シルヴォリア戦記 スタンド・オン・ワンズ

山木 立本

序章 慟哭

 霧雨の中、少年は座り込んでいた。項垂れ、小さく震えている少年の前髪から、雨が滴り落ちていく。虚ろな世界の中で、眼前を過ぎる水滴を目で追うに連れ、右手が僅かに疼く。少年は腕を抱え込み、荒く息を吐いていた。

「痛むのか」

 不意に、女の声がした。

「右手だよ、痛むのか」

 女は繰り返す。少年には見覚えのない顔だった。流麗な黒の長髪に、切れ長の目、そして何より、不遜な物腰が際立つ女だった。

「あんた、誰だ」

 女は憂うように目を細ませ、少年に問い返していた。

「貴様こそ、誰だ」

「……俺は」

 女の問いに、少年は言葉に詰まる。

「名は?」

「……」

「何故そこに座っている?」

 口を噤み表情を険しくする少年に女は溜息を吐く。

「まあ、いいさ。憶えていないのなら、それもよかろう」

 女は空を見上げ、遠くを見つめていた。視線の先に手を掲げ、霧雨に触れる。

「先程までの快晴が嘘のようだ。あいつも泣くことがあるんだな」

 女の言葉に、少年は戸惑いと集草が募る。曇天に一筋の光源もなく、霧雨は止みそうになかった。少年は目を瞑る。同じ言葉を繰り返し思うことで現実から逃避していた。

「夢なら、覚めて」

 少年の絞り出すような声は雨音に消されて、誰にも届く事は無かった。

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