第8話 ダンシングブレイド8
それはいつからあったのか。なぜ存在したのか。
人類において、誰もその答えを知るものはない。
あるものは遺跡と呼び、ある民族は誇りをかけた試練の場と。
またある国では巨万の富の在処だといい、またある伝説では人類が神へ至る鍵があると記述される。
全世界に点在する
ダンジョンに潜む「迷宮獣」と呼ばれる生命の泥で形作られたモンスター。
討伐した迷宮獣から算出される、燃料や潜在能力の底上げに使用できる「魔石」
そしてごくまれに見つかる現在魔術の水準を遥かに超える魔術を宿した「
そして究極の魔力を宿すとされる至宝、「ダンジョン・コア」
これらを求め、人は迷宮へと挑み続けてきた。
そして、魔石を燃料とする内燃機関により産業革命を迎えつつある人類にとって迷宮は試練の地、あるいは災厄を呼ぶものとしての意味は薄くなり、資源としての価値を大きく持つようになった現在においても、迷宮に挑む者達はこう呼ばれる。
人類未踏領域へ歩む者、冒険者と。
「航海時代、沈没したキルネルソン商業船団のワッド・キルネルソン船長が遭難、そこから生還したことによりこの
甲高い悲鳴と共に頭が潰れて死ぬ。隙を見て飛びかかる他のゴブリンを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。
「それはこの大陸の持つ厳しい自然環境、他の大陸には見られない強力な多数の野生生物、そして二十ヶ所以上確認される異常な数のダンジョンが原因とされる」
頭上より天井を蹴って飛びかかる大型犬ほどの影。
「そして大量の魔石を発掘できる有力な資源提供地と目されながらも、
大量の泡を出してもがく鋼蟹を更に甲羅ごと踏み潰して仕留めた。鉄棒を引き抜くと動きが止まった体が徐々に崩れ始める。
崩れゆく鋼蟹を彼女は――ヒートは以前喋り続ける自分の主人――ダークめがけ蹴り飛ばした。
「境界大陸の主権は主に各勢力から送られた……」
細長い人影に直撃する、と思った直前に鋼蟹が真っ二つに割れる。それぞれが二方向に飛んで壁にぶつかって粉々になった。
「……ヒート、このダンジョンが余りにもぬるすぎて私は退屈で死にそうなんだ。仕方がないから暇つぶしにお前へ境界大陸の大陸史と情勢をかいつまんで講義してやっているのだ。理解できないのは知能的に仕方ないとしても大人しく聞く程度はやれ」
ヒートの動体視力でさえ捕らえられぬ不可視の斬撃。そしてこの戦闘地帯であるダンジョン内でも変わらぬ服装――古式ゆかしい
ただ者ではないことはわかる、だが何者なのかもわからない。つまり、胡散臭い。
ダークの抗議に、ヒートはただ無言で睨みつけるだけだった。
▼ ▼ ▼
朝目覚めたヒートに渡されたのは簡素な服と、胸部鎧などの最低限の防具、そしてブーツ。ダンジョンに潜るのに必須とされる装備品だ。
「全裸でダンジョンに叩き出してやっても面白いが、奴隷につける道具さえ買えないのかと他人に思われるのも恥ずかしいからな。最低限の道具は恵んでやろう。とっととそれを着て私についてこい。
そう呟くダークに禁止命令を解除され、ヒートはゆっくりと立ち上がる。投げ渡された服や防具には目もくれず、反抗的な目つきでダークを睨む。
ダークはその様に薄く笑いながら、ステッキで床の鎧をコツコツと叩いた
「まあそれはいい。やる気があるのは結構だが、奴隷らしく言うことを聞けメス犬。それとも本当に全裸に鎖付きでダンジョンまで引きずられたいか? まさか服の着方がわからんとはぬかすなよ」
一瞬の間。睨みつける表情のままヒートの頭の中で色々な思考が巡る。
「――っち」
舌打ちの後、ゆっくりとヒートはシャツを持ち上げ、着始めた。
到着したダンジョン一階層入口――エントランスと言われる準備階層には相も変わらず冒険者達がいた。
鎧姿の
魔術強化された三頭の猟犬を従える少女、
その他様々なダンジョンで戦いダンジョンを突破する能力を持つ冒険者達。四方の大陸から渡ってきた文化も文明も違うそれぞれの地の特徴を持つ異装の戦士。
大抵の者達は何人かでパーティーを組む。単純に数は力であると共に、ダンジョンを進むには通常一人ではカバーしきれない様々な能力と知識を要求されるからだ。
もし例外があるとすれば、それこそ例外となるほどに経験と知識、そして戦闘力を持つ超高位の冒険者くらい。
「――あれが噂の」
雑踏の中で、ヒートは足を止める。囁くような声を聞く。
「――主人殺し?」
「――なんでまたダンジョンに来てる?」
「――処分されてなかったのかあの奴隷」
周囲から感じる刺さるような視線。訝しむ目つきが彼女を観察している。
周りの冒険者達が遠巻きにヒートを見ていた。主人殺しの疑いはまだ消えていない。そんな中で人前に姿を現せば、とりわけ人の噂話に耳ざといのが商売柄となる冒険者達の好奇の視線と興味をかき立てるだろう。
――クソッタレ……
苛立ちに毒づく。世界全てが敵に見えた。気にくわない周りの冒険者も、傍らのダークも、そして自由無く捕らわれた自分自身も、全て叩き潰したい敵だ。
「――マヌケ主人は女だった? へぇ、じゃああれだ、女同士でデキてたんじゃないか、それでたらし込んで後ろからグッサリ……」
「――ッッ!」
背後で聞こえた言葉にギリギリで耐えてきた理性が消えた。瞬間的に体が動く。誰だ、誰が言った。
振り向くと同時に踏み込む。斜め後ろにいた中年の冒険者=発言したと思われる重装鎧の男の首を掴む。
「ひ、ぐ!」
呻き声から先ほどの発言者と確信、そのまま片手で釣り上げる。
こいつだ、こいつが言った。コイツがリブラを侮辱した。
もし違っていたならこの中でそれらしいやつを全て締め上げてやるつもりだった。
「は、離せ、テメエ! この主人殺しが!」
成人男性、しかも重装鎧ならば体重は百三十キロに迫る。しかしそれを成人女性程度の体格のヒートは片手で持ち上げている。
「――オレは……!」
苦し紛れに男の蹴りが放たれる。軽装甲の鎧越しに胴へ入るもヒートは揺るがない。身体能力に明確な差がある。
「――主人殺しじゃない! リブラをバカにするな!」
力任せに男を床に叩きつける。鈍い音を立てて男が床を転がった。
「動くな」
男のパーティーメンバーだろう、魔術師の男がヒートへ手を向けていた。灯る赤の燐光=炎熱系の魔術発射準備。弓を背負った冒険者もヒートの首元へ剣を構える。
「……いいぜ、来いよ」
武器無しでもこの程度の冒険者なら二人まとめて殺せる自信があった。
「無駄に遊んでないでいい加減に戻れ野良犬、というか、誰がお前に噛みついていいと言った――『我は禁ず、立つな』」
力が抜ける。膝が床についた。ヒートの世界が――視線が下がる。男達は見上げる存在へ。
「……テメェ! ダアアァァァク!」
激昂の叫び。背後にいるだろう己の主人へ全力の憎悪を叩きつけた。だが憎悪で人は死なない。
「ようやく主人の名前を覚えたな。躾の効果があって実によろしい。――だが今は前に注意しろ」
ダークの言葉と、立ち上がった重装鎧の男の蹴りが顔面にめり込んだのは同時だった。
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