姉「妹が私を怖がっている……」妹「……」

ハナミツキ

私の大好きな妹

 あの子が私の妹になったのは、私がまだ中学生に上がりたての頃。

 明るそうな母親とは対照的に、おどおどと母親の背に隠れる姿は昨日の事のように鮮明に思い出せる。

 きっと私が怖かったのだろう。離婚だの、再婚だの、色々立て込んでいたから。

 だから妹の中で私はさぞ「怖いお姉ちゃん」になってしまっていたことだろう。

「……お姉ちゃん、起きてる?」

「ん……起きてるよ」

「お母さんが、朝ご飯って……」

「あー、今行く」

「……」

「あ……もう、行っちゃったか」

 私は大きく欠伸をすると、一階へ降りてリビングへ向かう。

 朝が苦手な私はいつも妹に起こしてもらっている。もちろん妹が言い出したことではないけれど、

全国のシスコンが聞いたらガタッとなるシチュエーションではなかろうか。

 半開きのドアに顔半分隠しながら、ビクビクと声を掛けてくる妹というのも、人によってはご褒美だろうか、私としては実に不本意なのだが。

「おはよう、お寝坊さん」

「……おはようございます」

「パンとご飯、どっちにしましょうか」

「パンで」

「いつもの?」

「いつもので」

 いつものぎこちない会話。別にこの人のことが嫌いなわけじゃない。むしろ私のせいで落ち込んでいた父を支えてくれたことを感謝している。

 だけど、その、なんというか。きっと私は母親という存在そのものが苦手なのだ。

 それは相手が誰であっても変わりないというだけのそれだけの話。相手からしたらはた迷惑な話。

 そんなことを考えながら歯を磨き、適当に髪を整える。

 制服に着替えながら、再び大欠伸。誰に向けるでもない挨拶をしてから、私は学校へ向かった。

「朝から不景気な顔してんね」

「……ほっとけ」

「おー、こわ」

「妹ちゃんに言いつけちゃおっかなー」

「……ぐ」

「冗談だよ、じょーだん。そんな怖い顔すんなって」

 こいつは私の数少ない友人。付き合いの長さだけで言えば、妹よりも長い。こんな奴だが実際親友と呼んでも良い存在だ。

 もちろん、そんなこと本人に伝えるわけはないが。

(……しかし)

 よりにもよって妹はなぜこいつのいる部活へ入ってしまったのか。

 そのせいで弱みでも握られたかのように度々こんなイジりを受けてしまう。

 いやまあ、妹に悪気はないのだろうし、そもそもなにも悪くないし。

 日常会話の中で私を話題に出してくれたのならば、それは喜ばしいことでもあるのだが。

「しっかし、あんたは相変わらず見てて飽きないわ」

「……?」

「すぐ顔に出るからさ、からかい甲斐があるよ」

「顔に出てるのか、私は」

「そりゃもう、ありありと」

「……そう、か」

 多分それは紛れもない事実で、それが色々な不便を招いている自覚がないわけではなかった。

 それを悪く捉えるかよく捉えるかで、こいつがよく捉えてくれているだけのこと。

 そんなところに私は助けられてきた。

 しかしながら、本当に伝えたいは何一つ伝わっていない。

(助けられてばかりではいけないという事か?)

 私は一番後ろの席で、窓に向けてため息を吐く。

 何となく落とした視線の先に、あの子の姿が見えた。

 思わず目がその姿を追う。

(……一年は体育か)

(あいつ、相変わらず足遅いな、陸上部なのに)

(あ、こけた……)

(……)

「あてっ」

 突然、頭に軽い衝撃。

 顔の向きを教室の方へと戻すと、教師の引きつった顔が映る。

 天国と地獄とは正にこの事。

「おう、随分と余裕そうじゃないか」

「……」

「なんだ、文句でもあるのかその顔は!」

(なんも言ってないのに)

 私は努めて普通だ。いや、普通にしているつもりになっているだけなのだろうか。

 そもそも普通ってなんなのか。

 こんな理不尽な怒られ方をするのも初めてではない。前の母親にもよく言われていた気がする。

 言葉の内容はあまり思い出せない、思い出したくない。

 先程こけた妹の姿は思い出せる。微笑ましい姿に少し頬が緩んだ。

「何を笑ってるんだ!」

 こんな風にいつでも笑えればいいのかもしれない。私にはとても難しいことに思えるが。

 適当に教師の説教を受け流しているうちに、気付けばチャイムが鳴った。

「いやー、笑かしてもらったわ」

「……ふん」

「今日は何パンにしようかなー」

「……焼きそばの気分だな」

「んー、私はコロッケだね」

「……」

「……」

「じゃん」

「けん」

「ぽんっ」

「やりっ、今日も私の勝ちぃ」

「……次は負けんぞ」

「はっはっはっ、いつでも掛かってきなさい」

 うちの学校の購買は、漫画などであるように争奪戦になったりはしない。 

 食堂がある上に弁当持ち込みも可能なので当たり前といえば当たり前だが。

 まずはあいつに頼まれたパンを摘み上げると、次に自分のお目当てへと手を伸ばす。

「……む」

 その時、不意に伸ばされた誰かの指先が触れた。私の焼きそばパン気分を邪魔するとはいい度胸ではないか。

「あ、ご、ごめんなさ……」

 伸びてきた手の主を視線で辿ろうとしていたところに聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 

「……あ」

「……お」

「……あ、ぅ」

「おい、待てよ」

 じりじりと、注意していなければ気付かない程度に後退していた妹を、出来るだけ優しい言い方を心掛けながら呼び止める。

 私の呼び声にぴたりと固まる妹。なんか思ってたのと違うがまあいいか。

 私は会計を済まると、焼きそばパンをぽんと放り投げる。

「持ってけ。おごりでいい」

「え、でも……お姉ちゃんの分が」

 受け取ったパンを両手で握りながらおろおろとこちらを見つめ返してくる。

 なんだこの小動物は。

「あー、私は……本当はコッペパンの気分だったんだ」

 バレバレのなれない嘘をついてみた。

 察してくれ、妹よ。 

「……ありがとう、お姉ちゃん」

 まだ困った顔はしながらもはにかみながらそう告げると、妹は去っていった。

 これだけでお釣りは十分だ。

「それでコッペパンなのか、ウケる」

「……うるさい。コロッケ部分だけ齧り取るぞ」

「そりゃ勘弁」

 放課後、私は教室に残り何をするでもなく校庭を見ていた。

 野球部の声出しやサッカー部のランニング、実に青春と言った光景である。

 少しだけ、昔部活をしていた時のことが思い出される。

 とは言っても私の部活に対する態度は汗と涙の結晶とかそういう感じではなくて、身体を動かしている間は色々なことを忘れられるから、そのためだけにやっていた節があるのだけれど。

「こらー、用の無い生徒は早く帰らんかー」

 見回りの声。なわけない声。

 私はけだるさというか面倒くささというか、そういうもろもろを隠さずに振り返る。

「……何してんだ?お前」

「つまんない反応だなー……てか、それ私のセリフ」

「部活はどうした」

「大会前は自主練。その程度のことも話さないんだ」

 勝手に人の隣に座りながら、勝手なことをのたまいだした。

 私は相手の仕草を真似てきゅっと目を細めて返す。

「もーすこし仲良くしてあげりゃいいのに」

「そう簡単な話じゃない」

「そうかね?」

「そうだよ」

 部外者だから気楽に言える。部外者だからこそ、気楽に言ってくれる。

 私は帰路に着きながら、先刻言われた言葉を反芻していた。

 本当は簡単な話なのだろう。私達は義理とはいえ姉妹だ、仲良くしていても不自然ではない。

 妹が望んでいるのかは知らないが、少なくとも私はそれを望んでいる。

 いや、それだけなのだろうか。

 この違和感がいつも、私の邪魔をする。

「……お、おかえり。お姉ちゃん」

「ん、ただいま」

 こうして普通に挨拶を交わすくらいが、私達のリアルな距離感。

「……あ、あの」

「どした」

「今日のお昼……ありがとう」

「別にいいって」

「う、うん……」

「……」

「……」

 いつも弁当なのになぜ購買にいたんだとか、大会前だったんだな、とか。

 会話の種はたくさん落ちているはずなのに、私はそれらが芽吹く前に全て摘み取っていく。

 そのせいで妹は、困ったような顔で私を見ることしか出来ないのだろう。

 不器用な私、とでも言えば少しは自己弁護できるだろうか。

 上着をばさりと投げ捨てながら、私は鏡の前で苦笑した。

 やはり私にあの笑みは難しいな。

「たっだいまー」

「おかえり、お父さん」

「おかえりなさい、お父さん」

「あれ、お母さんはまだ帰ってきてないのかい?」

「今日は夜勤の日でしょ」

「あれ、そうだったっけ……」

「アルツハイマー?」

「ふふ……」

「まだそんな歳じゃないと信じたいね」

「すぐに夕飯の支度するね」

「いつもありがと。でも、お腹空いたら先に食べててもいいんだ」

「うん、分かってる」

 父を間に挟めば普通に会話出来る。

 父が気さくなのもあるのだろうが、妹もそこまで人見知りするほうではないのかもしれない。

 そう、原因はおそらく私。

 前の母があまり好きでは無かったが、私は母に似ていると自分で思う。

 だからあの人があまり好きでは無かったのかもしれないし、母もそうだったのかもしれない。

 父がそんな私を気にかけてくれていたのは分かっていたし、私と母のことで悩んでいるのも分かっていた。

 だからこそ私はこんな私があまり好きではない。

「……お風呂、先に入るね」

「おう」

 ああ、また会話のタイミングを逃してしまった。

 だがどうしようもない。

 そう、どうしようもないのだ。

 いや、本当にどうしようもないのか? 

 言葉が頭の中でぐるぐる回る。

「お、お姉ちゃん……」

 弱々しくも、はっきり聞こえた妹の声。

 私はソファーから飛び起きると、急いで風呂場へと向かった。

「どうした、何かあったのか」

「た、タオルを忘れちゃったみたいで」

「ん、待ってな」

 なんだそんなことか、と思ったが本人にとっては大変なことだ。

 まあ私なら足だけ拭いて取りに行くかもな、などと考えながらタオルを取りに行く。

「ありがとう、お姉ちゃん」

「……」

「おねぇ、ちゃん?」

 ぼさぼさでくるくるな私と対象的な、つやつやでさらさらの髪。

 前髪の先に溜まった一滴の雫を見つめていると、怪訝そうな瞳とかち合った。

 ぽたりと雫が床に落ちる。

「あ、いや。ど、どういたしましてだ」

「……?」

 思わず見蕩れた、なんてとてもじゃないが口に出来るわけがない。

 ここ数年で妹は急に大きくなっている。もちろん背の話ではない。

 きっと母親に似たのだろう。私は似ていない。当たり前だが。

 別に大きいから好きとか小さいから嫌いとかいう気はないが、やはり大きいと目に付く。

 不審に思われていないだろうか。

「……??」

 いつものように困ったような、はにかむような表情。

 どっちなんだ、これは。

「確かにあの子のナイスバディーは破壊力あるよね」

 

「……セクハラとかしてないだろうな」

「ま、まっまさかー……あはは」

「……」

「ま、だけど陸上向きではないよねー」

「こっち見て言ってないか」

「そりゃ被害妄想ってやつだ」

「お前よりはあると思うが」

「は?」

 私が変なわけではない。

 笑い話にして濁してしまえばそう思える気がした。気持ちが晴れるわけではないが、少なくとも誤魔化してはしまえる。

 どこぞのパパでないが、これでいいのだ。

 こうでないといけないのだ。

「そういや」

「む?」

「さっき妹ちゃん、知らない男の子と歩いてたなぁ」

 眉がぴくりと引き攣ったのが自分でも分かる。

「……そりゃまあ、そういう事もあるだろ」

「あれは屋上前の踊り場に行くつもりだろうね」

 妙ににやついた顔で言われれば、無駄に反抗したくなるものだ。

「誰も聞いてないだろ」

「……ぷっ、ひでぇ顔」

「誰のせいだ」

「あんたが一番よく分かってんでしょ」

「……顔洗ってくる」

「はいはーい」

 私をからかうための嘘かもしれない。いや、本当だとしても私には関係ない。

 だと言うのに、私の足は引き寄せられるように、操られるように、階段を登っていく。

 手洗い場はとうに通り過ぎた。今の私はどんな顔をしているのだろう。

 せめて妹を怖がらせない顔であるとよいのだが。

「ぼ、僕じゃダメかな……?」

(……)

 どうやら決定的な場面に出くわしてしまったらしい。

 私は出来るだけ気配を消しながら、会話が聞こえるぐらいの辺りに身を隠す。

 身を隠すと言っても二人から見てという意味だけで、廊下を通る人がいれば私は完全な不審人物だろう。

 立ち去ればいいのに。頭で一応、そう思ってはいる。

「……ごめん、なさい」

「どうして?他に好きな人でもいるの?」

「……」

「他にいないなら、とりあえず僕でも……」

「い、いやっ……」

 何やら雲行きが怪しい。

 と思った時には既に、私は駆け足で階段を登っていた。

「……おい」

「……?」

「……ひっ」

 自慢ではないが、私はでかい。もちろん妹のでかいとは違う方向でだが。

 年頃の女の子としては男子にビビられるような大きさは、まったくもって自慢にならない。

 だが今だけは役に立って助かったと思える。デカイ図体も悪くない。

「す、すいませんでしたぁっ」

 私が手を離すと、男子生徒はそのまま転げるように階段を駆け下りて逃げていった。

 脅かすつもりはなかったし、ただの告白なら見届けるのもやぶさかでは無かったのだが。

「大丈夫か」

「う……う、ん」

 肯定を返しはしたものの、握った手の平からは震えが伝わってきた。

 そこで私は妹の身体を優しく引き寄せると、ぎゅっと抱きしめてやる。

「おっ、お姉ちゃ……?」

「無理するな、しばらくそうしてろ」

「……うん」

「……よしよし」

 頭をぽんぽんとなでてやると、妹の髪から甘い香りが広がった。

 同じシャンプーのはずなのに、何が理由でここまで違うのだろう。

 震える妹の肩。きっと私はただの告白でも邪魔してしまっていたかもしれない。

 臆病な妹。愛しい妹。

 守れるのは私だけ、そんなわけはない。

 エゴだというのは分かっているのだ。

「落ち着いたか?」

「……うん、もう平気」

 震えはちゃんと止まっている。

 今度は強がりではなさそうだ。

「今後は気を付けろよ。今回は私がいたからよかったけど……」

「……」

「……?」

 なんだろう、この微妙で絶妙な間は。

「……知ってた、から」

「へ?」

「お姉ちゃんがいるって、知ってたから」

 顔を赤く染めながら、いつものように困ったような笑顔で私を見つめる妹。

 そんな妹が今しがた発した言葉に私は固まる。

 今いる場所から私が先ほどいた場所は死角になっていて見えないはずだ。

 それなのに知っていたとは、どういうことだろう。

 と言うか知られていたとしたら、偶然ではなく追ってきていたこともバレていたのか。

 自分の顔が確認出来ないが、目の前の妹のようになってないか心配だ。

「ここからは死角の場所に隠れていたのだが」

「……うん」

「なら何故私がいると……」

「……先輩が、言ってたから。多分お姉ちゃんが来るって」

「先輩……」

 あいつ、あとであったらぶっ飛ばす。

「……もし、いなかったらどうしてたんだ」

「信じてたから、考えてなかった」

「……」

「……」

 必死に言葉を紡いだ反動か、妹は俯いて何も言わなくなった。

 今しかない、と私の中で私が言う。今度は私が必死になる番なのだろう。

 頬が熱い。鏡なんて見なくても分かるほどに。

 きっと今、姉妹揃って同じ顔をしている。 

「他に好きな奴が出来たら、いつでも言っていい。それまでは私を好きでいてくれ」

「……うん」

 

 またぎゅっと、妹を抱き寄せる。

「大好きだ」

「私も大好き、お姉ちゃん」

「……っ」

「……ん」

 今後どうなるかなんて分からない。

 ただ今確実に言えることは、私は妹以外にこの感情を持つことなど出来ないだろうということ。

 それが、私にとっても妹にとってもいいことか悪い事かなんて考える隙も無いほどに。

 今はただ、このままでいさせて欲しい。

『ほら、挨拶しなさい』

『……』

『……こ、こんにち、は』

 心を奪われたあの日から、ずっと願っていたことなのだから。

「……」

「……」

 気まずくも心地よい沈黙。しかしこのままでは埒が明かない。

 私は適当な話題で活路を作ることにした。

「……今日、部活は?」

「大会前だから、自由参加だよ」

 ああ、そういえばそうだった。

 活路大失敗。

「……一緒に帰ろ?」

「へ? あ、あぁ……うむ」

 その日、私は初めて妹と一緒に帰った。

 初めて手を繋いだし、色々初めてばかりで目が回りそうになりながら。

「実を言うとね」

「ん?」

「先輩に言われてたのもあるんだけど……お姉ちゃんの髪が、少し見えてたの」

「んなっ……!?」

 帰り道に私たちは色々な話をした。

 私が心配してくれてる事を最初から知っていた事。

 そしてそんな私に上手く言葉を返せない自分が歯がゆかった事。

 妹も似たような気持ちだったのだと知って、私はつい口元が緩むのを感じる。

 なんだ、私たちは似た物姉妹だったのだ。

 それだけで今は、感無量である。

「……ただいま」

「おかえりー、って。あれ?」

 私と妹が並んで帰ってきたのを見て、怪訝そうな瞳が向けられる。

「ただいま、お母さん」

「珍しいわね、二人一緒になんて」

「……うん」

「今後はそうでもなくなるかも」

 思わず口をついて出た言葉。

「あら?」

「……かも」

 妹もそれに合わせて、言葉を繋げる。

「あらあら?」

 その日は珍しく、4人で食卓を囲んだ。

 母は嬉しそうに私達を見つめ、そんな母を見て父は嬉しそうに笑い、そんな両親を見て私達もはにかんだ。

 きっと仲良くなってくれた事を喜んでくれているのだろう。実はそれだけじゃなかったりするのだが、今は余計な事を言わないでおく。

 いつかは知られてしまうか、知らせないといけないのだろうけれど。そしてそれは本当はとてもとても大きなことなのだろうけれど。

 今はとりあえず、妹の笑顔を堪能しておこう。


「……ふぅ」

 今日は先に私が風呂を貰った。

 色々と落ち着いて考えをまとめたかったのだ。

 もちろん妹も同じ状況だとは思うのだが、私のほうが色々と。

「お、お姉ちゃん?」

「ん、どうした」

 脱衣所からの声に、風呂のへりに身を委ねながら言葉を返す。

「い、一緒に……入っても、いい?」

「……」

「……」

 一瞬、悩んだ。

 答えは決まっているだろうに。

「……いいよ、おいで」

「お邪魔、します」

 自分ちの風呂に入るのにお邪魔しますはないだろう、私は妹を見ながら小さく笑った。

「痒いところはないか?」

「……大丈夫」

 妹はえへへと小さく笑い、私にされるがまま。

 だから私はさせてもらえるがまま、妹の髪を洗う。

 私とは真反対の妹。こうして近くで見る機会なんて、一生来ないと思っていた。

 二人で湯船に浸かり、向かい合う。

 狭い湯船なので少々窮屈だが、その窮屈さも今は悪くない。いやむしろ大変よろしい。

 しかし妹はどう思っているだろうか。

 部位に差がある分だけ私よりも窮屈さを感じていないだろうか。

 もっと話がしたい。口下手なのが口惜しい。

「……お姉ちゃん、いい匂い」

 胸元にこつん、と妹の額が触れる。

 

「そ、そうか?自分じゃよく分からんな」

 あくまでも平静を装いつつ、なんとかそう答えた。

「……んーっ」

「く、くすぐったいぞ」

「ご、ごめんなさい……」

 しゅんとなる妹。

 なるほどこういう顔も悪くないな、じゃなくて。

「いや、謝らんでいい」

「へ?」

「こっちからもするからな」

「ひゃんっ……」

「……」

「……」

 口下手なりに、色々話した。

 あの日購買にいたのは、私に会えるかもしれないと思ってだった事。

 陸上部を選んだのは、やはりアイツがいたからとの事。

 一緒の布団の中で、色々話した。

 もちろん私からも話した。

 今のままの妹でも十分魅力的な事。

 一目惚れの事。

 あと、あいつに毒されないようにと。

 気付けば外が明るくなるほどに話した。

 今までの空白を埋めるように、たくさん、たくさん。

「無事二人は結ばれたんだねー、よかったよかった」

「それについては感謝してる」

「おう、感謝しろ」

 踏ん反り返るまな板。

「感謝しているが、お前の態度が気に喰わない」

「あぁん?」

「……ありがとな」

「うむ」

「お姉ちゃーん」

「む、それじゃあまたな」

「ういうーい」


「……」

「……さーて、コッペパンでも買いましょうかね」


 次の休みは何をしようか、自然と頬が緩む。

 妹も同じなのだろうか、同じであったら嬉しい。

 今頃お姉ちゃんは何をしているだろう。

 昨日の事をふと思い、私は顔を真っ赤にした。

 お姉ちゃんも同じなのだろうか、そうだったら可愛いかもしれない。

 妹よ。

 お姉ちゃん。


 大好きだ。


 大好きだよ。

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