第15話 友人その2

 火曜日。午後から登校してきた俺を、見知った顔が出迎える。


「よぉ、隆之たかゆき


 振り返り、こちらを見るつかさの方に、俺はゆっくりと近付いていく。

 教室の廊下側、その中央付近に司は一人で座っていた。


「昨日はサンキューな」

「別に。俺が好きでやってる事だから」


 いつものように軽く司の言葉をかわしながら、俺は司の隣に腰を下ろす。


「そういえばお前、最近同級生だけじゃき足らず、後輩にまで手を付けてるらしいな」

「……付けてねーよ、どっちにも」


 何情報だ、それは。


「え? ゆーくんや卓也たくやが、実際に後輩とイチャイチャしてる所を見たって」

「あいつら……」


 いつどこで、俺が鈴羽すずはとイチャイチャしていたというのだ。まぁ、見ようによってはそう見えなくもない場面もなくはなかったかもしれないが、事実と反する以上、それを認めるわけにはいかない。


「あいつらの見間違いだって、もしくは別の人と間違えたか」

「見間違いね……」


 何か言いたげな司の視線を、何食わぬ顔で受け止めつつ俺は、自然な流れで話題をえる。


「そういえば、てんちゃんに映画誘われたから、今度の土曜日一緒に行ってくるわ」

「ふーん。別にいいけど、節度は守れよ。まぁ、さすがのお前も、女子高生には手を出さないとは思うが」

「出さねーし。別にそういうんじゃないって。友達の代役っていうか、とにかくそんな感じだから、勘違いするな」


 それに、天ちゃんと俺がこうして二人で出掛けるのは、何も初めての事ではない。司の誕生日プレゼントの購入に付き合ったり、一人じゃ入りづらいからとケーキ屋に付き合ったりと、決して多くはないが何度か一緒に休日を過ごしている。


 だからと言って、そこで何かが発展するかと言ったら別にそんな事はこれっぽっちもなく、どちらかと言うと、俺にとっては親戚の女の子と出掛ける感覚に近い。

 まぁ実際に、親戚の女の子と出掛けた事はないので、あくまで感覚の話、ではあるが。


「お前って、ホントシスコンだよな」

「誰がシスコンだ。これくらい、年頃の妹を持つ兄なら当然の反応だっつの」


 司とは高校入学当時からの付き合いだが、こいつのシスコンが学校の仲間内で判明したのは、天ちゃんが二年遅れで入学した時だった。しかし、実際に天ちゃんを目撃した皆が口をそろえてあの妹が相手なら仕方ないと思ったため、その事を本気でからかう者はそれから一切現れなかった。


「俺が言うのもなんだけどさ、俺と天ちゃんが出掛けるのは別にいいのか? 俺も一応、男なんだけど」

「お前はその、俺もよく知ってるし、信頼も信用もしてるっていうか、もしそうなってもお前だったらなんか許せるっていうか……。あ、でも、だからと言って、手出していいわけじゃねーからな。しいて言えばって話だから。消去法的な話だから」

「はいはい。きもめいじておきますよ」


 司はこんな調子なので、天ちゃんと出掛ける時は出来る限り、彼に断りを入れてからするようにしている。入れなかったらどうなるという話でもないが、後で知られて妙な詮索せんさくを受ける可能性もなくはないため、一応俺はそうしている。


「てかお前、そろそろ新しい彼女は作らんの? 前の彼女と別れて、もうどれくらいだっけ?」

「二年、と少し」


 ちなみに、鈴羽と知り合ったのは、そのすぐ後だったりする。


「年上のお姉さんタイプは……」

「最初の彼女だ。というか、分かってて言ってるだろ」

「悪い悪い。で、次の彼女が同級生の小鳥遊たかなし、と。年上、同い年と来たら、次はやっぱり年下か? と思ってさ」

「別に、そんなところを気にして付き合ってないって」


 いや、二番目の時は、若干意識したかもしれないが、今は違う。年上でも、同い年でも、年下でも、感情のおもむくまま、好きになった人と付き合うつもりだ。


「そういうお前はどうなんだよ? 浮いた話の一つも聞かないけど」

「俺が誰かと付き合うと、妹が悲しむだろ?」

「……」


 歯を光らせ、その前で親指を立てる司を俺は、無言で見つめ、その姿をスマホで撮影する。


「おい、何ってんだ! その写真、何に使うつもりだ!?」

「天ちゃんに、今の言葉と共に、見せてあげようかなと思って」

「止めてください。お願いします」


 真面目まじめな顔で謝罪の言葉を口にする司。


「冗談だよ……多分」

「多分ってなんだよ! お前、ホントに止めろよ。ただでさえ、年々俺の扱いがぞんざいになりつつあるっていうのに、これ以上ひどくなったら俺、耐えきれない」


 そう言って司は、わざとらしく顔をおおった。


「そんなんだから、ぞんざいに扱われるんだろ」

「うるさい。お前に、可愛かわいい妹を持つ兄貴の気持ちが分かってたまるか」

「そうだな」


 その考えは否定しない。俺も実際、そう思うから。




「隣、いてますか?」


 四時限目、一人で三人掛けの中央の席に座っていると、ふいにそう声を掛けられた。


「あぁ……」


 戸惑いを覚えながらも、俺はなんとかうなずき、肯定の意を示す。


「ありがとうございます」


 女生徒はにこりと微笑ほほえみ、俺の左側に腰を下ろした。


 長い黒髪の、落ち着いた雰囲気の少女だった。


 身長は低くも高くもない平均値。顔立ちは整っており、大抵の男はただ話しかけられただけでもドキッとするのではないだろうか。


「えーっと……」


 誰?


 前の授業が終わったばかりと言う事もあり、席のまり具合はまだ四割といったところ。丸々三人分空いている席もいくつかあるし、知らない人間の隣に座るとしても、こういう場合、女性の隣をまず選択しそうなものだ。

 なのにこの女生徒は、あえて俺の隣に腰を下ろしてきた。その行動になんらかの意図を感じてしまうのは、俺の考え過ぎかあるいは……。


豊島とよしまめぐみです。香野こうの隆之たかゆきさんですよね?」

「……なぜ俺の名前を?」

「さぁ、どうしてでしょう?」


 そう言って豊島さんが、意味ありげに笑う。


 なるほど。なんとなく、自分の今置かれた状況が、おぼろげながら見えてきた。


 つまり彼女は、俺の知り合いの知り合いで、理由は分からないが、俺の事を知った上でなんらかの意図を持って接触してきたと、そういう事だろう。

 後は彼女が、誰の知り合いか、だが……。


「あー!」


 その答えは、自ら大声と共に、勢いよくやってきた。

 声のした方を向くと、案の定、こちらに向かってやってくる鈴羽すずはがそこにいた。


「なんでめぐみんが、せんぱいの隣の席に座ってるの?」

「成り行き?」

「何、成り行きって」


 そう言うと鈴羽は、豊島さんとは逆側、俺の右側の席に腰を下ろした。


「あ、せんぱい。こんにちは」

「おぅ。てか、何この状況?」


 はたから見れば、両手に花で非常にうらやましい光景なのかもしれないが、当事者の俺としては、何がなんだがさっぱりで、全然それどころではなかった。


「鈴羽がいつも自慢する、せんぱいがどんな人か、どうしても実際に会って確かめたくなっちゃって」

「自慢?」

「わー!」


 俺の疑問の言葉に、鈴羽がかぶせるように大声を上げる。


「なんだよ、急に。びっくりするだろ」

「いやー、今日は暑いですねー。上着脱いじゃおうかな」

「まぁ、確かに暑いけど、言うほどじゃないだろ」


 ここ最近、気温が上がってきたとはいえ、今日の気温は昨日や一昨日と比べてもさほど高くはない。


 もしやこいつ、動揺しているな。


「香野さんと鈴羽はどういう関係なんですか?」

「関係って、それは――」

「あ、鈴羽には聞いてないから」


 率先して質問に答えようとした鈴羽を、豊島さんが俺ごしに制する。


「関係? 関係か……」


 これまた難しい質問だな。


「俺にとって鈴羽は――」


 左右から謎のプレッシャーを受けながら俺は、少し悩んだ末に、俺の中で一番しっくり来る言葉を口にする。


「一番仲のいい後輩、かな?」

「……なるほど」


 どうやら俺の答えは、豊島さんの琴線きんせんには触れなかったようだ。


「まぁ、鈴羽本人がそれでいいんなら、私は別にいいんだけどね」


 そう言って豊島さんは、席を立つ。


 ちらりと右を向くと、若干にやついた表情の鈴羽がそこにいた。


「じゃあ、私はこれで。香野さん、また私とおしゃべりしてくださいね」

「あー……」


 にこりと微笑み去っていく豊島さんに対し俺は、呆気あっけに取られて、中途半端な返しをする事しか出来なかった。


「変わった子だな」

「そうですか? 面倒見のいい、いい子ですよ、めぐみんは。……確かにたまに、思いも寄らぬ事をしたりもしますけど」


 今の行動がまさにそれだな。


「それよりせんぱい、聞いてくださいよ」

「なんだよ、急に」


 今までのやりとりなどなかったかのように始まる、いつも通りの鈴羽と俺の会話。

 この騒がしさを当然のように受け入れている辺り、俺も大分、鈴羽に毒されているよな。

 別に、だからどうと言う話でもないのだけれど。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る