第229話 すぐに下に降下してくれ!!

 すぐそばでヤマト・タケルの首がね飛ばされたのをの当たりにして、ユウキが驚かないはずはなかった。なによりも虚をつかれたし、クララがあの状態だったのだから、選択肢がすくなかったのは確かだ。

 しかし、あのヤマト・タケルが、他人のために身を投げだしたというのは、ユウキにとってはかなりのショックだった。

 彼は命を救われることはあっても、救う立場にない人間だ。いや、逆にそうしてはならない人間の筆頭が彼なのだ。だからヤマトはどんな状況であっても、自分の身を盾にすることはない。現に現実世界ではすでに100万人もの人間を犠牲にしているし、同僚のパイロットもヤマトの盾となって命を落としている。もし噂が本当なら、父親も……。

 だが、今ヤマトは躊躇ちゅうちょなくクララの盾になってのけた。もちろんあの直撃をうけても、自分が死ぬことがないことを知っていたからだろうが、それでもあの状況で反射的に動けるというのは、ユウキには驚異であったし、懸念すべき材料だった。


 現実世界のデミリアンでの戦いで、まさかそのような愚を冒さないだろうか。

 ヤマト・タケルの代わりはこの世界には、もうふたりといないのだ。


 ユウキの頭には一瞬でそれだけの不安材料が去来したが、彼自身はすぐにつぎの行動に移っていた。まずショックを受けて動けないでいるクララの安全を優先した。

「クララくん。タケルくんは心配ない」

 ユウキがクララの背中に手をあててそう言うと、クララはふーっと深呼吸をして「大丈夫、わかっていますわ」と答えた。


「よかった。てっきりショックを受けているかと思ったよ」

「そんなわけないでしょう。ルールは心得ています。ただ、タケルさんにかばってもらうような失態をおかしたことが、自分で許せないだけですわ」

 クララはすこし離れた空間で、首なしのままクラーケンと戦っているヤマトにちらりと目をむけた。頭のうえ(頭はなかったが)の数字が一気に8000ポイントも減っている。

その状態を誘因したのが自分だと考えると、その見解は納得がいく。

 だが、そんなわけはない。

 ユウキはわかっていた。

 こともなげにそれを否定して見せたが、あの瞬間は相当にショックだったはずだ。そんなはずはないと意地をはってみせただけだ。

 だが、ユウキはクララのこういう意地っ張りなところが好きだった。実に人間らしい。

 レイならまったく動じないだろうし、アスカなら悪びれずに去勢をはってごまかすだろう。そしてもしリョウマなら、おそらく簡単に白旗をあげて、いかにショックを受けたかをむしろ誇らしく言ってくるに違いない。

「この位置は危険だ。一度下に降りよう」

「でも、したにはホワトスがたくさん……」

「いや、もうほとんどいないようだ。レイ君が片っ端からかたづけてしまったみたいだな」

 クララが平原のほうを一瞬だけ目をむけた。注意はつねに頭の上の海上から首をだしている『リヴァイアサン』のほうにむけられている。射程範囲からはまだ出ていないという意識。もう一度おなじ失態はぜったいに繰り返さないという反省。

 おそらくそんなものだろう。ユウキはクララの心中を察した。

 

 そのとき、上空から大声が聞こえてきた。

「ユウキ、クララ!。すぐに下に降下してくれ」

 まちがいなくヤマトの声だった。ユウキは声のしたほうを振り向いた。

 ヤマトの頭がかなたから飛んでくるところだった。くるくると錐揉きりもみしながら、こちら側にむかって一直線に飛んでくる。ヤマトの頭がもう一度叫んだ。

「すぐにアスカの電流魔法が発動する。巻き込まれるぞ」

 頭の方が、そう言い終わると、ヤマトのからだのほうが、こちらにむかって勢いよく降下してきた。降下というより自由落下に近いスピード。が、その速度のまま、ヤマトのからだは、飛んできた頭をキャッチした。見事なワンハンドキャッチ。

 ヤマトは頭頂部をしっかりと掴むと、首のうえにぴたりと頭をすげた。

 まるで、あたまのうえに、ひょいと帽子でもかぶるように見えた。洒脱しゃだつ流麗りゅうれいな仕草。


「速く!」

 ヤマトは頭がもとの場所に戻るなり、ふたりにむかって声を荒げた。ヤマトの首の切れ目がすぅっと癒着ゆちゃくしだした。頭の上の数字を見てみると、さらに10000ポイントが費やされていた。一気に20000ポイント近くをうしなったことになる。

 その数字のあまりの減少っぷりは気になったが、時間を無駄にしている場合でもなかった。ユウキはクララの手を掴んで、地面にむかって急降下をした。いきなりの加速にクララが抱えたガトリング銃が手から離れそうになったのが見えた。

「クララくん、そんなのは捨てたまえ!」

 ユウキの強い叱責しっせきにすぐさまクララは従った。手を離すやいなや、みるみるガトリング銃がうえへとあがっていく。クララは意識するとはなしに、顔を上にあげその銃を目で追いはじめていた。


 ユウキはそんなこと構わず、地面ぎりぎりでブレーキをかけて、絶妙のタイミングで着地した。そして足先が地面につくかつかないタイミングで、クララの背中に手をまわして、そのまま地面にひれ伏せさせた。少々、手荒い力加減だったが、そのまま押し倒しながら、自分も地面に腹ばいになった。 

 その瞬間、地面から海にむかって落雷がうちあがった。ピカッという閃光がした一瞬後、稲妻が海のなかを走り抜けていた。音はしなかった。まるで雷鳴ごと水のなかにねじ込んだという感じだった。

 だが、なにも起きなかった。ただなにかがまたたいただけだった。

 ヤマトがからだを起こして、座り込んだまま上をみあげる。ユウキもそれにならうように、地面に腰をおろした状態で上方に目を向けた。クララが起き上がろうとしかけたとき、クララの頭の数メートル先に、ガトリング銃がドンとけたたましい音をさせて落ちてきた、ユウキは落下の衝撃で銃が乱射されるのでは、と思ったが、銃は地面に一瞬、起立したかと思うと、そのまま横にどうと倒れただけだった。

「ユウキさん、銃、壊れてしまいましたわよ」

 クララが不満とも、ただの報告ともとれない口調で、ユウキに声をかけてきた。

「あぁ。そうだね。ポイントを消費して、もう一度出現させる必要……」


 そこまで言ったところで、轟音ごうおんとともに海が爆発した。あまりの凄まじい音と圧に、あわてて地面に腹ばいになる。その上から、海面からふきあがった水しぶきが、こちらの平原の世界に打ち上がり地面を濡らしはじめる。それと同時に地面に叩きつけるような勢いで、なにかが地面にぶつかってきた。しろいゼリー状のおおきな破片。

 それはバラバラに飛び散った『クラーケン』のからだの一部だった。木っ端のようにちぎれたクラーケンの破片が、上空にある地面に打ち上がってきていた。

「参ったな。一撃とは……」

 おもわずユウキが漏らすと、クララがそらの別の方向を指さした。

「ユウキさん。あれ!」

 あの『リヴァイアサン』の長い頭が、海のなかに沈むところだった。こちらの地面に付くのではないかと思うほど伸ばされていたリヴァイアサンの首が、ちからなく頭をたれて倒れていっていた。長い首はたちまち空の上の海のほうへ引き戻され、そのままゆっくりと沈んでいきはじめた。

「こっちまで、一網打尽でやれるものなのか?」

 ユウキが額をぬぐいながら、アスカの魔術の威力に感心した声をあげた。

 ヤマトがつながった首をさすりながら言った。


「だから、アスカじゃないと倒せないって言ったろ。ユウキ」

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