女神に散々と煽られたが、堕ちた彼女は意外と可愛い

緋色の雨

プロローグ試作版

 うららかな春の日差しが降り注ぐ昼下がり。俺は街が一望できる高台から、自分が生まれ育った街を眺めていた。

 一分一秒でも長く、この光景を脳裏に焼き付けておきたい。そんな想いを抱きながら街並みを眺めていると、不意に虚空から淡い光に包まれた少女が舞い降りた。

 淡いドレスに身を包んだ、プラチナブロンドの少女。大人びた美しさの中に、ほんのりと幼さを残した彼女は、桜色の瞳で俺を穏やかに見つめていた。


「水瀬(みなせ) 夏樹(なつき)ね?」

「……そうだ。俺を迎えに、来たのか?」

 俺の問い掛けに、少女は微笑んで――虚空から漆黒の鎌を引き抜いた。

 本来ならありえない状況――だけど、俺はこの状況を受け入れていた。余命一ヶ月だと宣告されてから既に数週間が経過している。

 いつお迎えが来てもおかしくない。そんな風に思っていたからだ。


 ……もっとも、文字通りのお迎えが来るとは思わなかったけどな。でも、こんなに綺麗な少女に看取られるのなら悪くはない。

 家族への遺言も部屋に用意してあるし、思い残すことはなにもない。


「……出来れば、痛くしないでくれよ?」

「大丈夫よ、痛いのは最初だけだから」

 それはなんか違う。

 それが、俺が今際(いまわ)の際(きわ)に思い浮かべた言葉だった。





 ジャネの法則を知っているだろうか?

 相対性理論の、早く動いていると時間の流れが遅くなる法則とは別。

 時間の流れは人によって違う。五年しか生きていない者と、五十年生きた者とでは、一年の長さが感覚的に違う、という法則である。


 その理論を少し飛躍して考えて欲しい。

 俺は先日、余命一ヶ月を宣告された。そんな俺にとっての一ヶ月は、健康な若者にとっての数十年に匹敵すると主張したい。

 ――なぜ、急にそんなことを言い出したかというと、ことは数分前へと遡る。


 死神の鎌で命を刈り取られた俺が目覚めたのは、まるで貴族が暮らすような部屋。俺はいつからか、ソファに腰掛けていた。

 俺の向かいには、俺のお迎えを名乗った少女。

 部屋の隅には執事のような恰好をした若い男と、大人びたドレスを纏った女の子が控えていることから、少女がこの部屋の主なのだろう。穏やかな微笑みを浮かべている。

 思わず心を奪われそうな、美しい少女、だった。過去形である。

 少女はまず、自分がクリスティアという女神で、いくつかの世界を管理していると名乗り、俺に対して驚くべき事実を告げた。


「……つまり、お前は俺を人違いで殺したって言うのか?」

「ええ。あのとき死ぬのは別の人だったの」

 ――と、少女の艶やかな唇が紡いだからだ。人違いで俺を殺したと言っている割りには、たいして大きくもない胸を反らしてふんぞり返っている。


「人違いって、ちょっと待てよ。俺の名前、確認したよな」

「ええ、確認するのは義務だからね。でも、そもそもの書類が間違ってたの。まぁでも、不幸中の幸いよね。あなたもどうせ、すぐに死ぬ予定だったんだから」

「ふざけんなっ! おまえにとってはわずかな時間でも、俺にとっては一生で、大切な時間だったんだ! それを幸いだと!?」

 叫ばずにはいられなかった。

 その瞬間、背後に控えていた執事が不愉快そうな顔をして一歩を踏み出した。


「貴様! お嬢様に対してその口の利き方はなんだ!」

「ウィルソン、お姉様の会話の邪魔をしてはいけませんわ」

「しかし、ソフィアお嬢様、こやつの失礼な態度は我慢できません」

 人違いで殺された俺に、文句一つ言うなとこの執事は言いたいらしい。ふざけるなと言う言葉が喉元まで込み上げるが、俺の向かいに座る少女が手を上げて執事の発言を制した。


「夏樹、なにを怒ってるのよ? 身辺整理も終えて、遺言も残してたじゃない。あとは、街の景色を眺めるだけの余生だったでしょ?」

「そういう問題じゃねぇよ」

 もう時間がないと聞いたから諦めた。だけど、ホントは一日でも長く生きていたかった。家族との時間を少しでも長く続けたかった。

 こんな風に死にたくなんてなかった。


「そういう問題じゃないならなに? PCのハードディスクなら、もう削除済みでしょ?」

「……おい、なんでそんなことを知ってるんだよ?」

「ふふん。色々知ってるわよ? たーとーえーばー、あなたの性癖とか」

「お、おい、まさか……」

「まさかあなたが、無知なお姉ちゃんへの――」

「や、やめっ――!」

「調教シチュが好き、なんてね」

「ぎゃあああああああああああああっ」

 俺は思わず頭を抱えた。せっかく死ぬ前にハードディスクを消去したのに、まさか死後の世界で性癖を暴露されるとか。死にたくなってきた! もう死んでるけどな!


「たいした女性経験もないくせに、無知なお姉ちゃんに教えるとか、笑っちゃうわね。しかも、余命を知ったら猫被っちゃって。なーにが、綺麗な景色を心のに焼き付ける、よ」

「余計なお世話だっ!」

「ほらほら、ここに何者にも穢されていない、可愛いお姉ちゃんがいるわよ? もちろん、あなたには手の届かない高嶺の女神様、だけどね。ふふん」

「……ちくしょう、なんで人違いで殺された上に、こんな辱めを受けにゃならんのだ」

「あなたの性癖がエッチだからでしょ、この、へ ん た い」

「ぐぬぬ……」

 控えめな胸を張って、挑発的な視線を向けてくる。完全に俺を煽ってやがる。

 この笑顔、殴りたい。


「まっ、立場の違いを思い知らせたところで本題に入りましょう」

「……本題? 俺を生き返らせてくれるのか?」

「あの世界において、あなたは死んでるから生き返らせることは出来ないわ。ただ、あなたの記憶をそのままに、別の世界でやりなおさせてあげることなら出来るわね」

「――クリスティアお嬢様、このような男にそんな譲歩をする必要はありません!」

「ウィルソン、あなたは黙っていなさい」

 再び執事が口を挟み、それを少女が黙らせる。

 しかし……別の世界でやりなおし、だと? ライトノベルとかで聞く、あれか?


「異世界転生をさせてくれるのか?」

「どちらかといえば転移ね」

「……転移? それだと、余命一ヶ月だって言わないか? 残りわずかな人生を知らない世界で暮らすのは、さすがに厳しいんだが?」

「さすがにそこまで鬼畜じゃないわよ。健康な身体で別の世界に転移させてあげるわ」

 俺は息を呑んだ。

 もしそれが事実なら、俺は違う世界とはいえ、人並みの一生を手に入れられる。



「それは……悪くない提案だな。どんな世界なんだ?」

「あなたの知識でいえば剣と魔法のファンタジー世界ね。魔法があるから、あなたが思うほどに不便じゃないとは思うわ」

「剣と魔法……物騒そうだな。転生してすぐに殺されるとか、ないだろうな?」

「………………」

 こいつ、目をそらしやがった!


「……おい、どうなんだ?」

「盗賊や魔物が出没するから、下手をしたら殺されることもあるでしょうね」

「…………おい」

「大丈夫、あなたに一つだけ贈り物をしてあげる。たとえば、不老不死の特殊能力。あるいは勇者が振るうに相応しい聖剣。もしくは、一生掛かっても使えきれないほどの富」

「それは……なんでも良いのか?」

「ええ、あなたが望むモノを一つ、どんなモノでも、ね。一応、代表的なモノのリストをあなたに見せてあげるわ。もちろん、そのリスト以外でも良いわよ」

 少女がそう口にした瞬間、俺の目の前にウィンドウが浮かんだ。

 まるでどこかの通販サイトのようなページが表示されており、壊れ性能な武器や防具、それにスキルなどが並んでいる。どれか一つでも、世界征服が出来そうなレベルだ。


「……というか、このお姉ちゃん調教モノセットってなんだよ?」

「動画、小説、漫画に同人誌。様々なジャンルのお姉ちゃん調教モノを網羅したセットよ」

「誰が選ぶんだ、誰が!」

「強がっちゃって。ホントは選びたいんでしょ? あとで苦労するって分かってても選ばずにはいられない。悲しい男の性(さが)よね。男って、これだから。――はっ」

 鼻で笑われた。マジでこの女を痛い目に遭わせてやりたい。


「ほらほら、早く選んじゃいなさい」

「そんなすぐに選べるわけないだろ!」

「……仕方ないわね。別の部屋を用意するから、そこで選びなさい」

 という訳で、俺は別室で異世界に持っていくモノを選ぶこととなった。



 ちなみに、俺を部屋に案内したのはウィルソンと呼ばれていた執事だった。彼は俺を部屋に案内するなり、「人間ごときが、お嬢様の手を患わせるとは」と吐き捨てた。


「手を患わせる? 人違いをしたのはそっちだろ?」

「それがなんだというのだ。身分の差を考えろ。クリスティア様にとって人間など、お前にとってのアリも同然。間違って殺したからといって問題になるようなことではない」

「……人を捕まえてアリ呼ばわりかよ」

 率直に言って気にくわない。俺を散々煽ってくる女神も大概だが、こいつはそれ以上だ。


「おまえ、女神に仕える者として失格じゃないのか?」

「貴様……言うに事欠いて、俺がお嬢様の執事失格だと?」

「だってそうだろ。あの女神は、俺の案内をお前に任せたんだ。なのにおまえは、その案内一つまともに出来てないじゃないか」

「くっ! 黙れ、この人間が!」

 顔に衝撃が走る。

 一瞬遅れで、この執事に殴られたのだと気付く。


「はっ、図星をつかれたら暴力か。自分が高等みたいなことを言ってるけど、その精神はその辺の人間以下じゃねぇか!」

「黙れと言っている!」

 もう一度殴られた俺は吹き飛ばされて床の上を転がる。

 だが、余命一ヶ月だった俺は、ここ最近死ぬような痛みをずっと味わっていた。殴られた痛みくらい、それと比べたらなんてことはない。


「はっ、その程度痛くもかゆくもないね」

 俺は暴力を振るうしか出来ない執事を笑ってやった。

「はっ、そうか。貴様、死にたいのだな。良いだろう、俺が自ら、おまえの魂を消滅させてやろう。そうすれば、お嬢様がこれ以上、おまえに患うこともないんだからな!」

 執事が殺気を放ってくる。……少々やりすぎたか。


「――なにをしているのですかっ!」

 さきほどの部屋で後ろに控えていた少女が部屋に入ってくる。


「これは、ソフィアお嬢様。どうなさったのですか?」

「質問しているのはこちらです。あなたはなにをしているのですか!」

「いえ、なに、こやつがあまりに無礼な口を利いたので、少し身の程を教えていただけです」

 自分はなにひとつ間違っていないと言わんばかりに傲慢な執事の態度に、ソフィアと呼ばれた少女はため息をついた。


「もう良いです。あなたは下がりなさい」

「は? しかし、それでは――」

「聞こえなかったのですか? ここはわたくしが引き継ぎます」

 執事はなにか言いたげな顔をしたが、お嬢様に聞く耳がないことを理解したのだろう。なぜか俺を睨みつけてから、忌々しげな顔で退出していった。


「夏樹様、大丈夫ですか!?」

 お嬢様が、倒れている俺の元に駈け寄ってきた。そうして絨毯の上に膝をつき、起き上がろうとしている俺を支えてくれる。そんな優しい行動に、俺は少しだけ驚いた。


「えっと……ありがとう」

「いいえ、感謝は必要ありません。むしろウィルソンの暴挙をお詫びいたしますわ」

 俺を引き起こしてくれたお嬢様は、俺に対して頭を下げて見せた。この子――ソフィアとか言ったか? この子は、俺のことをまともに扱ってくれるんだな。

 あの女神のことをお姉様と呼んでたみたいだけど……と、少女に視線を向ける。


 ゆるふわなピンクゴールドの髪。あの女神をお姉様と言うだけあって、身長や顔立ちは少し幼い感じがするが、胸はドレスを大きく押し上げている。

 ゆったりとした雰囲気のお嬢様だな。


「……? あ、申し遅れました。わたくしはソフィア。クリスティアお姉様の妹ですわ。夏樹様、よろしくお願いいたしますわね」

「あっと……こちらこそ、よろしく……お願いします?」

 さっきの女神達に礼を尽くす気にはならないけど、この子には出来るだけ丁寧に話した方が良いかもしれない。そんな風に思ったのだけど、ソフィアは微笑みを浮かべた。


「わたくしにも普通の話し方で構いませんわ」

「だけど……」

「構いませんわ。わたくしのことは気軽にソフィアと呼んでください、夏樹様」

「まあソフィアさん……いや、ソフィアがそういうのなら」

 ソフィアが唇をとがらせたので、俺は仕方なく呼び捨てにした。さっきの女神や執事に聞かれたら怒られそうだから気を付けよう。


「それにしても、お姉様は酷いですわ。自分のミスを棚に上げて、夏樹様にあんな態度を取るなんて信じられません」

「……あの子は、普段からあんな感じなのか?」

 俺が問い掛けると、ソフィアは少し考えるような素振りを見せた。


「そう、ですわね。お姉様は昔から、目的のためには手段を選ばないところがありますわ」

「……ふむ?」

 微妙に質問と答えがズレている気がする。

 ミスを隠すという目的のために、手段を選んでいない、ということか?


「それより夏樹様、お姉様やウィルソンに意趣返しをいたしませんか?」

 柔らかそうな笑顔を浮かべたまま、なかなか過激なことを言う。


「……どういった意趣返しだ?」

「夏樹様が異世界に行く際に与えられた特典を覚えていますよね?」

「ああ、なんでも一つだけ、贈り物をくれる、だったよな?」

「そうです。そして、夏樹様はその贈り物を、“女神”と指定するのです」

「おいおい、それは……」

 なにか一つだけ、俺のモノに出来る。武器や防具の他に、スキルなども含まれていて、道具とは指定されていない。たしかに、女神も対象に入っていると言えるだろう。

 だけど――それはつまり、あの女神が俺の所有物になるということ。

 まあ……俺は人違いで殺された訳だし、謝罪の一つもされていない訳だけど。一応は別の世界でやり直しをさせてくれると言っているのだ。

 そんな相手を意趣返しで所有物にするのは、さすがにやり過ぎな気がする。


「どういうつもりだ? それが可能だとしたら、意趣返しのレベルじゃ済まないだろ?」

「ええ、分かっていますわ。ですから、女神だと指定したんです」

「……ええっと?」

「わたくしも女神ですから」

 えっへんと大きな胸を突き出したソフィアが口にした計画はこうだ。

 まずは俺が女神を所望すると口にして、クリスティアやウィルソンを大いに驚かせる。その後、嫌がるクリスティアの代わりに、ソフィアが下界に下りると主張する。


「でも、それだとソフィアが下界に下りることになるだろ?」

「それがわたくしの目的です」

「どういうことだ?」

「実はわたくし、下界に下りて、自分の知識を使って開拓することに憧れているんです」

「女神なら、好きに出来るんじゃないのか?」

「いいえ、女神は世界を管理する仕事がありますから。自分の意思では下界に下りることが出来ないんです。ですが、それ以上に、女神は自分の言葉に責任も持つ必要があります」

「なるほど、な」


 自分の意思で地上に降りることは出来ない。でも、俺の願いを叶えると言った以上は、俺の願いが優先されるということだな。


「話は分かった。けどそれをすると、俺が異世界でなんの力もなく生きることになるよな?」

「あなたの所有物として異世界についていくのですから、出来る限りの協力はいたします」

「ふむ……ソフィアはどういうことが出来るんだ?」

「下界ではあまり力を振るえませんが、それでも十分に役に立つと思いますわ。ただ……その、性的なことは、勘弁して頂けると、嬉しいですけど」

 ソフィアが恥ずかしそうに頬を染めた。


「そ、それはまぁ、大丈夫だ」

 ちょっと考えたけど、嫌がる少女に手を出すほど鬼畜じゃない。

「では、契約成立と言うことで、よろしいでしょうか?」

「ああ、もちろん」

 俺はソフィアと握手を交わした。



 ――そして再び、クリスティアの部屋。

 俺はソファに座り、女神と向かい合っていた。

「ようやく決まったのね。どうせ欲しいものは決まってるんだから、悩んでるフリなんてしないで、早く欲望に素直になっちゃいなさいよ」

「……は?」

「お姉ちゃん調教モノセットを選ぶんでしょ?」

「ちげぇよ」

 ……こいつ。間違って人を殺したくせに、反省するどころか人のことを煽りやがって。自分がちょっと可愛くて、俺好みのお姉ちゃんタイプだからって調子に乗ってるな。


 ……良いだろう。意趣返しに少し抵抗があったんだけど、もうそんな罪悪感はない。そこまで言うなら、欲望に素直になってやるよ。

 俺が年上の女の子の調教モノが好きなことと、自分が年上の可愛い女の子であることを自覚しながらのその発言。自分が選ばれるくらいの覚悟はしてるだろ!


「俺が欲しいモノは女神だ」

 さぁ、驚き戦け。ちょっと自分が優位に立ってるからって調子に乗りやがって。俺と一緒に異世界に堕ちると知って泣き叫べ!


「ん、それじゃ、いまからあたしはなたのモノよ」

 その顔が驚きに染まることを期待していたのだが、女神は何気ない口調で了承してふわりと微笑んだ。……あれ?


「さっそく、異世界転移を開始するわね。異世界の言語は、脳裏に焼き付けるから心配しなくて良いわ。あとは……ま、あっちで説明したら良いわよね」

「……え? いや、ちょっと待て。俺は、お前を、自分のモノにするって、言ったんだぞ?」

「ええ。ちゃんと受理したわよ?」

 ……あ、れ? お、おかしいな。ここでこいつが慌てふためいて、俺ガザまぁっていうところだろ? なのに、なんでそんな平然としてるんだ?


「お嬢様、なにをおっしゃっているんですか!」

 我に返った執事が慌てふためく。


「言葉の通りよ。あたしはどんなモノでも一つだけ贈り物をすると言った。そして、夏樹はあたしが欲しいと言った。なら、あたしはそれに従うのが道理でしょ」

「ど、道理ではありません! お嬢様がこのような人間に従うなどあり得ません!」

「――黙りなさい! いまこの瞬間から、夏樹はあたしの主よ。その主に向かって、そのような口の利き方、許さないわよ。夏樹に謝罪しなさい!」

「うぐっ。も、申し訳ありませんでした、夏樹、さ、ま……」

 ウィルソンが物凄く屈辱的な顔で俺に謝罪する。

 ざまぁと言いたいところだが……訳が分からない。

 なんでこの女神は、嬉々として俺の指示に従ってるんだ? これじゃまるで、初めから、これが目的だったみたいじゃないか……


 一体どうなってるんだとソフィアに視線を向けると、彼女は大きく目を見開いて固まっていた。だが、俺の視線に気付くと、ハッと我に返る。


「お、お姉様が下界に堕ちるなどあってはならないこと。夏樹様の願いは女神を所有することですから、わたくしが代わりに下界に降りますわ!」

「ダメよ」

 即答、だと!?


「お、おい。どういうことだ?」

 戸惑った内心が声になって零れる。それに応えたのは姉の方だった。


「夏樹、なにをそんなに驚いてるのよ。最初に言ったじゃない。欲望に素直になれって」

「は? それって……まさかっ!」

「ええ。会話の端々で、あなたがあたしを選ぶように誘導させてもらったって訳」

「なっ、なんで、そんなことを……?」

「あたし、世界を管理する仕事に飽きてたのよね。自分でも異世界で遊んでみたかったんだけど、自分ではそういう選択ができないから。だから、あなたを選んだって訳」

「……ま、待て。じゃあ、俺を散々煽ったのは?」

「あなたに、私を選ばせるために決まってるじゃない」

「ばか、な……」

 全部、この女神の策略通り、だと?


「夏樹、あなたには酷いことをしたと思ってるわ。心から謝罪をして許しを請うつもりだけど、それは後であらためてと言うことで許してね」

「えっと……お、おう?」

 ヤバイ、予想外の連続で思考がついてこない。


「待ってください夏樹様! 夏樹様はお姉様より、わたくしを連れて行きたいですわよね?」

「ちょ、横からしゃしゃり出てこないでよ! 夏樹、ソフィアはおっとりした風に見えるかもしれないけど、これ、猫を被ってるだけだから! あたしを選んだ方が良いわよ!」

「猫なんて被ってませんわ! それより夏樹様、お姉様の横暴な態度を忘れてはいけませんわ! 下界に連れて行ったら、きっと酷い目に遭います」

「失礼ね! 夏樹、あたしはたしかに横暴な態度を取ったけど理由があったの。後で説明するし、ちゃんと償いもする。だから、あたしを選びなさい!」

 な、なんだこれ。なにがどうなってるんだ?

 気付いたら、完全に、自体が俺の手を離れて暴走している。一体なにがどうして、こんな意味不明な事態になったんだ?


 ――俺が年上の女の子の調教モノが好きなことと、自分が年上の可愛い女の子であることを自覚しながらのその発言。自分が選ばれるくらいの覚悟は、してるだろ!


 ――ちょっと自分が優位に立ってるからって調子に乗りやがって。俺と一緒に異世界に堕ちるとしって慌てふためけ!


 ……ああ、思いっきり自覚されてた、というか、策略だった!

 ブーメラン、ブーメランが返ってきた!

 こんな状況でどっちかなんて選べない。というか、どっちも選びたくない。


「えっと……その、やっぱりほかのモノを選ぶというのは……?」

「ダメよ!」

「ダメに決まってますわ!」

 うぐぐ。


「はっ! そうですわ、お姉様! 夏樹様は女神と指定いたしました。そして、ここにいる女神はわたくし達二人のはずです」

「あっ、そうよね! その理論で行くと、あたし達二人でついていくのが妥当だわ」

「――ちょっ、まっ!」


 こんな我の強そうな女の子を二人連れて行くとか、厄介な予感しかしない。慌てて遮ろうとするが二人は止まらない。

 こうなったらウィルソン、おまえでも良いと視線を向けるが、ウィルソンは真っ白になっていた。ばかばかばかっ、そこは頑張りどころだろ!

 なに勝手にざまぁされて落ち込んでるんだ!


「ほら、転移を開始するわよ」

「はい、それでは三人で、異世界にまいりましょう」

「ああぁぁっ、ちょっと待て! ええっと、ほらっ! 管理の女神を異世界に連れて行くとかおかしいだろ? こんなの無効だろ!? なあ、なあってばあああああああっ!」

 悲鳴を上げる俺は、見た目だけは美少女な女神姉妹と共に光に包まれた。

 

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