幸福な少女


サイサイ負傷の報告を受けた西の神の娘たちは、ほんの少し眉をあげて、そして本当はこう言った。


「ちょっとサイサイちゃんをいじめ過ぎました。東の神の娘たちはまだまだ現状の把握が十分ではない。だって現時点では私たち西の国より、南の国の神の娘たちの方が強くなっています。罰が当たりましたね。

各国の更なる能力の向上を図るために、南の国の娘たちをそれぞれ派遣してほしいと要請を出します。もちろんこの国にも。もう一度私たちも鍛え直さねばなりません、さあ、始めましょう」


「わかりました、ここは神の娘生誕の地、もう一度やり直しましょう」と



大けがをしたサイサイの病室で、リーリーは花を飾っていた。今はとにかく

「眠ること」が一番だとは思ってはいた。しかし、神の娘がこれだけの傷を負うこと自体が、もう久方ぶりのことで、情報の収集場所になっている西の国ではどう思っているのだろうかと、ぼんやりと考えていた。


サイサイは時々目を覚まし、不安げなリーリーやコジョウの声を聞きながら、痛み止めのせいなのか、ふわふわとした気分だった。


「そう、ああ・・・あの時・・・そう・・・お母様のお腹の・・・」


幼い頃の思い出が浮かんできた。





「お母様、お腹に大きなボールが入っているみたい」

「そうね、サイサイ、きっと男の子よ、弟ができるのよ」

「そうなの? 」

「あなたがお腹にいた時は、形がちょっと違ったもの」

「どんな形? 」

「そうねえ・・・お船が入っているような」

「お船? 」

「そう、小さなお船、赤ちゃんが乗っているような」

「フーン・・・早く生まれてこないかな、弟が」


母はとてもやさしかった。そしてコジョウが生まれた日のことは、本当によく覚えている。三つ、四つに近かった頃。しっかりとした記憶が、まるでその日を境に出来上がったように、そして皮肉なことに、自分の「苦難」と思える日々がそこから始まったのだった。

自分が何故そう言ったのかはわからない。祖父母もいて自分の方を見てほしいとも思ったのか、それが今考えれば神の娘の勘だったのか、そんなことは分かりはしないが、とても大人びた感じでこう言った。


「コジョウはきっといい命色師になる・・・」


みんなの目が驚いたように自分を見ていた。


 命色師の家に生まれた子供は自然にそれをするようになる。遺伝の力は半分と言われていて、幼い頃からできる子供もいたが、自分は試すのが怖かったのか、すぐには「命色がやってみたい」とは言わなかった。

自分の母もそれを無理強いは決してしなかった。

「私は命色ができないのよ」と、明るい顔で言っていた。母方の祖父は体の大きな命色師で、父方の祖父の方が命色師として優れていることは、とても幼い自分でもわかった。


でも周りの「他人」の方が厳しい目で自分を見ていた。

「何代にもわたる命色師の家の子供」

それは成長するにつれ、からかいの対象となっていった。


「サイサイは命色が出来ないの? 」


あどけない女の子の友達の声、でもそれはあまりにも素直な疑問だったので、サイサイはそれに応えるべく、やってみた。それもこっそり。

命色のやり方も、呪文も、そしてやってよい場所も知っていた。

家の庭の一角には染石がある。時々父も祖父も他の命色師も練習をしたり、発色の確認をしている場所だった。雨に濡れれば流れてしまうその石に、誰もいないことを確認して、父親がやっているように心を落ち着かせ、集中して

やってみた。

そして、見たのは、


色の粉がさらさらと流れ落ちる姿だった。


その時にわかってはいたのだ。

「自分にはその才能がないのだ」と。

十歳になる前の事だった。


 コジョウが命色したいと言ったのはそのあとすぐだった。だが父は

「もうしばらく待ちなさい、あまりにも小さい頃からは、体に良くないことだから」と諭していたが、これは兄弟故なのか、姉の自分が

「させて見たい」と思った。

あれから自分は何度か挑戦はしていたが、すべて失敗して

「お父様に本格的に教えてもらうこと」が良いのか、それとも「諦めなさい」と言われてしまうのが怖いのか、それでも流れ落ちる色がみどりだったら分かりにくいだろうとまで考えて、日々やってはいた。


「コジョウ、今ならお父様もお母様も出かけている、今のうち」

「うん! 」大きな目で明るく頷くコジョウは、とてもかわいかった。


しかし、コジョウも父親の見よう見まねでやってみたが


「できない・・・・」


同じように色が流れて、内心ほっとしたのを覚えている。


しかしコジョウは幼すぎた、ずっとそれからふさぎ込んで、その日の夕食時に

「どうしたのコジョウ? お腹が痛いの? 」という心配げな母の言葉に

抑えきれずにコジョウは大泣きしてしまった。そのことですべてのことが明らかになったが、思ったほど父は怒りはしなかった。まるで自分の事を全部知っているように、いや気が付いていたのだ、この「父を超えた」と言われる命色師を、だませなどはしなかったのだと悟った。


 そうして自分のもしかしたら一番恐れていることが起こってしまった。父の的確な指導はコジョウに


「できた! できた! 」という喜びの声をすぐさま与え、その成長は著しく、北の国の祖父をも呼び寄せた。


その時に祖父は自分に


「サイサイ、焦ってはだめだ。コジョウにとっては命色は遊び、でも大きなお前にはもうそうでないことがわかっているのだから」

と、とてもやさしい言葉をかけてもらえた。


 でも次第に自分から身を引くように父と練習をしなくなり、コジョウの成長だけを喜んでいるふりをするようになった。それは明るい子である自分にとってはそう難しくないことであった。

しかし、それでも、家から離れた所にある、染石の所に行ったりしていた。


 もしコジョウが勝気な性格であったならば、できない自分をバカにして喧嘩をすることになっただろう。しかし残念ながら、コジョウはとても優しいうえに賢かった。幼い頃は出来ない自分を優しさから笑うことをせず、大きくなるにつれ

「もし自分がそうであったら」と仮定して他者の気持ちを推し量れるようになっていった。父も、時々不安げに見るようになった母も、決して自分を否定することはしなかった。

そうして皮肉なことに、コジョウのあまりにも早すぎる才能の開花に、専門の医師が健康状態の検査をさせてほしいと願い出た。両親とコジョウが遠方へ出かけて、数日一人になった時の事だった。


「サイサイちゃん、夕食はいつもの時間でいい? 」

「うん、おばさんのお料理とっても美味しい! 」

「本当? じゃあもっと頑張って作るわね」


留守中の手伝いに来ていた人とそう話して、自分は一人存分に染石を独り占めしていた。この場所は他の者は入ってはいけなかった。何故なら人によって命色線は

「害になる」場合もあることがわかっていたからだった。


「久々だわ、家で練習できるなんて」


結局ここ数年、自分は嘘のつき通しだった。両親にも、友達にも「命色は諦めた」と言い、コジョウは知ってはいたのかもしれないが、この事を誰にも言わなかった。「友達と遊ぶ」「ちょっと行ってくる」大きくなり始めた女の子には珍しくないことだ。でもそうすればするほど、心に残るのは罪悪感、この言葉も知る年になっていた。それでも心を落ち着かせ


「たとえ染石の前でも、生き物のことを忘れずに」

という父たちの言葉を刻み込んで命色の呪文を唱えた。何度も、何度も、何度も。流れ落ちた色を使ってまでもやり続けた。


 次第に灰色の雲が空を覆いだし、風も出始めた。こんな時に命色などできようはずもない、それでもやめることはしなかった。ぽつりぽつりと雨が落ち始め、遠くでゴロゴロと雷の音も聞こえてくる


「命色! 命色! どうしてできないの? どうして私は! コジョウはあんなにできるのに! どうして神様、ほんのちょっと私にその力をくれなかったの? どうして? 」


涙も雨も流れていた。体は次第に濡れ始め、ものすごい音がし始めた。


「雷に打たれれば・・・私に力が出るのかしら」


その時に自分はわかった。命色が好きなのだと、今このことを深く心に刻むためにやっているのだと。雷が危険なのも知っている、十分、それでも・・・


「サイサイ! サイサイ! 」


その時に大きな声がして、自分はあっという間に家の中に引き戻された。


「お母様・・・コジョウと一緒じゃなかったの」


母は自分を見つめて、そしてすぐに抱きしめられた。


「ごめんなさい、サイサイ、私が気が付いてあげられなかった、ごめんなさい、ごめんなさい、サイサイ・・・私はあなたたちから幸せをもらったのに、それなのに・・・・・」

その時の雷鳴を受けたように、自分は母のこの言葉のさらに奥にあるものを理解した。


サイサイの母は、その兄弟たちは命色界では有名だった。

何故なら東西南北すべての命色の家の血を受け継いでいたからだった。しかし命色師になれたものは逆におらず、サイサイの叔父たちは命色の優れた研究者になっていた。


「ごめんなさい・・・・私に似てしまって・・・・」


母の方が、叔父たちの方が、凄まじい重圧があったに違いなかった。


「私は命色は出来ないのよ」


あの母の微笑みは、自分と同じ努力をやりつくした人間のものだったのだ。


「お母様・・・お母様・・・ごめんなさい・・・・・私何もわかっていなかった」


その言葉に母はさらに強く自分を抱きしめた。


両親の愛情も心根の正しい弟も、衣食住に事欠かない暮らしも、その中で無かったは命色の力だけなら、それは我慢するしかないのだと自分はその日に強く決心した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る