かう。その場所は、美雨が落ちて流された場所ではなく、もっと魚の取れるところらしい。

あの川でも十分取れるだろ。

そんなことを思っている俺は、盛り上がっているクラスの列から外れていて、キャンプ場の真ん中で腕を組み待機している。

俺が今からやること、それは、今晩のキャンプファイヤーの準備だ。釣り体験は興味があるので、かなり惜しい気はする。けれど、俺は元々職員としてここに転職してきた。だから生徒達を楽しませるような活動をしなければいけない。なので、高一の俺はこうして丸太を待っている。



 「よし、やるか」

 「手伝うよ」

 「よろしくです、理事長」


少し憂鬱ゆううつな気持ちはあるが、いつまでもそうしてはいられないので、自分の中のやる気スイッチを入れた。その横で、同じようにスイッチを入れた理事長が両手で拳を作り目にやる気を宿らせた。

 お互い手に軍手をはめて、あらかじめトラックで運んでもらっていた丸太を2人で持ち上げて、設計図通りに積んでいく。

 それに続き何人かの男性教員も丸太積みを手伝ってくれた。先生達は俺を見るなり「釣り体験行かないの?」なんてことを聞いてくる。それもそのはずだ。俺は、職員ではなく生徒。理事長のミスで生徒登録されてしまったため、そのことを教員は知らない。

けれど、たまにふと思う。なぜ理事長は他の生徒に俺のことを話さないのだろうか。ミスしたことが知られてしまうのが嫌なのだろうか。どっちにしろ、理事長が言わなければ俺も言わないようにしているが、時々不意に気になってしまう。

 そんなことを考えていたが、段々と丸太を積むことに集中していき、無我夢中になっていたため、作業は効率よく進み予定していた時間よりも早く終わった。


「喉、乾いたな」


この気温の中、作業に夢中になっていたため、喉が乾く。ねばねばした唾液が首元で絡まる。なんというか不快だ。

 時間は十分余っていたので少し休憩を取ることにした。近くの自動販売機により、財布から小銭を適当に掴み、缶のお茶とコーラを一本ずつ買う。

視界の先のベンチを見ると、そこに、ポニーテールの女の子が座っていた。

風になびく長い髪の毛は、遠くからでも綺麗だと分かる。不機嫌そうな美雨は、出来上がった会場をつまらなそうに眺めていた。


 「ひっ!」

 

 俺は背後からこっそりと美雨に忍び寄り、キンキンに冷えたコーラをその小さい顔に当てた。

予想以上に驚いたらしく、美雨は目を見開いてコーラを当てられたほっぺたを何かを確認するかのように右手で触った。


 「足はどうだ」

 

 顔に当てたコーラを渡すと、美雨は俺の顔を一瞬睨むも、小さな声で「ありがと」と礼を言った。そして俺は隣に腰を下ろし、缶のプルタブを開ける。


 「山道は無理よ」


美雨の視線の先には、包帯で巻かれた左足。昨日の山道で捻ってしまったため、こうして1人待機していたのだ。


 「それなら今日のキャンプファイヤーも無理だな」

 「知ってる。見学してるわ」


 美雨は手に持っているコーラに目を落としプルタブを開ける。

 プシュッという炭酸独特の音を合図に、コーラを一口煽あおった。


 「蒼太そうたがおんぶしてくれたら踊れるけど?」


 美雨は蠱惑的こわくてきに微笑み、俺の顔を覗き込む。

こいつ、最近俺のことをからかいすぎじゃないか?


 「そんなダンスがあってたまるか」

 「っち…釣れないわね」

 「釣ろうとするな、川に落ちるぞ」

 「うざ」


 結構上手いこと言いましたよね、僕。

 俺がえつに浸っていると、美雨はコーラを喉に通し、何か思い出したかのようにこう言った。


 「ねー、蒼太が恋した話聞かせてよ」

 「なんでだよ」

 「昨日、恋をしたって言ってたじゃん、気になるなー」


 確かに昨日、俺は美雨を背におぶりながらそんなことを言った。

 心からやっちまった。そう思う。

別に綺麗でも何でもない昔話。

聞かすほどのものではない物語。


 「やだわ、また今度な」

 「今しかないと思うんだけど」

 「そのうち軽いノリで話すって」

 「話さなかったら坊主ね」

 「へいへい」


_________________________________________


 旅館での豪勢な夕食を終え、全校生徒はキャンプ場に集まった。

 キャンプファイヤー開始20分前を合図する音楽が鳴り、生徒はそれぞれ誘った相手と恥ずかしそうに会話をしたり、今から誘ったりと、どこからともなく春の風が吹く。

ゴリゴリの夏なんですけどね。

そして、ついに開始の音楽が鳴り出すと、その風は強風となり、俺を吹き飛ばそうとした。ぎこちない踊りなのに可愛らしく、中にはセンスを感じさせるペアもいる。十人十色なダンスはどうしてもまぶしい。

 というか本当ならここで進行をしているはずだったが、そもそもキャンプファイヤーの進行って何?と生徒会の最もすぎる意見が出たため、お役御免やくごめんとなった。

 だからペアを組もうにも組まず。というか俺が誰かに近づくとみんな逃げて行ってしまうのだ。いや、誘う気ねぇよ。と思いながらも嫌われ者という立場はどうも辛く、キャンプファイヤーでは溶かしきれない氷が心にまとわりついた。

しかし、そんなことよりも気になっていることがある。

俺はあの5人…美雨は無理だから4人か…が誰と踊っているのか。

もし見つけたら、相手のプロフィールを調べ上げてからかいのネタにでも使ってやろう。


 「どこだあいつら…」


視線をキョロキョロさせていると、俺の視線は一点でピタッと止まる。

 その光景は、明るく、暖かく、見ている俺の心を優しい布で包んだ。

 2年間の社会人生活。

 多分学生時代なら、その光景は当たり前だったと思う。俺が当事者ならば、そこにいるのは間違いない。

 そんな思い出すら俺は忘れてしまっていたのだろうか。

 本当にこの仕事にいてよかったのかもしれない。こんな大切な、友情というものを思い出させてくれたのだから。

 ベンチに座る美雨は、左足を怪我していて、キャンプファイヤーには参加できないというのに、表情は明るく、都度つど笑っている。

 隣の奈緒なおは疲れてしまったのか、ゆう膝枕ひざまくらで眠っている。

 その様子を見て、美雨と沙羅さらは笑い、可奈かなが「寝る時間じゃないはずよ」と、いつもの真面目な口調で注意をする。なのに、決して奈緒を起こそうとしない。

 思い出した。

高校三年生のとき、最後の文化祭の準備のため、朝早くから夜遅くまで作業に明け暮れた俺は心身共に疲れ切っていた。けれどそんな時、いつも仲間達が集まり、下らない話で盛り上がり毎度疲れを吹き飛ばしていた。

 あの瞬間はまぎれもない青春だった。

 そして、あの5人も、それを謳歌おうかしていたことに安心する。

それぞれ悩みを持っているため、周りの生徒に馴染むことが難しい。いつから俺はこんなにもあいつらを見ていたのだろうか。


 5人が生み出した懐かしい光景に、20歳の大人が。とっくに高校を卒業した男が。久し振りにひたってもいいのかもしれない。だから、両手に沢山の手持ち花火セットを抱え、ベンチに向かった。


 「お前ら、これやろうぜ?」


 いつも通りの悪役のような笑顔を浮かべているつもりだったが、うまくその笑顔を作れていなかったようで、5人は俺の顔を見て微笑を浮かべた。


 「…っぶ。蒼太…ガキみたい」

 「本当だ、そうちゃん幼いー」

 「確かに今の蔵沢くらさわ君は15歳よね」

 「そーた。かわいい…」

 「え?蔵沢ひゃん?なに?そのはなび」


 そこまで言われてしまうと、恥ずかしい。幼いなんて、俺が15歳だった時でさえ、言われたことがない。いつも誰かにと言われてきた。


 手持ち花火は次第に数を減らし、ラストを迎えたタイミングで、大きな打ち上げ花火が上がる。

 林間学校なのに、その豪華さは、まるで花火大会に来ているような感覚を覚えさせる。

 そしてまた1つ、大きな花火が天に吸い込まれ、弾けた。


 ——ヒューーーーパーーンッ!!


 『最低極まりない男ね』転入初日、教室で可奈は俺にそう言った。

 『別にそんなの良くない?』2日目、生徒会室で気のない声で、沙羅にそう言われた。

 『怖い人は、その…』同じ日、奈緒は俺と一回も目を合わせてくれなかった。

 『ゲームの邪魔…』そう言って、かたくなに優は俺の話を聞こうとしなかった。

 『どうでもいい、好きにしなよ』美雨はいつもつまらなそうで、生徒会になんて興味を示さなかった。


 それが、今では嘘みたいだ。


「綺麗ですね!蔵沢さん!」

「そーた!あれ私が頼んだ!」

「蒼ちゃん、お疲れ様」

「蒼太が持ってきた小さな花火もこの花火も同じくらい好きだわ」

「蔵沢君?何ですかその顔は」


 打ち上げられる花火を見ている5人の顔は明るく、心から楽しんでいる15歳のような姿。それに、きっと見惚れてしまっていたのだろう。

 いつも俺を嫌い、つまらなそうにしていた5人の表情は、転入当初の俺が、全く予想していなかったもの。そして、俺自身も。

 そしてその表情につい、小さな声でこんなことを言ってしまう。


 「やっぱり、15ガキだな」



 ——ヒューーーーパーーンッ!!



 大きく散った花火を、6人は見続ける。

きっと、これから少しずつこの花火のように広がっていくのだろう。

 

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