off the lights - オフ・ザ・ライツ

satoh ame

track:01 事件発生 [mine]


offオフ・ theザ・ lightsライツ』の公演が中止になったと知ったとき、悪い予感がした。

 歩いていても、立ち止まっていても、同じ話題が耳元を行き来する。

 もう限界だ。

 風上ふうじょうみねは授業を抜け出し、幼馴染の加矢間かやまめいに電話をかけた。

 彼と疎遠になってからは一度も話をしていない。

 謝りたくて、でも詺の方から謝ってほしくて、素直になれないまま他人より遠くなってしまった。

 気まずい距離感を弄ぶように待機時間が長い。

 繋がる期待は半分以下だったけれど、やはりセルラの電源が切れている。

 ――もしかして詺、本当に死んじゃった……?



 サブウェーで移動中、情報を求めて検索してみると、彼の自殺未遂が騒ぎになっていること、『off the lights』のメンバーが全員欠席していることが生徒の書き込みでわかった。

 仕方がないので詺の実家に連絡をして会いたい旨を伝え、現在の居場所を訊ねた。

 久しぶりに声を聞いた彼の母親は『そういう子だから』と半ば諦めた様子で、それがとても悲しかった。


 教えられたサナトリウムは駅から近く、適度に洒落ていて、美術館と言われればそう見えなくもない。

 静かな館内にローファーの靴音が響く。

 受付で見舞いであることを告げ、手土産も持たずに4階へ上がった。


 扉を開けた瞬間、横たわる彼の顔より先に、懐かしいパジャマの襟が目に留まった。

 誰かが着せ替えたのではなく、発見されたときからあの格好なのだと思う。

「詺……」

 側に行って覗き込んでみたけれど、首にロープの痣はなかった。怪我をしているふうでもない。たぶん、変な薬か花の毒で命を断とうとしたはずだ。

「……寝てるの?」

 可哀想になって髪を撫でてしまったので、これ以上は自分の気持ちを欺けない。

 表面的な感情とは裏腹に、彼と深いところに触れ合うような言葉の遣り取りをしたくて堪らなかった。すべての鍵を外せたのは詺だけだ。

「間に合ってよかった。ケンカしたまま別れたくなかったから」

 いつも、気づいていないふりをしながら、見つけてしまった相手の傷を労ろうとする。詺はそういう人間だった。



 爪の幅くらいしか上下していない平らな胸をしばらく眺めていたけれど、座っているのに疲れて靴を脱ぎ捨てた。

 苦労して詺の身体を端に寄せ、ベッドの空いたスペースに寝転んでみる。

 コンクリートの天井。無気力な時計。窓の外に広がるシティ・トルドの新しい街並み。

 布越しに触れた腕がほのかにあたたかい。

 彼が望んだわけではないのに、精神の平和と引き換えに組み込まれた音楽の素質。

 詺自身はそれをどう受け止めていたのか。

 疎遠期間と重なってしまったので、これまでに一度も彼らのステージを観たことがない。

 憶えているのは、翳り空の噴水広場で詺が弾き語りをしていた頃の歌だけだった。黒いフードを被ってキーボードに指を載せ、曲の隙間を縫うように雲行きを確かめていた。

 自分には何もできない、何も持っていない、だから誰からも必要とされていないと俯いていたけれど、それは嘘だ。

 詺が、今夜の公演を反故にしてまで早急に死にたがっていた理由を、一緒に暮らしていたメンバーなら知っているかもしれない。


 セルラで『off the lights』について調べてみる。

 公式サイトには、いくつかの映像つきの楽曲とプロフィール、ライブのスケジュールが簡潔にまとめられている。

 メンバーは5名。

 隣で死にかけている加矢間詺。3年。作曲科。

 同じく3年のヨエル・サーリ。ピアノ科オルガン専攻。北欧出身。

 二谷にたに縨眞ほろま。ピアノ科の2年。ドイツ生まれ。

 アン維勲ウェイシュン。2年。バイオリン科。台湾出身。

 最年少の来木きたき青葉あおば。声楽科の1年。

 全員が私立アーブル音楽院の生徒。それなりの名門で留学生が多い。

 非公式で情報を集めた結果、彼らはルーシィ先生という元講師に選抜され、このメンバーで活動を始めたらしい。

 彼女から譲り受けたホールをライブ会場とし、隣接した館に住んでいる。

 TVには一切出演せず、音楽誌のインタビューも拒否。

 意図は明かされていないが、このスタイルで続けていけば、ステータスは永久に一般市民だ。

 楽曲とダンスの振りつけはメンバーの創作で、要望があればリストにカバー曲を加えることもある。

 チケットはなく観覧フリー。災害支援のチャリティ公演のみ例外あり。

 最近は衣装として、外部から制服を借りるなどしてアレンジを効かせていたらしい。


『off the lights』に暴くべき真相はあるのか。

 明日からひとりずつ、彼の仲間に会って話を聞くと決めた。



「まだ持ってたんだ、そのパジャマ」

 寂しさに勧められて彼の手を触ってみる。

 簡単に壊れてしまいそうな細く長い指がこの世界から消えないよう祈った。

「詺の髪、あれに似てる。濃く出しすぎた紅茶の色。……ピアノはもう弾かないの? ……何か答えて」


 本人は歌ってくれそうにないので、詺が作った曲をセルラで聴こうと思う。

 中等部の頃は、エンドロールにメロディのない映画を観た後、主題歌をよく自作していた。

 音楽を通して、詺が人間というものをどう捉えているのかがストレートに伝わってくる。

 どこか気難しくて、集団と距離を置きたがり、訳も言わずに死のうとするけれど、やさしい痛みを重ねた彼の歌が、傷を負わずに生きることの難しさを教えてくれる。

 これが遺書の代わりだと言われたら、信じてしまうかもしれない。



                               track:01 end.

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