第272話 ヤマトタケル、きさま何をしていた!

 あっけらかんとネタばらしをしたヤマトに面喰らったのは、ウルスラやミサトだけではなかった。レイを除く全員がヤマトの突然の告白に虚をつかれた。


 ユウキはすぐさま、ヤマトが冗談を言っているのだと、取り繕おうとした。が、ウルスラの怒号がそのタイミングをかき消した。

「どういうことだ。貴様!」

 立ちあがったウルスラは一瞬にして顔を真っ赤にしていた。それまでヤマトにいいようにされて、たまっていた怒りが一気に噴き出したのだ。ユウキはウルスラのあまりの剣幕に、足元から力がすっと抜けるのを感じた。

 我ながら、なんと胆力のない——。

 だが、自分の天と地ほどもちがう階級の上長が、目の前で怒り狂っているのに、冷静でいられるとしたら、そちらのほうがどうにかしている。

 その、どうにかしている者が、いやに冷ややかな口ぶりで答えた。


「ウルスラ大将、朝っぱらからずいぶん元気ですね」

「なにぃ」

 ウルスラが正面のヤマトに掴みかかろうとしたのを、ミサトが手を出して止めた。

「カツエ、落ち着いて!。大将が、下っ端、しかも少年兵相手にみっともないわよ」

 そう諭されて、ウルスラが浮き上がった腰をどんと荒っぽく降ろした。ソファにその巨躯きょくを沈めると、隣に座っていたミサトのからだがすこし浮き上がった。


「ヤマトタケル、きさま何をしていた!」

 ウルスラは激高した態度こそ引っ込めたが、高圧的な姿勢は改めるつもりはないようだった。

「新しくきたユウキとクララの歓迎会をやってた」

 ヤマトはしれっと言ってのけたが、それに反応したのはミサトだった。

「ふざけないでくれるぅ?。まじめに答えてちょうだい」


「まじめに答えてる!」

 今度はヤマトが語気を荒げた。いや荒げてみせた、といったところだろうか。ユウキにはやけに芝居がかって聞こえた。

「昨晩、二人のささやかな観迎会を開いた。そこでユウキがここに着任直前に、急きょ課せられたミッションで、ちょっとした『ミス』をしてしまったことを聞かされた……」


 何を言いだすのだ——。

 ユウキは自分のことが遡上そじょうにのぼって、思わずヤマトの方を見ようとした。が、そのことに対する反応こそが、ヤマトからの試験だと気づいて、まったく興味のない風にあらぬ方向に目をむけた。

「ユウキは護衛をまかされたデータを、『略奪者』から守ろうとして、『グレーブヤード・サイト』に転送してしまって、それを回収しなければならない、と……」

 そこでヤマトはことばを切って、その場にいる人々の顔色を探るように、ぐるりと見回した。


「だから、ぼくは提案した。そのデータをみんなで引き揚げて、新任の総司令と司令への手土産にしようじゃないかってね」

 ヤマトはおおきく手をひろげて、レイとアスカのほうにむけてから言った。

 その大袈裟な仕草を見ただけで、ユウキはヤマトがこの告白をどう誘導して、どこに着地させようとしているかの道筋が見えた。芝居がかったジェスチャーは、話を合わせろと、いう無言の合図だ。ユウキが見た感じでは、アスカとクララはその意図を理解したようだった。


「まぁ、レイやアスカはまったく乗り気じゃなかったけどね。ぼくは、ユウキとクララたちと早く距離を縮めたかったから協力してもらった。そうできれば、亜獣との戦いにも有益だと説得してね。運のいいことに、ユウキが送り込んだ『グレーブヤード・サイト』の階層は昔から「99・9スリー・ナイン」向けのトレーニング用でもあったのでね。ぼくの正規の権限で、『マインド・イン』したというわけだ」

「嘘はやめてよねぇ。だったら、なんで国連軍の戦艦を沈めたわけぇ?」

「あぁ、あのドラゴンにですよね。見てましたよ」

「そう、それに誰かが偵察艦で特攻してきた」

「ぼくらもドラゴンやクラーケンのようなモンスターにはずいぶん手をやきました。ぼくなんか『リヴァイアサン』に、首を刎ね飛ばされましたからね」

「だったら、突っ込んできた偵察艦は?」


 ミサトのさらなる疑問に答えるのは、自分の役目だとユウキは即断した。ユウキはすっと立ちあがると、頭をさげた。

「カツライ司令、大変申し訳ありません。あの船はわたしの力が及びませんでした。電幽霊サイバー・ゴーストに乗っ取られた艦を、なんとか奪還しようとしたのですが、『蛙』の姿をした手強いヤツらにはばまれて、間に合いませんでした」

 その瞬間、ミサトがウルスラのほうに、ちらりと目配せしたのがわかった。ニューロン・ストリーマかテレパス・ラインで、ユウキの証言の整合性や信憑性を確認をしているのだとユウキは確信した。

 心配ないはずだ——。

 あそこにいた兵士のほとんどは、あの蛙どもにやられたのだ。その化物の存在は報告として当然あがっていて、彼らは知っているはずだ。だからこの大きな蛙の証言は、またとない信頼性を自分に与えてくれる——。

「あなた、本当にその『蛙』のモンスターを見たの?」

「えぇ、もちろん。何体かは倒しましたが、艦橋を乗っ取ったヤツらをとめることはできませんでした」

「な、ならば、あのドラゴンは?。ドラゴンが戦艦の艦橋に突っ込んできたのよ」


「ごめんなさい、ミサト。それはわたしのせい……」 

 驚いたことにレイがさらりと口裏を合わせてきた。ユウキはレイにそのような腹芸はらげいがきくとは思わなかったので、驚きが顔に現れそうになった。

「わたしが全部のドラゴンを追い払えなかったから……」

「なら、あの塔はどうなの?。塔に送り込んだ兵士は、みんなやられたわ」

 今度はアスカがそれを買って出た。

「そうね。あたしが全部やっつけたわ。だって、あの兵士たち、塔のなかにいたヤマトとクララをいきなり攻撃してきたから。それって、正当防衛でしょう」

 いくぶん開き直ったようなアスカの言い訳に、すぐさまクララがフォローをいれた。

「わたしがずいぶんヘマをやったせいで、タケルさんには迷惑をかけましたし、アスカさんにはずいぶん助けてもらいましたわ。最後の最後にデータを回収し損ないましたけど、ミサトさんたちの手で無事回収できたと聞いて、ホッとしていますわ」

 

「ヤマト・タケル……」

 ふいにミサトとみんなのやりとりを、沈思したまま脇で聞いていたウルスラが口をひらいた。

「きさまらは、あくまでも、ユキ・アスナ少尉のため、そしてわたしたちや国連軍のために、データ回収を試みていた、と言い張るのだな」

「ええ、そうですね。そう言い張らせてもらいます」

 ウルスラが目をおおきく開いてヤマトを睨みつけていたが、すぐにそのかたくな姿勢をといた。

「そうか、わかった……」

 ウルスラがゆっくりとソファから立ちあがった。ウルスラが簡単に引いたことに、どうしても納得がいかないのか、ミサトが食い下がった。

「ちょっとぉ、カツエ。そうはいかないわよ。こっちは兵士28人が病院送りになってンのよ。しかも、そのうちの数名はかなり重度の精神傷害を受けてるわ」

「は、それはずいぶんお粗末じゃないの?。あたしたちは電幽霊サイバー・ゴーストやモンスターと戦ったけど、この通り、なんともないわよ」

 アスカが挑発するように、ミサトを揶揄やゆした。ミサトは気分わるそうに吐き捨てた。

「あんたたちは、精鋭パイロットでしょうが。こっちの人員のほとんどは新人の訓練兵だったのよ」

「ようするに、ミサトたち現場の指揮官のミスってことでしょう」

「バカ言わないで。わたしたちは、現場にいたわけじゃない」

 ミサトがとっさに嘘をついたのがわかった。ユウキにはそうまでして虚勢を張るミサトの気持ちが理解できた。

 だが、そこが潮時だとばかりにウルスラがミサトを促して、立ちあがらせた。

「諸君。朝の貴重な時間を邪魔したな。引き揚げに失敗したとはいえ、我々のために努力してもらったことを感謝するよ」

 出口のほうは向かいながら、ウルスラが背中越しに言った。

「ミサトの言う通り、あのとき我々は直接現場で指揮をしていなかった。もしその場にいたとしたら、船も沈められたり、重傷者はださなかっただろうよ」

 それはミサトのプライドをおもんばかるウルスラのいたわりだったのだろう。だが、ヤマトが帰りしなのウルスラに、背後から追い討ちをかけた。

「へえー、ウルスラ総司令。そのわりにはずいぶんお疲れのようにみえますけど。寝てないんじゃないですか?」

 その挑発に、ウルスラはゆっくりとふりむくと、隣のミサトをぐっと引き寄せて、からだを密着させて、にたりと笑った。


「ふ、我々おとなは、きみら子供とちがって、夜通しやることがあるものなのだよ」


 そんな余裕じみた笑いに、ヤマトは肩をすくめてみせたが、クララは口元に手をあて、アスカはおもしろくなさそうに顔をうつむかせた。ミサトがこちら側の動揺した雰囲気を俊敏にみてとった。

 ミサトはわざとらしく顔がほてった仕草をしながら、嬌声きょうせいまがいのひとことで、室内の空気を支配した。


「まぁ、カツエったら……」

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