第298話 クララ、逃げられる?

「クララ、大丈夫?」


 誰かがクララに声をかけてきた。だがそのあわてふためいた甲高い声は、鋭いトゲでクララの脳を直接突き刺してきた。クララは思わず顔をしかめた。と、同時にからだ中の毛穴からどっと体液が吹きだす。それはもう汗と呼んでいいかわからないほどにべたついて、クララはそれが自分の分秘物であるにもかかわらず、思わず嘔吐えずきそうになった。が、すぐに汗の状況をAIセンサーが感知し、コンバットスーツの内面から体表面をクリーニングする液が浸潤しんじゅんしてきた。すうっと一気に汗がひいていく。


「クララ、逃げられる?」

 目の前のモニタからレイが言った。ハッとしてモニタのカウンタを見る。もう永遠と思えるほど、のたうちまわっていた気がしたが、たったの数秒しか経っていない——。

 クララは四肢がばらばらになったような痛みを感じたが、なんとかその苦痛の下から返事をした。

「えぇ……」

 たった0・25秒の痛みのはずだったが、からだの芯に残った鈍痛や痺れのせいで、うまくからだが動かなかった。


「クララ、早く逃げて!」

 あの甲高い声がふたたびクララの頭を殴りつけてきた。今度は鼓膜こまくがキンキンとする。

 ミサトだった。

 クララは自分の痛む頭に顔をしかめながら、自分の今置かれている状態を把握しようと、、目の前に何面にも展開しているモニタをすばやくなめ回した。

 セラ・ジュピターは街中に大の字になって倒れていた。

 低層にある施設のいくつかがセラ・ジュピターの背中に押し潰されている。クララはスロットルをひいて、すぐさま立ちあがろうとした。ぐっとアクセルを踏み込む。

 だがセラ・ジュピターはピクリとも動かなかった……。

 しびれる腕を必死に上に伸ばして、緊急用回路のスウィッチをいれる。

 だが、こちらもまったく反応しなかった。


「動きません。本部、どうすればいいの?」


 クララがきわめて冷静に、言葉を選びながら叫んだ。本当はヒステリックに叫びだしたかったが、感情の発露はつろを抑え切れなければ、パイロットの資格を剥奪はくだつされかねない。からだの末端部分にまだ痺れが残っている上、背中や首に痛みがあるとなれば、わめきたくもなるが、クララはなんとかそれを押しとどめた。


 クララは本部からの指示を待ったが、レイが先にわってはいってきた——。


 「クララ、よく聞いて!」

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