第427話 アイはいつだって唐突だ

 ヤマト・タケルはあの日のことを、忘れられなかった。

 それは3年前のことだったが、ベッドの上に寝転がりながら夢うつつの時など、その時の心情を昨日のように思い出すことさえあった。でも、思い出を反芻すると、それはまるで数十年も昔のことのように、手が届かない記憶の奥底に沈んでいく。

 思い出すときは、いつだってヤマト・タケルはあの日の14歳に戻っていた。



 アイはいつだって唐突だ——。

 ぼくの都合もかまわず、ぼくの気持ちを察することもない。なんとなく仄めかせておくこともなければ、遠慮がちに申し出ることもない。


 そう、こっちの都合などおかまいなしに、アイはボクに恋をした——。


「あたし、タケルのことを好きになることにきめたの!」


 ほんとうにそうだったのかはわからない。でも本人はそう言っていたし、これは嘘いつわりのない話で真剣なのだ、とも言った。

 でも授業中にそれを高らかに宣言するようなことが、はたして真剣な話なのかぼくにはわからなかった。授業中と言ってもぼくとアイしかいないので、授業中に声をあげたからといって大騒ぎになるものでもなかったけど、そのとき歴史を教えてくれていた女の先生……、まだ教師になりたての彼女は、ほんとうに弱り切っていた。

「そのう……。君たちは、つきあっていたんじゃないの?」

 先生は舞いあがったアイの機嫌を損ねないように、おずおずと質問を投げかけた。

「つきあってなんかないです。ただ、将来つがうように運命づけられているだけです。アダムとイヴのようにね」

「だったら、好きになろうがどうだろうと関係ないんじゃない?」

「先生、そんなに簡単に決めつけないで。あたし、アダムとイヴはきっと好き合っていたって思っているの。この世にいる男と女が自分たちしかいないからじゃなくてね」

 先生が心底困っている様子をみて、ぼくはアイに言った。

「アイ、意味がわからないよ」

「だってぇ。あたしはけっきょく、あんたとつがわなきゃなんないんでしょ。日本人の純血を絶やさないために」

 ぼくにも言いたいことは山ほどあったか、とりあえずアイに思いの丈を吐きださせることにした。

「でもね。あたしは血を残すためだけにつがうとか、そういうのは違うって思ってるの。だって、それって動物みたいじゃないの。昔は絶滅危惧種の動物をむりやり繁殖させようとしてたって言うけど、これってそれと同じよね……」


「まぁ、そうやって手はほどこしたけど結局、地球上の生き物は、人間以外絶滅しちゃったけどね」

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