第二章 神崎鈴羽は褒められ下手?

第7話 猫

 朝、構内で千里せんりと合流し、そのまま教室を目指す。


 他愛たわいもない事を話しながら校舎内を歩いていると、ふと千里が妙な事を聞いてきた。


「そう言えば隆之たかゆき、最近遊園地に行ったりしたかい?」

「遊園地? 行ったけどなんで?」

「いや、少し気になってさ。じゃあ、そこでへばったりは……?」

「確かに、そんな事もあったような……。ってか、何? その話、鈴羽すずはから聞いたのか?」


 遊園地云々うんぬんの質問はともかく、へばったかどうかの質問は、なんらかの情報がないとさすがに出てこないだろう。


「鈴羽には聞いてないよ。ただ、なんとなく察したというか、気付いたというか……」

「なんだそれ」


 よく分からんが、まぁたいした話じゃないし、別にいいか。


「ところで隆之、星は好きだったりするかい?」

「星? いや、別に特別好きなわけじゃないけど……」

「そうか」

「あ、でも、鈴羽は好きだと思うぞ、星。だから、星関連の話なら、鈴羽にすると喜ぶんじゃないか」


 千里がどういう意図で俺に星の話を振ってきたかは分からないが、もしプラネタリウムに誘うとかいう話だったら、喜んであいつは千里に付いていくだろう。

 まぁ、千里からの誘いなら、余程変な所じゃない限り、どこでもあいつは喜びそうだけど。


「てか、さっきからなんだよ。変な質問ばっかして」

「ちょっと、君の人となりについて、調査をだね」

「今更かよ」

「と言うものの、君と知り合って約一年になるが、お互いにまだ知らない事はたくさんあると思うんだ。例えば、目玉焼きに何を掛けるかとか」

「超どうでもいい情報だな」


 そんな事を知ってなんになる。


「そうかな? 意外と重要かつパーソナルに関わる大事な情報だと思うんだが。ちなみに私は醤油しょうゆを掛ける」

「そうか。俺もだ」

「おそろいだな」


 そう言って千里がにこりと微笑ほほえむ。

 うれしいのか?


「猫と犬ならどっちが好きだ?」

「猫かな。お前は?」

「私は犬かな。猫もいいが、何よりあの人なつっこい感じがいい」

左様さようで」


 興味がないとまでは言わないが、本当にどうでもいい情報だ。飼っていればまた話は違うのかもしれないが、残念ながら俺も千里もペットの類は飼っていない。というか、俺に関しては、ペットらしいペットを飼った事すらなかった。


「日頃から、野良猫に触ったりはするのかい?」

「触りはしないかな」

「苦手なのか?」

「俺が苦手なんじゃない。猫が俺を苦手なんだ」


 ん? 前にもこんな話を誰かとしたような……。


斬新ざんしんな言い訳だな」

「言い訳じゃねーよ、事実だ。俺が近付くと、向こうが先に逃げるんだよ」

「近付き方が悪いんじゃないか。ほら、猫は警戒心が強いと言うし。特に大きいものは嫌う傾向にあるらしい」

「らしいな」


 それくらいの知識は俺にもある。しかし、知っているという事と実際に出来るという事には、天と地程の差がある。知っているだけで出来れば、誰も苦労しないし困らないだろう。


「今度、一緒に猫カフェでも行くか」

「冗談だろ」


 俺も千里もそんなの柄じゃないし、そこまでしてどうしても猫に触れたいわけでもない。触れられたらいいな、ぐらいなもんだ。


「君が行きたいなら、私は付き合うが?」

「いいよ、別に。逆に、お前が行きたいなら、俺の方こそ付き合ってもいいけど」

「私も、別にいいかな。そんなに興味ないし」

「あっそ」


 なら、この話はここで終了。おしまいだ。


「猫と言えば、鈴羽はどちらかと言うと猫っぽくないか」

「お前もな」

「私も? どこが?」

「どこがと言われても、クールそうなとことか?」


 一見すると、人を寄せ付けなさそうなところとか。


「そう言えば隆之は、猫が好きだったんだっけ」

「何が言いたい」

「いや、他意はないよ。ただの確認だ」

「確認、ね」


 なら、そういう事にしておこう。

 無駄に突いた挙句あげく薮蛇やぶへびでは溜まらないからな。君子くんしあやうきに近寄らず、とも言うし、いらないリスクを自ら負う必要はないだろう。




 最近は、鈴羽がお弁当を作ってくるようになったので、やつと一緒に昼食を取る時は外で食事を取らなくなった。その関係で、一・三・四と歯抜けで授業を選択している木曜日の昼休みは大分ひまになった。


 つまり、外食とは別に、新たに時間を潰す方法を考えないといけないわけで……。


「今日はどうします?」


 場所は校舎内の休憩スペース。テーブルを挟んで正面に座る鈴羽が、空になった弁当箱を片付けながら、今日も今日とてそんな事を俺に聞いてくる。


「行くなら図書館か本屋、後はしゃべるならエントランスに移動してもいいが……」


 正直、どこも決め手に欠ける。


 行きたい所やりたい事は特にない。さて、どうしたものか。


「おや、そこにいるのは隆之君じゃない? おはおは」

「ん?」


 振り向き、声の主を確認する。

 少し離れた所に七瀬ななせが立っていた。


「おぅ」


 片手を挙げ、挨拶あいさつをする。

 すると七瀬がこちらに寄ってきた。


「こんな所で会うとは、奇遇だねー」

「こんな所って、校内なんだが」


 七瀬のあまりにも適当ないい草に、俺は思わず苦笑を返す。


 視線を感じ、ふとそちらに目をやる。

 鈴羽が俺達の事を、ぼけーっとした表情で見ていた。


「あー、悪い。こいつは七瀬、七瀬清海きよみ。会った事があるかは知らんが、高校の時の俺の同級生だ。で、こっちが神崎かんざき鈴羽。同じく、高校の時の俺達の後輩だ」

「どうも」

「よろしくー」


 鈴羽と七瀬がそれぞれ、対照的な挨拶を交わす。


 こう見えて鈴羽は人見知りなので、初対面の相手には大抵こういう反応になる。

 さながら、借りてきた猫のようだ。


「へー。高校の後輩なんだ。知らなかったよー。部活関係? って、隆之君は帰宅部だっけ?」

「そう、帰宅部。だから鈴羽とは、別のやつを訪ねてきて知り合った、みたいな?」

「つまり、隆之君が後輩をナンパした結果、こうして仲良くなった、と」

「なんでそうなる」


 確かに、今の話を聞いただけだとそういう解釈も出来なくはないが、事実はそうではない。どちらかと言うと、俺がナンパされた方……それも違うか。とにかく、俺が率先して鈴羽と仲良くなろうとした事実はなく、そこをいじられる謂れもない。


「鈴羽ちゃんは学部どこ? ちなみに私は、経営なんだけど」

「人間、学部です」


 七瀬の圧に少し押されながら、鈴羽がなんとかそう答える。

 初対面でも構わずぐいぐい来る七瀬と、初対面だと及び腰になる鈴羽。まさに二人は正反対、対照的な反応だった。


「人間って事は、隆之君と同じか。もしかして、隆之君を追って大学入った感じ?」

「いえ、まぁ、大学選びの一つの要素としてはそれもありますけど、純粋に適度に近くそこそこ頭のいい学校を選んだ結果、ここになったって感じです」

「そっかそっか。ま、私も似たようなもんかな。特に行きたいとこがあったわけじゃないし、遠過ぎるとこは嫌だし、消去法でここ、みたいな? 隆之君は?」

「俺もそんな感じかな。手の届きそうな範囲で一番偏差値が高い所を選んだら、たまたまここになった感じで、そこまでどうしてもこの学校って気持ちはなかったかな」


 俺の場合、推薦が早々にもらえたというのもあって、あまり他の候補の事は考えなかった。とりあえず大学に行ければいいかなという、あまり気の入ってない考えの元、受験をなんとなくこなした記憶がある。


「でも、人間なら学部は違うけど、キャンパスは同じだからまたどこかで会うかもね。そん時はよろしく」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 びしっと親指を立てて快活な表情で言う七瀬に対し、鈴羽は慌ててそう言って頭を下げた。


「じゃ、私はこれから友達とお昼なので、これで」

「おう。またな」

「あ、はい、また」


 俺と鈴羽の言葉を受け、七瀬が満足そうな笑みをその顔に浮かべ、休憩スペースから去っていく。


「嵐みたいなやつだろ?」

「はい。少し気圧けおされました」


 まだ七瀬と対峙した余韻よいんが残っているのか、鈴羽がそうぼんやりした様子で答える。


「ていうかせんぱい、女性の知り合い、何気に多くないですか?」

「そうか?」


 そんな事ないだろう。

 鈴羽に、千里に、天ちゃんに、七瀬に、ことり。俺が知人と呼べる人間は精々それくらいで、片手の指でも数えられる。


「後、可愛かわいい子が多過ぎです」

「そうか?」


 そんな事は……あるか。

 千里は言わずもがな、てんちゃんやことりも少女の前に美という形容詞を付けても問題ないくらいのルックスを誇っている。七瀬もまぁ可愛い方だし、鈴羽も――


「なんです?」


 じっと俺が見ていたためか、鈴羽がそう言って小首をかしげる。


「いや、可愛い子の中に、自分も含めてるのかなって思って」

「なっ。そんな事。うー」


 自分でそれを認めるのは自画自賛のようで恥ずかしいが、俺に否定されるのは悔しい、と今の鈴羽の内心はそんな感じだろう。


「……せんぱいはどう思います?」


 ここで素直に話を変えるのはしゃくとばかりに、鈴羽がそう逆に俺に挑戦的な表情で聞いてくる。


 多分、そういう返しをすれば俺がうろたえると思ったのだろうが、そうは行くか。


「そうだな。可愛いんじゃないか、普通に」

「へ?」

「アイドル並とまではいかないが、その辺は個人の趣向も入ってくるから優劣は一概いちがいには付けられないし、俺個人の感覚で言わせてもらえば鈴羽は――」

「もういいです」


 すさまじい勢いで口が、鈴羽の両手でふさがれる。


 塞いだ当人の顔はリンゴのように真っ赤で、本当に恥ずかしがっている事がその顔からも分かった。


「もらふぁいほまえいえふぁいほぉに」

「塞いでるのに、まだ喋りますか」


 このままではラチが明かないので、俺は降参を示すように両手を横に広げてみせた。


「たく、せんぱいは真顔でそういう事を平気で言うんですから」


 そしてようやく、俺の口が解放される。


「本心だからな」

「まだ言いますか」


 その後、鈴羽の調子が元に戻るまで、それなりの時間を有したのは言うまでもないだろう。

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