第36話 女友達

 俺と小鳥遊たかなしことりが付き合っていたのは、高一の夏休み明けから高三の春休み明けまでで、その期間はおよそ一年と三ヶ月程度だった。


 確か告白らしい告白はなかったと思う。いつの間にか俺達は付き合い始め、いつの間にかその関係は破綻していった。


 多分俺達はお互いに恋人が欲しがっただけだったんだと思う。別に相手の事を好きになったから付き合い始めたわけではなく、ちょうどいい相手がそこにたまたまいたから俺達はそういう関係になったんだと別れた後になって初めて気付いた。


 小鳥遊ことりは簡単に言うと優等生だった。


 成績は常に学年で一桁。運動神経は抜群で、何をやらせてもそつなくこなす、いわゆるユーティリティプレイヤーだった。その代わり、凄く得意なスポーツはないと本人は言っていたが、真偽の程は分からない。もしかしたら部活に所属していなかったのが、その何よりの証なのかもしれないが、実際のところは今もなお謎のままだ。


 性格は社交的で、誰とでもすぐ話せるタイプだったが、意外と本人が友人と認める人間はさほど多くはなく、かたくなにその他の生徒の事はクラスメイトあるいは同級生と呼んでいた。


 俺達の関係は始まり方のせいもあり、友人の延長線上から抜けられない、はたから見たら、こいつら本当に付き合ってんのかという疑念を抱かれそうな、とてもドライな間柄だった。


 二人でいても愛をささやく事はおろか、相手をめる事すらしない、それでもお互いに不平不満が出なかったのは、そもそもそういう関係を求めていなかった事に加え、存外その不思議な関係性を俺とことりが気に入っていたからだと思う。


 しかし永遠――とは言わないが、少なくとも高校卒業までは続くと思われた二人のそんな関係は、ことりの一言によって唐突に終わりを告げた。


「私達、もう終わりにしない?」


 なんの脈絡もなく、まるで日常会話でもするかのように発せられたその言葉を、俺は一瞬理解が出来なかった。決してショックで脳が理解をこばんだとかそういう話ではなく、普通に意味が分からなかったのだ。


 だけどいまだ理解のおよばない頭の俺がその時に返した言葉は「ちょっと待て」でも「考えさせてくれ」でもなく、「そうだな」という聞きようによってはとても冷たいものだった。


 そうして俺達は別れ、ただの友人同士にその関係を戻した。


 それからも俺達は学校で顔を合わせば話をしたし、放課後にどこかに遊びに行く事すらした。

 周りから見たら、別れる前と別れた後の違いなど、あってないようなものだったかもしれないが、それでも俺達はあの時確かに自分達の関係に一つの区切りを付けたのだった。


 もう俺はことりの彼氏ではないし、ことりも俺の彼女ではない。その事を当の本人達は重々理解しており、またしっかりと受け入れてもいた。

 そう当の本人達は……。




 大学入学以前からの付き合いがまだ現在進行形で続いている友人はそれなりにいるが、それが女子となるとまた話は変わってくる。

 後輩である鈴羽すずはてんちゃんはとりあえず友人という枠から除くとして、後は元カノでもあることりと、そのことりの親友でもある七瀬ななせくらいしか、今の俺にとって友人と呼べる間柄の人物は思い当たらなかった。


 ちなみに七瀬は学部こそ違うが、俺と同じ大学に通う同級生であり、構内でもよく会い、話もする。

 とはいえ、彼女のする話の大半はことりに関する事で、何かにつけて俺達のよりを戻そうとするからその辺は本当に困っている。


 月曜日は一時限目を受けた後、次の授業を受けるまで大分時間が空いてしまうため、一度家に帰る事が多い。しかし今日はその七瀬に捕まってしまい、仕方なく構内のフードコートで一緒に少し早めの昼食を取る事にした。


「土曜日、一緒にケーキバイキング行ったんだって? どうだった?」


 同じテーブルに向き合って座り食事をしていると、ふいに七瀬がそんな事を俺に行ってきた。

 主語がなく、ついでに脈絡もなかったが、残念ながらそれだけで話が通じてしまう程度には、俺と七瀬の付き合いは長く、また深かった。


「どうも何も、普通にケーキ食べて、普通にしゃべって、普通に帰った、以上」

「その普通を知りたいんじゃない」

「だったら、ことりに聞けばいいじゃないか? どうせケーキバイキングの話も、ことりから聞いたんだろ?」


 なのに、なぜ俺に聞こうとするのか、全く意味が分からない。


「だってことり、ふわっとした話しか教えてくれないんだもん。その辺意外とガード固いのよね、あの子」

「いや、むしろなんで、俺とことりのやり取りをお前が聞きたがるんだよ。ガードが固いというより、話さない方が逆に正常な判断だろ」


 実際はそうではないとはいえ、男と女のその手のやり取りなんて、一歩間違えば惚気のろけ話に取られかねない、他人が聞いても面白くない話だろうに。


「やだなー。私と隆之たかゆき君の仲じゃない」

「どんな仲だよ」


 苦笑をらすと俺は、はしを使ってラーメンをすする。


 ラーメンは時間が命だ。伸びる前に食べ切らなければ、途端に味が落ちてしまう。

 うん。やはりソウルフードだけあって、無難に美味おいしい。


 俺の行動に合わせたわけではないだろうが、七瀬も自分の手の中にあったサンドイッチを一口二口と続けて頬張ほおばる。


 野菜に定評があるお店なので女性人気は強く、たまに鈴羽や千里せんりもここのサンドイッチを食しているが、俺はまだ一度もそれを食べた事がなかった。どうしてもそれだけだと昼食として不十分と、俺なんかは思ってしまうためだ。


「やっぱ今でも私、ことりと隆之君はお似合いだと思うんだよね。なんか一緒にいるのが自然というか、当たり前というか……。とにかく、いいよね、たか×ことって」

「……」


 ダメだ、こいつ。現実とフィクションの区別が、まるで付いていない。早い内になんとかしなければ。


「そんな事言って、隆之君だって満更でもないくせに」

「何がどう満更でもないのかが分からないが、俺とことりはもう別れてるし、もう付き合うつもりはないよ」

「でも、今でも普通に会ってるじゃない」

「そりゃ、ことりとは今でも友達だからな。会うくらいするだろ」

「友達ね……」

「なんだよ、その意味深な目は」

「べっにー」


 別になんともない感じでは当然ないのだが、これ以上深く追求すると、傷をうのはおそらく俺の方なので、ここは肩をすくめて、降参の意をしめてしておくにとどめる。


「で、あっちの方はどうなの?」

「まぁ、一応、用意は出来たよ。これで良かったかどうかは、あいつの反応次第だけどな」


 そればかりは、実際に見せてみないと分からないのでなんとも言えないが、自分としてはベストな物が用意出来たと自負している。


「そう。それは良かった。……にしても、隆之君も罪づくりな人だねー」

「何がだよ」

「元カノにそんな事を頼むなんて」

「……」


 なるほど。やはり、一般的にはそういう考え方になるのか。勉強になるな。


「けど、隆之君はそういう人だって事、私は分かってるから、別に驚きはしないけどね」

「そりゃ、どうも」


 お礼を言うべき場面かどうかは不明だが、それ以外の返答が思い浮かばなかったので、とりあえずそう言葉を返しておく。


「ところで隆之君、このあとひま?」

「授業は入ってないから、暇っちゃ暇だけど……」

「じゃあ、ちょっと手伝ってくれない? レポート作成」

「手伝うー?」

「いえ、指導をお願いします」


 俺が聞き直す、七瀬はすぐさま白旗しろはたを上げ、言葉を言い直した。


「よろしい。缶コーヒー一本で手を打とう」

「うぃ」


 こうして俺の余暇よか時間は、唐突に新たな予定となって消えた。

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