第255話 こちらからも予想外を仕掛ける

 3分以内に戦艦に攻撃をしかけろ、というミッションにユウキは心が奮いたった。


 レイが口からでまかせ気味に申し出たものだったが、仲間の窮地を救う、というシチュエーションは、なかなかにそそるものだった。

 が、それと同時に大きな落胆も感じていた。『ドラゴンズ・ボール』奪取をあきらめるという決断は理解できたが、失望感のあまり気持ちが萎えた。

 元々は自分の失態が原因だ。それはユウキもわかっていた。

 データを横取りして、国連軍の文官のみならず、ミサトたち武官をも出し抜けるつもりだった。指示された位置を直前に変更して、さらに深い階層に送り込んだのだ。容易には探し出せないだろうという自信もあった。それでも探しあてられる可能性はあったので、昼間ひそかにその懸念をヤマトに伝えた。

 ヤマトは迅速に行動をおこすことを選択した。今ここにいるのが、その結論だ。

 だが、ミサトたちは自分の予測を超えてきた——。


 レイはどうにもおさまらない様子だった。このゲームを負けで終わらせようというヤマトの決断が、ゲームの達人として納得がいかないのだろう。

「ユウキ、なぜタケルは簡単にあきらめるの?」

 気流がびゅうびゅうという音ともに吹き込む正面窓の穴ごしに訊ねてきた。だが、その口調は尋ねるというおり、まるでユウキを強く非難しているような詰問口調だ。

「レイくん、状況が変わったのだよ。この船をどうにか排徐できればうまくいくと考えていたのだが、ウルスラ大将とカツライ中将が、とんだ隠し玉を用意してくれていた」

「ウルスラ大将とカツライ中将?。あの船にはふたりが乗ってるの?」

「あぁ、おそらく……」

「それはあなたが、この場所を教えたから?」

「レイくん、ずいぶんと失敬なことを。それがわたしの任務だったのだよ。私には報告義務もある。だが、これでも指示よりさらに深い階層に、データ転送の場所をに変更しておいたのだがね。簡単に見つかるはずはないと確信してね」

 ユウキはいったん息を吸った。悔しさと腹立たしさに息がつまった。

「——だが、まさかこんなにはやく特定されるとは……、それに、まさかこれほどの戦力を率いてくるとは、あまりに予想外だった」


 レイが窓のむこうから、こちらをじっと見つめていた。まるで咎人とがにんをさげすむような視線に感じたが、レイはユウキの心情など構いもせず言った。


「じゃあ、こちらからも予想外を仕掛ける」


「なにをするつもりだね。わたしはこの船を戦艦に操縦するだけで手いっぱいだ」

 レイは目の前に操作パネルを呼び出すと、手早く操作した。

「これを使う」

 レイの手にはバレーボールほどのおおきさの白い物体が乗っていた。ゼラチン状のように表面がぶよぶよとして、しかもシズル感が残っている。レイの手元から粘液のような、にちゃーっとした液体が滴りかかっていた。

「それはなにかね。レイくん」

 だが、その問いに答えようともせず、レイがユウキに言った。

「ユウキ、あなたのサーベル、一本もらっていい?」

「サーベルを?」

 レイが空いたほうの手を広げて、よこせ、というサインを送ってきた。ユウキは意味がわからなかったが、腰に下げたサーベルを抜くと、窓越しにレイにむかって投げた。レイは空いたほうの手でユウキのサーベルを受け取ると、サーベルの柄をぎゅっと握りしめながら訊いた。

「ユウキ、このサーベル、どれくらい伸びる?」

「そうだな。レイくん、五、六メートルくらいは伸びるはずだ」

「わかった。充分だと思う……」

「で、どうやって、予想外を仕掛けるつもりかね」

「あれでやるつもり」

 レイは雲の遥か向こう側へ、ひゅんという風切り音をさせてサーベルをふった。ユウキは、レイがサーベルで指し示しめす方向に目をむけた。


 そこに優雅に翼をはためかせながら、飛翔するおおきなブラック・ドラゴンがいた。


「あれに乗って、戦艦に突撃する」

「そんな。どうやって……」

 レイは手に持ったゼラチン状の物体を掲げてみせた。


「これはさっきあなたたちが吹っ飛ばしたクラーケンの一部。こっちの世界とあっちの世界のモンスターが、互いに捕食する関係にあるなら……」



「この肉片は、たぶん、ドラゴンの好物」

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