第321話 またもや自分が足をひっぱった

 またもや自分が足をひっぱった——。


 通常なら、これ以上ないほどに気分が落ち込んでいるはずだと、クララは自分自身で自覚していた。客観的にみれば、世界中の誰であっても、自己嫌悪に数日以上はさいなまされるレベルの失態だ。

 そう理解していても、クララは「あぁ、そうなんだ」という感想以外は湧いてこなかった。感情をコントロールするために日々積み重ねた訓練が、無意識のうちに自分の感情を律していて実感できない。

 そういうふうに鍛えられた、とはいえ、こんなとき、素直に感情を発露できないことがいいのか、わるいのか、判断がつかない。

 だが心の奥底の本心に語りかければ、いまは誰とも顔を合わせたくない気分がそこにあるのも確かだった。昔のことわざで『穴があったら入りたい』というのを習ったが、まさに、今の気分がそうだと思えた。


 基地に帰投すると(実際には収容だが)、当然のようにカツライ司令官や春日リン博士たちが待っていた。そこに手ぐすねをひいて、という表現を加えるべきか、クララは迷ったが、とりあえずカツライ司令は「初対戦にしては上出来だったわ」と儀礼的にねぎらいのことばをかけてきた。

 アルはひどく恐縮した表情で「超絶縁体が役に立たないせいで、怖い思いさせてすまなかったな」と詫びを入れてきたし、エドは「明日、直接対戦中のことをヒアリングさせてくれ」ときわめて事務的に言ってきた。

 だが、春日リンは「まぁ、死ななくてよかったわ」とすこし辛辣なことばを投げかけてきた。言外に「初戦からやらかしてくれたわね」というニュアンスが含まれていたが、クララはあえて無視した。

 それに抵抗の意をしめすには、クララはあまりにも疲れ果てていた。訓練の成果で気分は落ち込まずに済んでいても、からだはこれ以上ないほどくたくただった。


 任務終了時のルーティンを終えて、パイロット・ルームに戻ってきた時には、とっくに就寝時間をすぎていた。前回『グレブヤード・サイト』から戻ってきた時は朝方だったが、早起きして得意の料理でヘマをやらかした分の汚名をそそげた。だが今回はそんな気すらおきなかった。

 もう誰もが休んでいるだろうと思ったが、パイロット・ルームのラウンジに足を踏み入れると、全員が起きて待っているのがわかった。


 まず執事の沖田十三が「お疲れさまでした」と言いながら、有無を言わせずクララの手にコップを握らせた。人口蜂蜜入りのホットミルクだった。

「クララ、初陣にしててはよくやったよ。まずは死なずにもどってきただけで上出来だ」

 次に口をひらいたヤマトは春日リンとおなじことを言ってきた。クララはこころのなかを軽く引っかかれた気分になった。真意を問いたかったが、アスカのことばが遮った。

「そうね。セラ・ジュピターをダメにしたけど、まずはケガもなく戻ってきたんだから、よしとするべきよ」

 皮肉めいて聞こえなくもなかったが、それは初陣で戻ってこれなかった、兄リョウマのことが頭の片隅にあるような物言いでもあった。これでも気をつかっているのだろう。

 だがレイはもうすこしわかりやすい気の使い方をしてくれた。


「わたしのセラ・サターンもダメになった。クララばかり責められない……」

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