第11話 生徒会の命運は学校の命運


 「まって、そうちゃん」


 生徒会室を出て少し歩くと、重い扉が開いた音がする。沙羅さらは小走りで寄ってきた。


 「なんだ」


 沙羅は手に持っている緑のナフキンに包まれたものを差し出す。


 「これ」


 それはお昼に俺のがあげた弁当だった。お腹が空いていたのに無理に強がって弁当をあげたせいで、腹が減り、水道で腹を満たして空腹をごまかしていた。

 おかげで死と隣り合わせの1日を送ってしまった。


 「あ、忘れてた、サンキュー」

 「お礼を言うのはこっちだよ、すごく美味しかった」


 沙羅はニコニコしながら礼を言う。


 「そうか、ならよかった」

 「………」


 沙羅は俺に歩み寄る。じきに顔と顔の距離がとてつもなく近くなる。

 上半身には沙羅の柔らかいものが押し付けられ、心拍数が一気に上がってしまう。


 「また作ってくれてもいいんだよ?」


 追い討ちをするかのように口にされたその言葉は脳に強い刺激を与えた。

 だが、俺は20歳、動揺のしすぎは舐められる行為に発展してしまう。

 だから俺は沙羅のおでこに自分の額を当てて悪役のような笑みを浮かべた。

 

「また食いてぇのか、やっぱ15ガキだな」

 「そ、そんなことは…」


 沙羅は俺から身を離した。さっきの誘惑とも取れる行動とは裏腹に、頬を赤くして俺から目を逸らす。


 「じゃ、じゃーね!」

 沙羅はその場を走って去り、生徒会室の扉の中に吸い込まれていった。


 あぶねー、危うく犯罪犯すとこだったぜ…今時のJ Kってみんなあんな感じなの?いやなわけないよな、あんな感じだったら少子高齢化とかなってないよな…


 _________________________________________


 理事長室の重たい扉を開くと、その空間にはコーヒーの香りが充満していた。


 「理事長、失礼します」

 「おお、蒼太くんか」


 理事長はカップを1つ用意して、コーヒーを注ぐ。


 「とりあえず座りたまえ」

 「はい、ありがとうございます」


 机を2つのソファが挟み、理事長と向かい合うように座る。

 理事長が用意してくれたコーヒーは高級感がめっちゃ出ていて味は逆に美味しくない。

 缶コーヒーが一番うめぇよな


 「それで今日はどうしたんだ?」

 「ちょっと聞きたいことがあって」

 「聞きたいことって?」

 「生徒会あいつら言いました?」


 。それは俺がここに呼ばれた理由。そして、生徒会が機能しなければ起こりうる問題。


        【1日前】


 大浴場で理事長と話をしていたとき。


 「ちなみに俺はなんでここに呼ばれたんですか?」

 「ん?ああ、そう言えば何も伝えず連れて来てしまったからね」


 実際、蒼太はこの仕事をやるかやらないかの選択をする余地も無くここにやってきた。

 というか、引っ越し代まで出されたら断り用が無い。

 

 理事長は、湯船を見つめる。

 

 「この学校はね、無くなるかもしれないんだ」

 「……っ!」


 理事長の顔は微笑みを浮かべているが悲しさが見て取れた。


 「ど、どういうことですか」

 「この学校は、ビジネスマン達が作ったってことは知ってるよね」

 「はい」


 たしか、この地域がコンピューターを使ったIT関係のビジネスに向いているだとか。

 それで、ビジネスマンが集まり、その子ども達も連れきた。だから学校を作ったらしい。恐ろしい金持ちの力。


 「いわばこの学校は保育園みたいなもんなんだよ。生徒達は一時的に集められた。だからビジネスが終わったら元住んでた地域に戻るらしい」

 「つまり、戻ったら近くの学校に通わせると?」


 理事長は両掌でお湯をすくい、それを顔に打ち付ける。


 「ま、そんな感じだね、だけどもう1つ大きな理由があるんだよ」

 「それって?」

 「この学校には生徒による活動がなさすぎて保護者達の中で『意味が無いんじゃないか』と言う声が出始めている、だからこの学校を何かのビジネス工場に変えようって話も出ているらしい」


 学校とは、勉強だけでなく、イベントやレクレーションによる活動を通し、学生でしか経験のできないことをする。それは勉強よりも大事な学校の役目といっても過言ではない。けれど、その活動が無いのなら、もっと他にいい学校に転入させたい。それは保護者にとっては至極当然の思考。


 「それで、生徒会を中心に学校らしいことをして、白皇はくおう高校を守ろうってことですか」

 

 理事長は目を閉じて頷く。


 「4月に学校ができて、いろんな子ども達が集められたんだ。私はね、その子達が一緒に帰る姿。楽しそうに話している姿。そんな姿を見てきて思ったんだよ」


 理事長は、ここの生徒達の様子をしっかり見てきたのだろう。

 この学校の理事長に就任して様々な生徒の姿を見てきたのに、それが生徒以外の周りの事情によって無くなるのには思うところがあるに違いない。


 「だから私はこの学校を守りたい。そのために生徒会を作ったんだ。だけどその生徒会もうまく機能しなくてね」

 「それは確かに…」


 この時はまだ会って間もなかったが、生徒会の5人がこの学校をまとめられるとはとても思うことができなかった。


 「そこで色々調べてたら、君のような秀才を見つけたんだよ。まさかその親が私の友人だと知ったときは運命を感じたさ」

 「あのときは秀才ぶってただけですよ」


 理事長は笑った。理事長の笑顔は暖かく、嘲笑の色は全くなかった。


 「それで生徒会長とバスケ部でインターハイ出場、そして成績優秀とは本当に演技派だね」

 「まあ、大変でした」


 理事長は本当に俺のことを全て知っているのだろう。だからそんな理事長の皮肉に苦笑する。


 「つまるところ俺が生徒会を上手く動かして保護者達に学校を維持させるようにしろってことですよね」

 「そういうこと」


 理事長は指を鳴らしウインクする。

 その仕草は一般男性なら気持ち悪いが、このダンディーで男前の顔でやられるとセクシーさを感じてしまう。

 ………いやねーわ、まあまあなマッチョにウインクは嫌だわ


 _________________________________________


 「学校の件はまだ蒼太君にしか言ってないよ」

 

 理事長は腕を組み澄ました表情で湯気の絶えないコーヒーに口をつけた。


 「どうしてです?」

 「んー、あの5人には話そうと思ったんだ。だけど学校をビジネスに使おうと考えているのは他の誰でも無いあの5人の各々の保護者なんだ」

 

 なるほど、つまり理事長は立場的に言えないということと、離れきった親と子の距離がそれを言うことによってさらに離れてしまうことを気にしているのだろう。だから、俺はそんな理事長はちゃんと教師なんだなと当たり前のことを考えてしまう。


 「なるほど、それなら言えないっすね」


 理事長が用意してくれたコーヒーに口をつける。


 「やっぱり蒼太君には分かるんだね」

 

 理事長の蓋然的がいぜんてきな発言は的を射っていた。


 「親との距離ってキツイもんですよ」

 「…病院には行かないのかい」

 「今日は母さん帰ってくる日なんですよ」

 「そうか、母さんによろしくね」

 

 理事長と父は幼馴染だ。だから当然母さんのことも知っている。そして、母さんの今も知っている。


 「よろしく言っときます」

 「そうか…何かあったら言ってね」


 その優しい声音は、俺のやはり内情を知っているから出るもので、理事長の目は寂しさを孕んでいた。


 「それじゃ、この辺で失礼します」

 「ああ、また明日」


 最後にコーヒーを飲み干す。

 そのコーヒーはすでに冷めていて、少し甘くなっていた。

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