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本宮傑

退屈な日々

 ……つまらない、退屈、毎日毎日同じことの繰り返し、刺激がない、そして一番の懸念は社会に出るということ。

 毎日同じ仕事をして毎日同じ道を移動する、もちろん転勤など出張もあるだろうがそちらのほうが負担はでかそうだ。

 そんなことを4~50年続ける、とんでもなく嫌だった。

 つまならいことを繰り返して、我慢してお金を貰う……世間一般では常識のソレは想像しただけで辟易する。



 もっと革命的に、革新的に人生が変わるものはないのか。例えばゲーム内で現実のお金を稼いで生活するとか。


 なんてな。


 そんな中二病的なあり得ないことを冗談半分、心中で呟く。

 西暦2040年、1月の早朝、冬特有の澄んだ空気を吸いながら加也直人かやなおとは登校という変わらない日常を歩いていた。



 別に自分では病んでるとは思っていない。

 普通の家庭だし、普通に学校にも通うし、普通に友達もいるし、普通に女友達もいる。

 異常な思想も持ち合わせてなければ普通にゲームも大好きだ、さらには成績も良い、他人から見れば何が不満なんだ! と憤りを感じてしまうかもしれない。


 しかしこれから社会に出て働く若者にとって暗い影が落ちているのもまた事実。

 超高齢化社会、年金受給開始年齢75歳。まだ税金を払っていないから実感は沸かない、沸かないが何かふつふつと不満のようなものが湧き上がってくる。

 普通に働く、直人はそれさえ嫌だった。加えて一人の高齢者を若者二人で養う計算、必死に年金を納めても受給できるのは75歳、定年年齢の規定が変わらないまま受給開始年齢が伸びるため貯金がなければどこかで働かなければならない。

 馬鹿馬鹿しい、なんでそろそろ他界するだろう人のためにこれからの若者が下敷きにならなければならないのか。

 口には出さないが皆そう思っているだろうことは確かだろうと加也直人は思っていた。


 退屈な職業が嫌なら起業したり、株やFXで大儲けすれば? なんてことも頭に浮かぶ。確かにサラリーマンよりは楽しそうだ。しかし、知識はない、勉強は好きでもないし、そんな大それたことをする度胸もない。



 自分が常日頃から知識を積み上げてきたのはゲーム、それだけだった。

 要約すると、加也直人は無難にリアルもこなすゲーマーなのだ。




 VRMMORPG。

 直人が中学生の頃から普及し始め爆発的に市場が拡大したVRデバイス。

 そのデバイスを応用してできたのが仮想現実としてその中に身を投じれるゲームだった。

 当然直人はのめりこみ、自由な時間はほぼVRMMOにつぎ込んだ。


 余りの中毒性に当然社会問題にも発展した。普通に真面目な人間が仮想現実の魅力にとりつかれたか現実逃避でログアウトしないのか、突如VRにINしたまま戻ってこなくなるのである。

 仮想現実から戻ってこない人間はVR症候群またはVR中毒と言われており、予備軍も含めれば現在10万人をゆうに超えていると予測されている。

 だが、さっき言ったとおり、直人はそこまで病んでいない『つもり』だった。




 がららっ、2年C組の扉を開ける。

「おう! 直人! おはよう!」

 入った途端ツンツン頭の単純そうな奴が話しかけてくる。

 山口建都やまぐちけんと、中学の頃から加也直人と絡んでいる男友達だ。その他には特段挙げることはない。

 強いてあげるなら性欲の強い普通の思春期男だ。


「おはよう、朝から声がでけーんだよお前は」


 マフラーを外しながら席につく。と、何人かの男と建都が席の周りにまとわりつく。


「スカイオンラインのアップデート情報見たかよ!? 何十人単位のレイドボスイベントだってよ! 当然直人もINするよな?」

 うきうきと顔を輝かせながら聞いてくる建都。周りのクラスメイトもそのことでもちきりだった。

「まぁINはするだろうけど、そこまでノリ気ではないな」

「なんだよぉスカイオンラインきっての効率廃人のお前がらしくないこと言うじゃねーか」


 スカイオンラインのサービス開始が去年の夏休みから。β組だった直人はβで情報を集め、効率と強いクラス(職業)などを検証しサービス開始からぶっちぎりのトップランカーだった。

 身に覚えがある人もいるかもしれないがこういう人種は意外と冷めやすかったりする、それでも時々INしてしまうのは惰性によるものだった。



「俺らしいっちゃ俺らしいと思うんだがな。まあイベントには興味あるからINするよ、学校終わったらクラスのギルドハウスでな」


 VR技術とVRMMORPGは世界に根付いていた。どれくらいかというとゲームに興味の薄そうなキャピキャピした女子高生がこぞってプレイしているほどだ。

 ここ2年C組も3分の2はスカイオンラインをプレイしていた。男女比は1:1という驚愕の数字。

 そのため、建都が皆からゴールドを集めてギルドを結成し、近頃ギルドハウスも建てたのだ。


「ようしよく言った! トップランカーの廃人様が味方なら今日のレイドボス討伐は一番乗りだぜ!

 うおおおおおおっと周りの男子が盛り上がる。そこに黄色い声が割って入る。


「何々? 今日直人君INするの!? きゃああ! じゃあ私もINしちゃう!」

 やんやんと身体を振ってぶりっ子してるのは2年C組みの小悪魔もとい中条愛なかじょうあい、学校の男共をその気にさせて遊んでいる典型的な小悪魔女子。悔しいことにかなり可愛いので性質が悪かった。


「直人君! 今日こそは負けないからね! イベントボス戦時どちらが多くダメージ出すか勝負よ!」

 びしっと指を指される。

 坂口茜さかぐちあかね、流れる長髪はツーサイドアップ、副生徒会長もやっていて美人で少しドジですぐ赤くなる。男女両方から人気で、かなりの負けず嫌い。ゲーム内でトップランカーの直人をライバル視しているのかよく突っかかってくる。


「わかったわかった、どうせ俺の勝ちだと思うけど」


 直人はにぃっと笑ってみせる。

 すると頬をひくひく、さながら青筋を今にも出すのではないかという茜の顔芸がそこにあった。美人だしからかうのも面白いので嫌いではない、むしろ好意を持っているほうだった。


 その周りでもクラスの女子が直人君がINするなら行ってみようかな、などと話しているのが聞こえる。


「直人、なんでお前はゲーム大好きな引きこもり効率厨の廃人なのにそんなモテるんだ……」

 うおおおおおと泣き真似をしながら机をバンバン叩く建都。周りの男共の目線も心なしか刺すように痛い。


「モテるというよりゲーム内では強いからその恩恵にあずかるっていう意味合いが強いと思うんだが」

 ひどい言われようにもなんら動揺することなく答える。


 謙遜なんかではなく直人の本心だ。

 だが客観的に直人を見ると、顔はかっこいいと言ってもいい部類、さらには頭も良い、要領がいいのかゲーム内でもかなり効率的で要点を押さえている。雰囲気も冷静で時には優しく、モテる要素を詰め込んだ、そんな人間だった。


 そんなモテ人間直人の言葉にクラスの男子はやれやれと首を振る。


 こいつうざくね?






 学校が終わり帰宅した直人は素早くトイレを済ませ、リビングで寝転んでいる妹のケツに晩飯までゲームにINする旨を伝える。


「……んーわかった」


 加也渚かやなぎさ、直人の妹だ。仲は良くも悪くもない、高校一年生の女の子だ。

 ただゲーム? きもっという偏見を持っている典型的な例なのでやっぱり仲悪いかも。仲が悪いというより興味なしが正解かもしれない。


 自室に戻りゲームのアップデートを済ませVRデバイスをかぶりベッドに寝転びスイッチを押す。

 すぐに視界は暗転してスカイオンラインの仮想世界へINすることになる。



 前回ログアウトしたよくある西洋風の町の中心にあるポータルゲートに入ってギルドハウスを選択する。

 2年C組のギルドハウスには皆もう集まっていた。


「おっす直人、うげっお前その剣+12か!?」

 イケメンな建都のキャラクターが話しかけてくる。その剣とは直人のキャラクターが背中に差している赤く光る剣だ。

「ああ、そうだよ、消失防止剤100個くらいつかったな」

 このゲームでは+12まで強化すると武器が赤く光る。

「100個って何G使ったんだよ……」

「そんなことはいいからそろそろイベント開始時間だろ、皆イベントポータルに集合しよう、晩飯までには終わらすぞ」



 夕方18時、イベントが始まりギルド「2年C組一同」20人はすぐにイベントポータルに入った。

 薄暗い森の中には開けた場所があり10メートルはあろうかというキマイラのような怪物が佇んでいた。

「うわ、でか……」「つよそう~~」「私怖い~~」「何回倒されるかな? あははっ」「げっ! お金預けてくるの忘れてた」「ばっかでーはははは」


 なんの緊張感もない空気が当たりを漂う。

 この空気に直人は不満を感じていたが顔に出すことはしない。


「ん~~まあ一通りバフデバフはかけてくれ、んで俺がタンクするから様子見つつ指示出すけどそれでいい?」

 加也直人の提案。一番防具が強化されている戦士タイプがタンクを受け持つのは合理的だった、一人を除いては概ね合意だったのだが。


「わ、私が先陣きるわよ!」

 坂口茜の特殊スキル、負けず嫌いが発動した。

「俺は別にいいけどお前、防具強化してるのか? 攻撃しか考えてない脳筋っぽい雰囲気がするんだが」

「…………」

 図星なのかぐうの音も出ない坂口茜。


「副会長、ここはおとなしく直人に従おう? 直人がタンクなら副会長はダメージ出し放題、ね?」

 仲介に出てきたのはクラスのまとめ役、佐藤浩太さとうこうた。眼鏡をかけた目立たないところで活躍するいい奴だ。

「そ、そうね! ダメージは私に任せなさい!」

 よく見ると坂口茜の装備している鎧は何色にも光っていなかった。


 正解である。


「おーしじゃあ行ってみますかー」

 直人は言いながら盾装備に切り替えキマイラのAIが反応する地点まで足を運ぶ。

 ぐぉおおおおおおおおっと雄たけびを上げながら猛スピードで寄ってくるキマイラ、さすがにすごい迫力だ。しかしそれだけである。倒されれば入口で自動復活するし、仲間の蘇生魔法もある。

何回か倒されてしまうかもしれないが相手の行動パターンを把握していけばいずれ倒せる。


 ライオン部分の攻撃は爪による物理攻撃。横から生えているヤギからは氷や炎の息攻撃。尻尾の蛇からは状態異常系の攻撃を繰り出してくる。

 物理攻撃は直人のHPバーを1割程度しか削らなく、息攻撃はサポート魔法で無力化され状態異常は即座に解除される。

 正直楽勝と言ってよかった。直人の装備やレベルが異常で開発が直人レベルのプレイヤー相手に用意したボスではないという証明だった。

得てしてイベントというものはある程度難易度を優しくしないとユーザーから苦情がくるものである。


「ん~どうやらランダムターゲットもないみたいだな。サポート職は俺を回復や状態異常解除だけしてくれ、後は時々出る範囲攻撃を避けながら攻撃すればいけると思う」

 がんがんと攻撃を受けながら直人は思う。

 ぬるい……緊張感がない、ギリギリで焦るような戦闘がしたい。

 そんなことを考えながら20分、キマイラは断末魔を上げながら倒れてドロップアイテムを大量に吐き出した。


「見ました? 私が一番のダメージよ!」ルート権は坂口茜、よほど嬉しいのか拾うのを忘れてジャンプしている。

「副会長! ドロップアイテム拾って拾って! 消えるから!」

 はっとして慌てて拾い始める茜、やはりというか確定でどこか抜けていた。



 再びギルドハウス。

「すげえっこの杖レア度10だぞ!?」「見てみて! 着物アバター!」「有料アイテムもいっぱいあるぜ!」

 ドロップしたアイテムを山分けするため机に並べていく。


「しっかし直人のせいで特に苦労もせずに終わったなぁ」

 建都がそんなことを言う、緊張感がないボス戦は楽しいとはお世辞にもいえない。

「同感だ建都、本当に坂口に先陣きらせたほうが楽しかったかもな」

 はははははっと笑いがギルドハウスを満たす、坂口茜は真っ赤な顔で俯く。


 こうやって笑いあってみんなでゲームをするのはやはりいいものだろう。

 直人も楽しんでいることには間違いはなかった。


 しかし だけど けれど それでも


 加也直人は心底物足りないとも思っていた。




「わかるよぉ、君の気持ち」


 ? 若い女の声がする。


「緊張感、スリル、攻略しがいのある高難易度、もっと焼け付くようなゲームがしたいよねぇ? 叶えちゃいますよ、その願望! 君とその仲間数名を僕の世界へご招待しま~す。一緒に作って楽しみましょう! 本気のゲームを」


 視界が暗転する。


 その時、スカイオンラインの2年C組のギルドハウスから数人が消失した。

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