第3話 馴れ初め

隆之たかゆき鈴羽すずははどうやって知り合ったんだ?」


 ケーキを食べながら雑談をしていると、ふいに千里せんりがそんな事を俺達に聞いてきた。


 一瞬、鈴羽と顔を見合わせた後、俺が代表して口を開く。


「知り合いの知り合いって感じだよな、確か」

「そうそう。部活の先輩がせんぱいのクラスメイトで、それでその先輩を訪ねるのによくせんぱいのいる教室に行って……話し始めたきっかけはなんでしたっけ?」


 説明の都合上仕方がないとはいえ、先輩がいっぱいでややこしいな。

 ま、意味は通じるから別にいいけど。


「きっかけ。きっかけか……。確か、西城さいじょう――あ、鈴羽の部活の先輩な。そいつが教室にいなくて、たまたま出入り口付近にいた俺に鈴羽が西城の事を聞いてきて、そこから鈴羽の方から俺に話し掛けてくるようになったんじゃなかったか。多分」


 なぜそこから、鈴羽が話し掛けてくるようになったかは俺にも謎だが、きっかけと問われて思い浮かべるのはその一件だ。


「鈴羽は、なんでそこから隆之に話し掛け始めたんだ? 何か最初の会話で思うところがあったのか?」


 俺の疑問を代弁するように、千里が鈴羽にそうたずねる。


「あー、きっとちゃんと会話をしてくれたからだと思います」

「ちゃんと? どういう事だ?」

「今まで話した事のない面識のない後輩が話し掛けてきたら、普通それなりの対応をすると思うんですよ。邪見にはしないけど、適度の距離感というか、あまり踏み込んでこないというか……。でも、せんぱいは違ったんです。先輩がいない事だけじゃなくて、その理由も考えてくれて、伝言があれば伝えておくって」

「普通だろ、それぐらい」


 別に鈴羽に限った事じゃない。誰が来ても、相手がまともな態度をしたやつなら、俺はそうするし、そうしてきた。


「うーん。言葉にすればそうなんですけど、その時はなんかそれがすごく新鮮で……。話し方とか目線とかですかね? とにかく、この人なら仲良くなれるって思ったんです、感覚的に」

「まぁ、その辺りはフィーリング的な要素もあるだろうから、言葉では上手く説明出来なくても仕方ない、か」


 そう言って千里が話を収める。


「じゃあ次は、せんぱいと千里さんのめを聞かせてください」

「馴れ初めって……」


 というか、俺と千里が話し始めたきっかけは、前に鈴羽に話した気もするが……。


「千里が構内で迷子になってたところを、俺が助けてそれから話すようになったんだよな」

「いや、まぁ、言葉にすれば全く持ってその通りなのだが、もう少し言いようというか、オブラートに包む努力をだな……」

「鈴羽相手に、恰好かっこう付けても仕方ないだろ。どうせすぐにバレるんだし」

「それもそうだが……」


 理屈の上では分かっていても感情がそれを認めないと、そんなとこだろう。


「つまり、綺麗きれいで可愛い女性が困っていたので、それを利用してナンパしたと、そういう事ですね。分かります」

「なっ……」


 鈴羽の言葉を真に受けたのか、千里が何やら中途半端に言葉を発する。


「否定はしない」

「おい、君まで」

「でも、ダメですよ、千里さん。いくら困ってるところを助けられたからって、怪しい男の人に簡単に気を許したら」

「誰が怪しい男だ、誰が」


 まぁ、それ以外の部分は鈴羽の言う通りなので、それ以上の抗議は特にしないが。


「気は、別に許してはないが、なんとなく最初から話しやすかったのは覚えてる。こう、なんというか、感覚的に?」

「じゃあ、仕方ないですね」

「あぁ、仕方ない」

「仕方ない、のか?」


 首をひねる俺を余所に、二人は何やら意を得たりとばかりに、うんうんとうなずいている。


 よく分からないが、何かがきっと仕方がないのだろう。


「せんぱいって、なんか知らないけど、そういうとこありますよね」

「隆之は確かにそういうところがある」

「そういうところって、どういうところだよ」


 俺の質問に二人は一度顔を見合わせて、


「「……」」


「答えないのかよ!」


 まさかの無言を返してきた。


「いや、これは本人に告げる事じゃないから」

「せんぱい、ちょっとめられたからって、調子に乗らないでください」

「いつ俺が調子に乗ったんだよ」


 というか、俺はいつ褒められたんだ? さっきの、そういうところってやつか? だとしたら、さすがに意味不明過ぎる。


「大体せんぱいは、千里さんみたいな超絶美人を前にして、よく手ぶらで声掛けれましたね」

「超絶っ。いや、私は別に……」


 何やら、必死に否定の言葉を口にしようとしている千里は無視して、俺は話を続ける。


「それはその、困ってそうだったし、なんというか、人に頼るの下手そうだったし千里」

「あー、それはなんとなく分かります」

「分かるのか……」


 鈴羽の言葉に、千里が不本意そうな声を上げた。


「いや、いい意味で、いい意味で、ですよ」


 その反応を見て、鈴羽が慌ててフォローとも言えないフォローを入れる。


「まぁ、千里の場合、なんでも卒なくこなすイメージだから、そのせいで苦労はしそうだよな、色々と」

「私自身、そう見せてる節もあるしな」


 そう言って、その顔に苦笑を浮かべる千里。


 多分、彼女は不器用なのだ。だけど、幸か不幸か、その事を誤魔化ごまかせる器用さは持ち合わせていて……。


「あー、だからか、せんぱいと千里さんの仲がいいのは」

「は? 突然何言ってんだ、お前」


 脈絡もなく、唐突に変な事を言う鈴羽に俺は、素でツッコミを入れる。


 千里は千里で、俺と同じ気持ちなのだろう、訳が分からないといった表情で鈴羽の事を見ていた。


「いや、せんぱいって基本お節介じゃないですか? それで尚且なおかつ、頼み事されてもこっちが本気で頼めば、二つ返事でこたえてくれるし。だから、千里さんと相性いいのかなって、なんとなく思ったり?」

「なるほど」

「……」


 鈴羽の言葉に納得する千里とは対照的に、俺は反応に困り黙り込む。


 そんな事を言われて、俺はなんと返せばいいんだろう? 肯定こうていするのも否定するのもなんだか違う気がするし、何より鈴羽の言葉は、どこか俺からしてみれば気恥ずかしいものがあった。


「あれ? せんぱい、もしかして照れてます?」


 そんな俺の様子を目敏めざく捕らえ、鈴羽がそう俺をあおり立ててくる。


 まったく、こいつは……。


「照れてねーよ。ただ反応に困るってだけで」

「えー、本当ですか?」

「ホントだよっ」


 そう言って俺は、こちらに少し身を乗り出していた鈴羽のひたいを軽く小突こづく。


「あたっ。何するんですか。私は本日の主役ですよ」

「そうか。それは悪い亊をした。おびにこれをあげよう」


 そう言うと俺は、フォークで自分のケーキを切り分け、それを鈴羽に差し出す。


「わーい。ありがとうございます」


 そのケーキを、なんの躊躇ためらいもなく鈴羽は口に入れた。


「うーん。美味おしいしい」

「そりゃ良かった」


 それだけ美味しそうに食べてもらえれば、無くなった俺のケーキもそれはもう本望だろう。


「ん? どうした?」


 視線を感じふとそちらを見ると、なぜかいぶかしげな顔をして千里がこちらを見ていた。


「君達はその、本当に付き合ってないのか?」

「「え? なんで(ですか)?」」

「……いや、なんか、すまない。変な事を聞いてしまって」

「「?」」


 身に覚えのない謝罪に、俺と鈴羽はそろって頭をかしげる。


 謝罪の理由は少し気になったが、それ以上話を深く掘り下げる亊はしなかった。なんとなくこの話は、これ以上広げても誰の得にもならない、そんな気がしたから。

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