僕の死ぬ理由
ひぐらしゆうき
僕の死ぬ理由
昼過ぎ、10階建てビルの屋上。
僕は安全柵を乗り越えた。
まさか、僕がこんな所に立つことになるなんて思っていなかった。
自分自身の人生に自分で終止符をうつなんてことは思ってもいなかった。
僕は下を見る。
ビルの下には人だかりができている。中には大声をだして僕のやろうとしていることを止めようとしているものもいた。
正義感の強いものもだ……。
だが、どんなに言われようとも止まるつもりはない。これはもう僕が決めたことだ。
この生地獄から抜け出すためには、これしかないのだから。
「さて、それはどうだかね」
突然背後から声をかけられた。
誰か説得に来たのだろうか?だが、足音も、エレベーターの音も何もしなかった。
一体、誰だ?
僕は後ろを振り向いた。そこには見知らぬ男が立っていた。
「……誰だ?君は?」
「誰だっていいでしょう?それより、あんた、本当に死ぬ気かい?」
「ああ。もう決めているんだ。邪魔をしないでくれないか」
「邪魔、ねぇ〜。……ま、そんなに覚悟決めてるんじゃ説得しても意味ないね。なら、聞かせてくれないかな?ここに至った経緯ってやつをさ」
少し迷ったが、どうせ死ぬのだ。話しても別にどうということはないだろう。
「……わかった。話してやるよ」
僕の家は順風満帆、とまでは言えないにしてもそれなりに良い家庭だった。
父親は銀行員、母親は近くのスーパーではパートとして働いていた。
僕はそんな家庭に不満なんて持たなかった。そのせいなのかはしらないが、反抗期というものはなかった。
……そんな家庭が崩れ去ったのは2年前、僕が高校2年の頃のことだ。
突然であった。母が交通事故により亡くなった。
信号無視をした車に轢かれたのだ。
母は病院に搬送されたが、治療の甲斐なく搬送から一時間後に死亡が確認された。
突然の出来事に僕は唖然とし、父はショックで精神を病んでしまった。
母の葬式は身内と関係者のみで静かに行われ、僕と父は二人で生活することになった。
精神を病んだ父は仕事もできなくなり退職。常に母の遺影の前に座っている。
僕は家事全般を全てこなし、高校へもなんとか通い続けた。
その生活はもはや異質である。二人暮らしのはずなのに一人で暮らしているようなそんな感覚がするのだ。
僕はそんな家の雰囲気が嫌いだった。
早く父に立ち直って欲しい。
僕はなんとかしようと精神科へ父を連れて行きカウンセリングをさせたりした。
しかしどれも効果はなかった。
僕は次第に父を立ち直らせることを諦め始めた。
月日が経って僕は高校を卒業して、平凡なサラリーマンになった。
給料もそこそこ。残業もあまりない良い会社だった。
お陰で家のことまでなんとか手が回った。
家に帰ると父がリビングでパイプをふかしながらテレビを見ていた。
最近はいつもこうしている。
何より、父はここ最近元気になった。徐々にだが昔に戻ってきているようなそんな感じがした。
僕はそれが心の底から嬉しかった。このまま元の生活戻れると思っていた。
だが、そんな日はやってこなかった。
いや、やってくることなんて最初からなかったのだろう。
父はだんだんとおかしくなっていった。
不気味に笑い、時には発狂する。何が何だかわからない。
狂ったようになった父を止めることはできなかった。
僕は殴られる蹴るの暴行を毎日受け続けた。
仕事場でもミスが目立つようになり上司からいびられ続けた。
そんな生地獄をずっと味わうことになるのは嫌だった。
「成る程ね。それでここに来たわけかい。確かに死にたくもなる。自分を殺したくもなるね」
「そうだろう?僕はこんな生地獄はもうたくさんなんだよ!もう話は終わりでいいだろう!」
「ふーん。それでいいのかい?君の場合、地獄行きは確定だと思うよ?」
「それでも今よりはマシだろう?」
「ならいいけど 。……あぁそうだ一つだけ言っとくよ。運命には逆らわない方がいい。もうどう転んでも地獄しかない君には選ぶ権利はほぼない。運命に逆らう権利がない。だから逆らわないことだ。例えどんなことでもね。それじゃあ……」
そういうと見知らぬ男は去っていった。
これでようやく死ねる……そう思った時、エレベーターの開く音がして、中から屈強な男たちが出てきた。
(……運命に逆らわない方がいい。こういうことか。)
僕は大人しく柵を乗り越え、男たちの元へ近づいた。
そして、両腕を前に突き出した。
真っ赤に染まった血塗られた手を……
僕の死ぬ理由 ひぐらしゆうき @higurashiyuki
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