いつか出逢ったあなた 14th

ヒカリ

1 桐生院 麗ができるまで

『好みの女?料理ができて気が利いて、言葉遣いのいい金のかからない女』


「……」


 TVでかみ 千里ちさとが言いきった。


 中学一年になって初めて、あたしは有名人に興味を持った。

 それまでは別世界の人間って割り切ってたから、クラスの子たちがアイドルを想う気持ちが全然わからなかった。

 この、神 千里率いる『TOYS』のことは前から知ってたけど、こうして興味を持つとは…夢にも思わなかった。


 興味を持つって言うか…


 ちかしが友達に借りたってCDから流れて来た『ここに居る。と、鐘を鳴らせ』ってフレーズが…あたしの胸に響いた。

 それから…テレビに出てるTOYSを見て…一目惚れみたいな心境になった。


 どこか冷めてて…だけど何かを探してるような目。

 …もしかしたら、あたしと似てるのかな…なんて。

 ブラウン管の向こうにいる人に、勝手に親近感を持った。



「すごい美人がいいとか言わないのかなあ。」


 双子の弟、ちかしがつぶやく。


「そんなのって、言わなくても当然の条件じゃない。」


「そっか。じゃ、姉さんなんかピッタリだね。料理うまいし。」


「はあ?やめてよ。あの人と神さんなんて、どこをどう繋げても似合わないじゃない。」



 あたしは、性格が悪い。

 これは自分でも、よくわかってる。

 だけど、あたしをこんなふうにしてしまった原因の一つは…あの人。



うららー、ちかしー、ご飯よー。」


「はーい。」


 ちかしが元気よく返事をする。

 …今日は日曜だから、いるのね…


 あたしは必要以上、あの人と言葉を交わさない。

 血が繋がっていない。

 それで、あの人はインターナショナルスクールとかに行って自由気ままな寮生活。

 あたしは、お茶に、お華に…ピアノに習字。

 そうかと思えば、突然高校はこっちに行きたいなんて言って帰って来て。

 煩わしいったらありゃしない。

 いなくなればいいのに。



 おばあちゃまが色々理由をつけて、月・水・金は九時まで帰るなって言ってるから、あまり会うことはないんだけど。

 ずっといなかった人が急に戻って来て…何だか、ずっとモヤモヤしてる。



 あたしのお母さんは、あの人を嫌ってた。

 あの人を見る度に…険しい表情になってた。

 そして、あたしに。


うららだけは、母さんの味方よね?」


 って。


 ちかしは、あの人と仲良し。

 だから、母さんは、あたしをいつも側においてた。

 でも…あたしが10歳の時、病気で…



うらら、何ボンヤリしてるんだよ。ご飯だってば。」


 ちかしがあたしの顔を覗き込む。


「あ、うん。」


 立ち上がってキッチンに向かうと、あの人とおばあちゃまがご飯の支度をしてた。



 うちは、華道の家。

 でも、お父さんは映像会社の社長をしてるもんだから、おばあちゃまが現役でお華のお師匠さんをしている。

 ゆくゆくは、ちかしが継ぐことになるんだけど、まだまだだしな。



「わー、美味しそうだな。」


 ちかしがおおげさに言った。

 ふん、ただのハンバーグじゃない。

 あたしは座って手を合わせる。

 そして、あの人の作った料理を。

 いつものように、まずそうな顔で食べ始めたのよ…。




 * * *



「姉さんの彼氏が?」


 ちかしがすっとんきょうな声をあげた。

 あたしは興味のないふりして、耳だけしっかり澄ましてる。



「ああ。今夜の食事に招待したんだ。」


 父さんはネクタイを結んで。


「父さんもなるべく早く帰るから、ちかしたちも出かけるなら早く帰りなさい。」


 って、カバンを持った。


「彼氏って…あの子は、まだ高校一年生なのに…」


 おばあちゃまの、渋い声。


「16になるんだ。そういうことがあっても、不思議じゃないさ。」


「…国際色豊かな学校に行かせたせいかしら…」


「まあ、とにかくー…早めに帰るから。じゃ、行ってくるよ。」


「行ってらっしゃい。」


 おばあちゃまとちかしとで、父さんを見送る。

 あの人は、朝食のあと二階に上がったまま。



「どんな人だろうなー、姉さんの彼氏って。」


 ちかし一人が浮かれてる。

 何のためにこっちの学校に入ったんだか。



 あの人がゆっくり階段を下りてきて、あたしは二階に上がる。

 ま、しっかり値踏みしてやろう。

 あの人の彼氏を。


 …って、少しだけ…何となく…楽しみにしてたんだけど…





「はじめまして。かみ千里ちさとです。」


 開いた口が、ふさがらない。


「か…かみ 千里ちさと!?」


 ちかしと同時に叫んでしまった。


ちかしたち…知ってるの?」


「にぶいな、姉さん。みんな知ってるよ。」


 本当に、にぶい!

 神さんをどんな人か知らずに付き合ってるの!?



「…有名人だったのね…」


「本当に兄弟?」


 あの人のつぶやきを、神さんは小さく笑いながら見つめてる。



「姉さん、本当に神さんが彼氏なの?」


 ちかしが嬉しそうに問いかける。


「え?あ…う…うん…」


 イラッ!!


 幸せそう…

 憎らしい…!!



「えーと…ちかしうららだっけ?」


 ふいに、神さんに名前を呼ばれて顔をあげる。

 あの神さんに、呼び捨てされてしまった!!

 そ…それはそれで…嬉しい!!

 だって…

 ブラウン管の向こうの人だったのに…!!



「はっはい…」


「そっくりだな。双子って、初めて見た。」


 マジマジと見られて、恥ずかしいけど…嬉しくなった。

 双子が珍しいって、神さん…ちょっと可愛い!!

 ああ!!

 双子に生まれてよかった!!



「まあまあ、お座りになってくださいな。」


 おばあちゃまがそう言って、神さんはあたしの前に座った。

 …夢みたい…

 本当に?

 あたしの前に座ってるの、あのかみ 千里ちさと

 なんとなく、夢見心地で食事を始める。

 ボンヤリ見てると、目が合ってしまった。


「あっ…」


 慌ててうつむく。

 ジロジロ見てたの、バレちゃったかな…



 ああ…誰かに自慢したい…

 だけど、友達なんていないあたしは、自慢する相手もいない。

 神さん、サインくれるかな。

 この後、一緒に写真撮ってくれるかな。

 出来れば、ちかしと三人のと、あたしと二人と…



 テーブルの上の御馳走が片付いても、神さんと父さんのお喋りは止まらなかった。

 家族の仕事の話をしてたような気もするけど、あたしはそんなの全然耳に入んない。

 神さん、オシャレだなあ…

 長い髪の毛も好きだったけど…

 バッサリ切った今日の髪型も…カッコいい。


 いつもは憂鬱なこの空間が、神さんがいるだけでキラキラして思える。

 ウットリしながらお茶を飲んでると…


「あの…」


 神さんが言った。


知花ちはなさんと、結婚させてください。」



 ……サイアク。




 * * *




うらら。」


 ピアノの帰り、呼ばれて振り向くと…


「神さん。」


 思わず、有頂天になりそう…になって、堪える。

 神さんとお近付きになれたのはいいけど…まさかの義理の兄。

 でも、あの人とあたしは血の繋がりないし。

 結局、他人。



「久しぶりだな。」


 神さんは、あたしの横に並ぶと、自転車を押しながら。


「ピアノか?」


 って。


「はい。」


 あたしは、つい…笑顔。



 神さんとあの人が結婚した。

 それも、極秘結婚。

 そして、ちゃっかり高級マンションに住んでる。

 あの人が出て行ってくれたのは嬉しいけど。

 神さんと結婚なんて…



「神さん、今日は?」


 問いかけると。


知花ちはなが里帰りしてるから。」


 あ。


「そういえば、あの人…退学になったって。」


「らしいな。」


「どうして知ってるの?」


「ばーさんから電話があった。」



 今日、高等部の方はその話で持ち切りだったらしい。


『赤毛が登校してきた』


『赤毛が退学になった』


 って。


 退屈な学校だから、それだけでもこの世の終わりみたいな大問題に発展する。

 中等部に噂が来た頃には。


『赤毛が手下を引き連れて登校して、高等部で暴れて逮捕された』


 って、全然違う話になってたもの。

 合ってたのは『赤毛』だけ。

 でも、それだけで…あの人が何かやらかしたんだ…って分かった。



「…それで?話合いか何か?」


「いや、ただ知花ちはなに会いに行くだけ。」


「……」


「おまえさ。」


「え?」


「なんで、知花ちはなのこと「あの人」って呼ぶ?」


「……」


 いつかは、言われるかもって思ってたけど…


「大嫌いだから。」


「……」


 神さんは、少しだけ黙って。


「正直な奴。」


 小さく笑った。



 …何で笑うの?



「神さんは?あの人のどんなとこがいいの?」


「料理が上手い。」


「それで?それだけなら、他にもたくさんいるでしょ?」


「普通にうまいだけじゃねえよ。」


「?」


 意味がわからなくて、黙ってしまった。

 家も近付いてしまったし。

 こうして神さんと歩けるなんて…

 認識して、再びニヤける。



「ただいま。」


 玄関に入って元気よく言うと。


「おかえりー。」


 あの人が、出てきた。


「あ、神さんだー。」


 続いて、ちかしが、あたしの後ろの神さんを見つけて嬉しそうに言った。


「そこで会ったの。」


「よっ。」


 でも、嬉しそうなあたしたちとは裏腹に、あの人はくるっと向きを変えてしまった。

 あたしが振り向くと、神さんも玄関を出ていってしまって。

 あたしとちかしは、顔を見合わせる。


「ケンカしてたみたいだしさー…」


 ちかしがそう言って。


「庭かな。」


 あたしは、ちかしに続く。

 すると、おばあちゃまも縁側に立ってた。


 庭では、神さんとあの人が、何か言い合ってる。


「…ケンカね。」


 あたしは、つぶやく。

 でも、その言い合いは、だんだん迫力がなくなって。


「あ。」


 神さんが、あの人を抱きしめた。


「これ、二人とも見るんじゃありません。」


 おばあちゃまがそう言ったけど。

 あたしとちかしの目は釘付け。

 そうこうしてると。


「指輪だ。」


 ちかしが、指さした。

 神さんが、あの人に指輪をはめてる。

 それを見たおばあちゃまは、小さくため息をついて。


知花ちはなも、よくやく落ち着けるところが見つかったようだね。」


 って…優しく言った。




 * * *



「離婚!?」


「勘当!?」


 あたしとちかし、同時に叫んでしまった。

 うまくいってると思ってた神さんと、あの人が。

 いつの間にか、とんでもない状況になってた。


 あの人は、いつの間にか活動していたバンドで事務所に入って。

 この度、アメリカデビューが決まったらしい。

 それで、アメリカに行くことを報告に帰ってきたと思ったら…


「それで、姉さんは?」


 ちかしが泣きそうな声で父さんに問いかける。


「…もう、姉さんじゃない。忘れなさい。」


 父さんは、やりきれないような目で、そう言った。



 …バカな人。

 滅多に怒らない父さんが、こんなに怒ってるなんて。

 よっぽど頭にきたのね。



「…全く…どうして、こんなことに…」


 父さんは、目頭をおさえて考え込んだ。


 迷惑な人だな。

 自分勝手すぎる。



 でも、これで神さんはフリーになったわけだ。

 手が届かないってのはわかってるけど。

 やっぱり神さんは誰の物でもない方がいい。



「何でだよ…」


 泣きだしそうなちかしとはうらはらに。

 あたしの気持ちは、晴れていた…。

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