ちょっと待って!その異世界転生、本当に必要ですか?
寧々(ねね)
第1話 転生試験
「えーっと、君は……太郎君ね。異世界転生を希望するって?」
先ほど閻魔大王と名乗った、袈裟を着ている小さな女の子。
太郎の頭よりも高い椅子に座り、同じくらい高い机に置いてある書類に目を落としながら、彼女はそう言った。
「ああ」
太郎が頷くと
「何か希望はある?どんな世界に転生したいとか、どんな姿で生まれたいとか」
「エルフとかドラゴンとかいる世界がいい!それで、そこに住む奴らは全員俺を崇め奉るんだ。男はいらねえな。……あ、奴隷のように俺のために働けばいいか。女はみんな俺のことが心の底から大好き。もちろん全員美人な。不細工とか生きてる価値無えし」
「なるほど。じゃあ、できるだけ太郎君の希望に沿った異世界転生を――」
「ちょっと待ってください!その異世界転生、本当に必要ですか?」
と、それまで置物のようだった、黒いネックレスを付けたスーツの女が喋った。
大王の机の足元に立っていた彼女は苛立ちを隠そうともせずに顔を歪めている。
「必要も何も、彼が望んでいるじゃない」
「それが必要なのかと言っているんです。何でもかんでも希望を叶えていては、私たち補佐官の仕事が溜まる一方」
「でも、できるだけ叶えてあげたいし」
「そんな貴女のふざけた行動のせいで、いま深刻な人手不足に陥っているでしょう。補佐官だって満足に確保できず、私がずっと貴女の子守りです。今日だって本当は休みだったのに、朝からずっとここにいる。貴女のふざけた行動のせいで」
「二回も言われちゃった」
「ですが、私はただの補佐。大王様が望むのならば、どんな愚策でも従いましょう」
「酷いこと言うなあ。じゃあ、君はどうしたいの?」
頬杖をついて見下ろす大王に、補佐官は待ってましたと言わんばかりの顔で
「一週間の試験期間を設けてみてはいかがでしょうか。希望通りの転生をさせるのに相応しいか、実際にその世界で行動させることによって見極めるのです。ただのお試しですので、その世界での平均的な生き物に転生させましょう」
「それで君の負担が減るならいいよ」
「必要な手間も時間も、倍以上減りますね」
「んもう、意地悪ばっか言って!」
頬を膨らませる大王を無視して、補佐官は太郎の元にやって来る。
目の前に立った彼女は
「では失礼して」
何の前触れもなく太郎を突き飛ばした。
尻もちをつくと身構えた。が、
「うわあああああ!」
太郎は果てしなく落ちていった。
● ● ●
「……あれ?押されたと思ったけど」
いつの間にか見慣れぬ部屋の中に立っていた、太郎。
ロッカーが数個並べておいてあり、小さな机や椅子なども雑に置いてある。
自分の体に触れて怪我の有無を確認していると
「押しましたよ」
「うわあっ」
隣に先ほどの補佐官が立っていた。
目を白黒させる太郎に構うことなく、彼女は説明を始めた。
「貴方は“ヒューメ”という種族の雄に転生しました。体は成熟していますので、いわゆる大人だと思っていただいて構いません。レストランに住み込みで働くことになります。今日がその初日で、ここはスタッフルームです」
「よくわかんねえけど人間のまんまだぞ」
自身の体を確認するが、生前の姿と変わったところはない。
と、扉を叩く音がして
「おはよう、太郎。準備できたかい?」
黒いワンピースに腰にエプロンを巻いた女が入ってきた。
ファミレスの店員のような彼女には――細長い、エルフのような耳がついていた。
「ご希望通りの“エルフとかドラゴンとかいる世界”ですよ。貴方を崇拝する民はいませんが」
補佐官の言葉に、改めて女を見る。
かなり筋肉質で太郎よりも背が高い。
しなやかで細身のエルフ像を抱いていた太郎としては、彼女がエルフだと認めたくなかった。
「なんだ、まだ着替えてなかったのか。制服着たら出てきてよ」
それだけ言って、女は部屋から出て行った。
残された補佐官が並んだロッカーのうちの一つを指さして
「制服はこの中にあります。早く着替えて仕事を始めましょう」
「はあ?なんの仕事だよ」
「先ほども言いましたがレストランでの接客です」
「ふざけんな。働いてたまるか」
「どうぞお好きに。働かなくとも、それは貴方の自由です。ただ試験をわかりやすいものにするために仕事を用意しただけですので」
「さっき言ってた一週間の試験期間ってやつか。……クソッ。お前が余計な事言わなけりゃ、今頃俺は理想の世界に転生できたってのに」
補佐官は手に持ったファイルを見ながら
「ギブアップしますか?その方が、私としても仕事が片付いてありがたいんですけど」
「うるせえ、やるよ」
渋々ロッカーから制服を取り出す、太郎。
入っていたのは黒いブラウスに長ズボン、それと腰に巻くタイプの白いエプロンだった。
先ほどの女が着ていた制服の男性用だろう。
「さっきの女、顔面偏差値は40点ってとこだったな」
太郎が着替えながら言うと
「彼女が40点なら貴方はいいとこ2点ですね」
「ハァ!?俺のどこが2点だクソブス!お前なんかマイナス1万点だ!」
「怒鳴り散らすのは構いませんが、私の姿は貴方以外の者には見えていませんよ。もちろん声も聞こえません。このまま一人で大声を出し続けていたら、他の者は不審に思うでしょうね」
「くそが!」
エプロンを補佐官に投げつける。
だが、彼女の体に当たることなく、それは通り抜けて地面に落ちた。
それを見た補佐官は持っていたファイルに何か書き込み始める。
「おい、やめろ!何書いてんだ!」
太郎は慌てて彼女の腕を掴もうとするが、やはり通り抜けてしまう。
その様子を見て再び何か書き込む、補佐官。
「ちくしょう!」
毒づき、太郎はエプロンを拾い上げる。
お試し期間といっていた。
一週間の我慢だ。
そう自分に言い聞かせ、エプロンを腰に巻いた。
着替え終わった太郎が部屋を出ると、先ほどの女が気づいてこちらにやって来た。
笑顔で太郎の肩を叩き
「いいじゃないか!似合ってる。かっこいいよ。それじゃ、説明するからついてきて」
そう言って厨房の方に行く。
「あの女、俺に気があるな。まあ、どうしてもって言うんなら付き合ってやらんこともない」
「そうですか」
補佐官の馬鹿にしたような態度に少しイラつきながらも、太郎は女の後に続いた。
● ● ●
先ほどのエルフの女はこの店の店長らしい。
他の従業員はキッチンに2人。
太郎は、店長と共にホール担当になるらしく、注文の取り方や料理の運び方を教わった。
一通り仕事の説明が終わったところだったのだが、習うより慣れろ、と太郎はさっそく現場に出された。
店はそこそこ繁盛しており、店内は賑やかだった。
けれど、一つだけ。
あるボックス席だけ、他とは異なる騒がしさだった。
その席に座っているのは子供4人組。
だが、明らかに3対1だった。
いじめっこと、いじめられっこだ。
いじめっこ3人は人型のライオン。
子供らしく、まだたてがみは生えそろっていない。
いじめられっこ1人は、ぱっと見人間だが、頭に豚の耳がついている。
その豚の少年に、子ライオンがポテトを投げつけているのだ。
「目に当てたら10点な」
「まばたきすんじゃねーよ」
出来立てのポテトは持つのがやっとの熱さ。
それを顔面、しかも目に向けて投げつけている。
けれど、周りの人々は見て見ぬふり。
客はもちろん、店長だって何も言わないのだ。
4人組を気にしつつ、太郎が料理を運んでいると
「ギャッ」
短い悲鳴が聞こえた。
「んだよ、お前の腕か。邪魔なんだよ。ステーキと間違えたじゃねえか」
子ライオンの持つフォークの先が、赤く塗れていた。
子豚の少年は腕を押さえて呻いている。
「きったねぇ、フォークに血ついてるぞ」
ケラケラと笑う子ライオン達の声に、太郎の背には嫌な汗が流れる。
心の底から相手を見下した笑い声。
それが耳にねっとりと絡みつき、太郎の動悸は激しくなる一方だった。
「はあ、なんか飽きたわ」
「そろそろ帰るか」
そう言って、テーブルに置かれた伝票を子豚の顔に叩きつける。
「全部お前が払うって?マジで?サンキュー」
「そんな……!」
一人残された少年。
そこに店長がやって来て
「お会計をお願いします」
一連の出来事を見ていたくせに、そう言ってのけた。
● ● ●
レストランの近くにある寮の自室。
ようやく今日の仕事を終えた太郎は、ベッドに体を投げ出した。
たかだか料理を運んだだけで、なぜこんなにも筋肉痛になるのか
「なんで俺は人間なんだよ!エルフとかいるんだからさあ、俺だってもっと強くて頑丈な生き物に転生してもいいんじゃねえの?」
壁際に立っていた補佐官が
「人間じゃありません。“ヒューメ”です」
「名前なんてどうだっていいんだよ!見た目も中身も、人間と全く同じじゃねえか!」
「そんなことありませんよ。爪の伸びる速度が少しだけ早いんです」
チッ と舌打ちをして、太郎は
「転生してすることがバイトかよ。従業員に可愛い子もいねえし、仕事内容もクソ。客の質なんてめちゃくちゃ悪かったぞ。ポテト投げたりする奴がいて……」
そこまで言って、無言になる。
そんな太郎の様子に首を傾げつつ、補佐官は手元のファイルをめくって合点がいったようだった。
「貴方の死亡原因は、引きこもっていた自室の床に置きっぱなしだった漫画に足を滑らせて、頭を強打したこと。引きこもるきっかけとなったのは、小学校のときに受けたいじめ。……今日来た客と似ていましたね」
太郎はそれに答えず
「あのガキ共がはしゃいでる時、周りの奴らが何してたか見たか?何もしてねえんだ。何も!チラチラ見るくせに注意する奴なんて一人もいなかった。自分は関係ないと思ってやがる。ああやって見て見ぬふりをするから、バカが調子乗って好き放題するんだ」
「貴方だって何もしなかったじゃないですか」
「俺はいいんだよ!俺は被害者だ!」
「なるほど」
メモを取る補佐官。
(どうせ悪口書いてんだろ。勝手にしろ)
寝返りを打って、彼女に背を向ける。
最悪の気分だ。
そのまま、太郎は目を閉じた。
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