第227話 そのあとは思考がシャットダウンした
その瞬間、一番先頭の化物の体が、パーンと胸からはじけとんだ。
ヤマト・タケルのからだが宙に踊っていた。
クララはガトリング銃を上方にむけて、引き鉄に指をかけた。
「クララくん、よしたまえ。無駄弾だ」
ふいに横からユウキの声がしたかと思うと、クララの目の前に躍りでた。クララの盾になるようにして、サーベルを二刀流で構えた。クララがユウキにいまのことばの真意を問おうとすると、ユウキは襲ってきた半魚人を二体立て続けに斬り捨てながら言った。
「クララくん、よく見てくれたまえ。あれは半魚人ではない」
驚いて上空のそこかしこに目を走らせた。
半魚人のからだの下半身からなにか生えている——。というより、なにか長い触手のような先が、半魚人の上半身になっているという表現のほうが
クララは海の中から伸びている無数の白い触手の奥を注視した。
海のなかになにかいた。なにか白くおおきな、とんでもなくおおきななにか……。
「あ、あれはなんですの?」
「おそらく……、クラーケンだ」
そのとき、水面が『下側』にぐっと『盛り下がった』かと思うと、おおきなイカの頭、ひれの一部分が『せり下がって』きた。それだけで充分だった。十数メートルはあるイカの怪獣……。いや、触手までを含めた体長というなら、ゆうにデミリアンレベルのおおきさはあるかもしれない。
本当に『モンスター』だ。
「あれでは本体を倒すのはむずかしい。とりあえずしのぐしかなさそうだ」
そう言いながら、ユウキが三本の半魚人のついた触手を叩き切り、数本をいなした。
「弾丸を撃ち込めば倒せるのでは、ないですか?」
「あんな軟体動物に効くと、本気で思っているのかね」
「やってみないとわからないでしょう!」
クララはそういうと、ガトリング銃を真上に立てるようにして、引き鉄を引き絞った。一気に数百発の銃弾が、水のなかに飛び込んでいく。空の上の水面に土砂降りの雨のときのように、無数の波紋が
一瞬、水面が静まり返った。そういう気がした。だが一瞬ののち金切り声を思わせる悲鳴をあげて『クラーケン』が水面に飛びだした。あまりに突然あらわれたため、その頭部が海面から十メートルは距離をとっていたはずのクララにぶつかりそうになる。
「ちいぃぃ」
ユウキが直撃を避けるように、からだをひねってその頭部を斬りつける。想像以上のごつさにユウキの剣が途中でひっかかった。突き刺さったままのサーベルが一本、そのまま持っていかれる。
ユウキが追い討ちをかけようと、海面のほうへ飛び込んでいった。
「ユウキ、危険だ!」
叫んだのはヤマトだった。ユウキはそれを瞬時に受け入れ、スピードを緩めた。海面ぎりぎりで追い討ちを押しとどまったユウキの姿をみて、クララはほっとした。
下手をすると海に飛び込んでいたかもしれない勢いだった。
「ユウキさん。もう一回、弾丸を撃ち込みます。次で……」
クララがガトリング銃への銃弾ベルトの準備をはじめたとき、すこしむこうのほうの海面から、なにか黒いものがもち『下がって』くるのが見えた。数十メートルも離れた場所。簡単には近づかれない間合い。そんな油断があったのかもしれない。
目の端でとらえていたはずなのに、つい手元での弾丸装填に気を奪われた。
「クララ!。にげろ!!」
ヤマトが咽が引き裂かれそうなほどの叫びをあげた。クララが黒い影のほうに首を巡らせた。自分ではすばやく振り向いたつもりだったが、スローモーションのようにゆっくりした動作に感じた。
それほど想像したくないものが、そこにいた。
竜の首——。
首の近くにはビクビクとふるえるヒレがあり、背中には毒ヒレを思わせるほど尖った背びれ。喉元がぷるぷると震え、甲高い鳴き声をだして、目の前にいるクララを
リヴァイアサン——。
クララのあたまにふいに、この海のモンスターの名前が浮かびあがった。だが、それだけだった。クララはまったく動けなかった。
このモンスターは口からなにかを吐き出そうとしている——。
それはとても危険なものだ——。
だが、からだは動けなかった。上にむけたガトリング銃を抱きかかえて宙にういたまま身じろぎもできずにいた。
リヴァイアサンの口元がきゅっとしぼんだかと思うと、口先からなにかが飛び出してきた。
そのとき、目の前にふっと影が落ちた。
ヤマトだった。ヤマトがクララの前に飛び込んできたのが見えた。
だが、『リヴァイアサン』の口から放たれた攻撃が、ヤマトを正面から直撃した。
その瞬間、クララは自分の正面にいたはずのヤマトの、首から上がふっと消えたのがわかった。
え……?。
やがて地表面にぶつかると、軽くバウンドしてごろごろと地面を転がっていった。
なにが……?。
そのあとは思考がシャットダウンした。
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