感情のガラクタ
冷凍氷菓
第1話 幻想的破滅
雨の降る中、傘もささずに少女は歩いていた。小学生くらいの少女は下を向きながら歩く。まだ昼間だというのに薄暗く、あたりは寂しい空気が漂う。
鼻をすすりながら少女は歩く。その顔は寂しげに、そして悲しげに歪めている。周りからは泣いていたかどうかなんてわからないと思う。雨があまりにも多く降っていたからだ。
車が行き交う、道路。ここは比較的人が多い町であったがそんな少女は誰にも気に留めれることはなかっただろう。少女はそれも悲しく感じた。
しばらく歩いていると、公園に行き着いた。少女は雨の降る中、公園のブランコに腰を掛け、こぎ始める。
少女は思った。人間なんて大嫌い。私も大嫌い。この世が大嫌いと。
少女は死を考えた。
その一ヶ月ほど前には少女は普通に学校に通っていて、登下校するときには理沙という友達がいた。髪の毛を二つに縛った子で、少女と比べても活発な子だった。
「___ちゃん。今日は私が鬼ね!」
鬼ごっこをしながら登校したり、帰りには野原で花を摘んだり、四つ葉のクローバーを探したりしていた。
楽しい日々であると、彼女は漠然とした感覚で思っていた。嫌なことはない。理沙と合わせるのが少し大変とは感じていたが、それでも楽しかった。
学校でも色々なことおしゃべりをしていた。アニメの話、漫画の話。家には何があるとか自慢話もあった。
気の乗る話ばかりではなかったが、話せることは嬉しかった。
彼女はみんなに馴染めるか心配をしていた。なぜなら、途中で転校してきたからだ。知らない土地で知らない同級生がいる。だがすぐに理沙という友達ができて、なんとか学校には馴染めてきた。
家では母がいつもいて迎えてくれる。家に帰ったとき、彼女はいつも母に抱きついた。やっぱり一番安心できる場所が家で、大好きなのは母だった。
「今日は___の好きなハンバーグだよ」
「やったー!ハンバーグ大好き!」
家に母がいて、父は会社に行っていた。父は夜遅くに帰ってくる事が多い。その日もどうやらそうらしい。本当は父にも少女は甘えたかった。けれど、いつも夜遅くに帰ってくる父に会うことはほとんど出来ず。会えたとしても、ぐったりとしている事が多く近寄れなかった。
「ほら、朝だよ。起きて」
穏やかな口調で朝を起こしてくれる母。それに少女は毎回のように聞いた。
「お父さんは?」
「もう行ったよ」
いつも返事は同じということもあり、あまり「いる」ということは期待していなかった。もしも居たときに少女はどうしていいのかわからなかっただろう。
服を着替えて、朝食をとり、ランドセルを背負い黄色い帽子をかぶる。
少女はいつも眠そうに「行ってきます」と言い。「行ってらっしゃい」と母は明るく送りだした。
そうやって歩いてると、後ろからいつもランドセルを押される。理沙だ。
「おはよう!___ちゃん!」
「おはよう。理沙ちゃん」
「___ちゃん。いつも朝は元気ないね。早く寝ないとダメだよ!私ママにいつも言われるの」
「そうなんだ。お母さん優しいんだね」
「本当はもう少し起きてたいんだ。テレビが見たくて」
少女もそれは思っていたことだ。父にたまには会いたい。彼女は理沙の話など頭に入らず、そんなことばかり考えていた。
学校につけばまた普段通りの一日が始まった。先生は怖いし嫌い。何より偉そうで、その感じが少女にとってなんとも言えない嫌な感じとして受け取っていた。
その一日も無事終わり、家に着くと大きい黒い靴が置いてあった。父の靴だと思った。こんな早い時間に父が帰って来ているのだろうかと不思議に思いながら、ワクワクした気持ちでリビングの扉を開け「ただいま」と大きい声で言う。そこには父ではなく見知らぬ男の人が母と寄り添っていた。そして親しげに話していた。こんなに楽しそうな母を少女は見たことがなかった。
少女に気がついた母は話をやめ、少女に「___。おかえり」と穏やかな口調で言った。
「お母さん。その人、誰?」
少女は恐る恐る聞いて見た。すると母は「友達だよ。あっちにおやつがあるから食べて来て」
「うん」
少女は流しで手を洗い、ダイニングでおやつを食べ始めた。だが少女はあの人が気になって仕方がなくなり、ドアのガラスになったところから様子を伺った。明らかに友人というには親しすぎる感じがした。そして少女は友人ではないと悟った。なぜならその人と母はキスを交わしていたからだ。
少女は驚き口を手で塞ぎテーブルへと戻った。見てはいけないものを見てしまった。いや、私は何も見ていない。何も見ていない。と自分に言い聞かせた。
しかし、少女は見てしまったのだ。どうしていいかわからず、食べかけのケーキを泣きながら口に詰め込んだ。
少女は母が父とは別の人を好きになっていることを知ってしまい、その日から母と接する時ぎこちなくなってしまった。朝家を出る時の「いってらっしゃい」、帰りの「おかえり」もなんだか嫌な気分にさせられた。
あれを見てから気分が悪くて、気の休まる家が、一番気の休まらない場所へと変わってしまった。
学校に行くとき理沙は少女の顔を覗くと「最近具合でも悪いの?」と聞いた。少女は自分は気持ちが表情に出やすいのだということにその時気がつき、なるべく笑顔を作るようにした。そして言った。
「そんなことないよ」
そんな様子を見て理沙は「そっか!」と笑顔で返して来た。笑顔は人を騙せるとこの時少女は知った。
家に帰ると最近はよくあの黒く大きい靴がある。リビングに行くと誰もいなかった。靴はあるのにどうして誰もいないのかと思っていると、寝室の方から母は出て来て「おかえり」と穏やかにいうと、「今日は友達も夜食べて行くからきっと楽しいよ」と言った。彼女は「そうなんだ。」というと笑顔を見せた。母から離れた瞬間、彼女は表情を歪ませていた。父とも夜食べていないのになぜあんな男と食べなければならないのかと思っていた。
食事の時間になり、男と母と少女、三人でダイニングで食事をとっていた。親しげに男は母と話していた。少女はなるべく話を聞かないようにしていたが耳に入ってしまう。
「そういえば、この子は俺に似てるな」
「当たり前だよ」
そう言って二人は笑っていた。少女は耳を疑った。表情もこわばっていた。
その様子を母は見て言った。
「___。この人があなたの本当の____だよ。」
少女は理解ができなかった。____とは何か。しかし次第に分かってきた。そして少女の体を蝕んで言った。
「あなたの本当のお父さんだよ」
雨は降る。学校帰りの少女は傘もささずに歩いていた。誰びも気に留められることはなく。悲しげに寂しげにそして少女は恐怖に表情を歪めていた。
そうして少女はブランコに腰をかけ、こぎ始める。
感情のガラクタ 冷凍氷菓 @kuran_otori
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