第222話 タケル。なに興奮してるのよぉ。ホント子供ね

 フィールドに足を踏み入れるなり、たちまち平原に強い風がふきはじめ、ちょっぴりしかないはずの草木が大仰な音をたてはじめた。上に目をやると、それまでいでいた頭上の海原の|海面が、徐々に波打ちはじめた。再び大地に目をやる。

 死角になって隠れていた地面の穴から、敵がむくむく這いだしてきた。

「シモン、あれゴーレムかい。なんかガイコツが焼けただれてようなヤツにしか見えないけど」

「どうだろ」

 シモンがすぐさま空中にコンソール画面を呼びだした。

「あいつはゴーレム。名前は『ホワトス』っていうらしい。骸骨がいこつみたいな細い手をしてるが、硬くて力は相当に強いらしい。気をつけろ!」

 ヤマトはアヤトの忠告を聞き流した。まずはホワトスにむかって突進して、有無を言わさず一太刀目をふるった。

 ホワトスが剣をもった腕をふりあげる。その腕をぎ払った。ガキンと硬い音がして一瞬剣がとまる。

「こいつ硬い!」

「だから言っただろ。硬いって!」

 ヤマトが刃が食い込んだままの刀にむかって、念じるように言った。

「スキル発動。二の太刀、『一石二鳥』!」

 ヤマトの剣の剣先が猛烈な勢いでしなったかと思うと、次の瞬間、ホワトスの腕を切り落として、さらにからだを真ん中で断ち切っていた。

「おいおい。なんだよ、その名前は?」

 アヤトがヤマトのうしろから半笑いしながら訊いてきた。上空からはアイがいくぶん呆れ返った口調で言ってくる。

「アヤトさん。それって、タケルの考えた必殺技の名前ですって。いまどき『厨二病』じみたネーミング。まった格好わるったら……」

「なるほど、必殺技かい。はは、タケル、オレはそー言うの嫌いじやねぇぜ」

「アヤトさんまで?。まったく男の子って……」

 アイは呆れて肩をすくめたが、そのうしろを浮遊している鉄也おじは、にたにたと笑っていた。ヤマトは鉄也おじさんも昔そうだったのだろうと、すぐにわかった。今でも子供じみたことをするし、何よりもこのダンジョンに潜ることを教えてくれたのは鉄也おじさんだった。


 まじめ一辺倒の父なら、いくら精神力の鍛練に役に立つと力説しても、それなら『瞑想室』で心を落ち着かせたほうがましだと一笑にふされるのがオチだ。

 ヤマトが剣のスピードを倍にあげてホワトスをなんとか斬り伏せている真横で、アヤトは大剣の持ち味の『パワー』を最大限に生かしていた。剣の腹で突風を巻き起こし、ホワトスのからだを宙に舞いあがらせ、相手が無防備になったところを斬り伏せた。

 ホワトスのからだは砕けると、とたんに土塊つちくれにもどっていく。その土の一部が飛び散ってきて、うしろを行くヤマトの顔をふりかかってきた。おもわずヤマトが顔をふって、それを振り払った。

「おいおい、タケル。よそ見していると、ゴーレムどもを倒せねぇぞ」

 アヤトが軽快な口調でヤマトをからかった。アヤトはヤマトのほうに顔をむけ、よそ見をしながらも二体以上のホワトスを切り捨てた。

 腹立たしいほど余裕がある。

「シモン、あんたが先に倒しまくるから、ぼくの分、ほとんど残ってないんだよ」

「そんじゃあ、おれが全部ポイントゲットさせてもらおうかな」

 アヤトがにやつきながらヤマトを茶化すと、さらに数メートルむこうのホワトスに剣の竜巻をくれて、数体同時にはじき飛ばした。

 あまりにも武器と敵との相性がわるい——。

 上から攻めてやる!。

 ヤマトは上をみあげた。自分の真上でアイは水面すれすれを飛びながら、海のなかでおかしな動きがないかをじっとチェックしている。あまりに注視しているので、頭の先が海面につきそうだ。自分の役割をきっちり果たしているとはいえ、自分とアヤトの戦いには、とんと興味がないらしい。

「だったらシモン。ぼくはずっと先の敵を倒すからね」

 そう言うなりヤマトはぐっと足を踏みこみ、おおきく跳ね上がった。宙を舞ったからだがおおきな放物線を描く。頭上にある海の表面がぐんぐん近づいてくる。

 ヤマトは海面すれすれまでジャンプしたところで、浮遊モードに入った。真上で海面が揺れ、水しぶきが顔に跳ねる。

 ヤマトは平野を見下した。 

 アヤトはあいかわらず、手をゆるめようとせずゴーレムを破壊しまくっていた。だが、もう少し先のほうに先に到達できれば、そこから先は先んじてヤマトがポイントを独り占めできそうだった。

 ヤマトは興奮した。

 思わず「いくぞーー」と雄叫びをあげて、左腕を上に突きあげた。ズボッと腕が海面の中に入る。

「タケル。なに興奮してるのよぉ。ホント、子供ね」

 うしろを浮遊しているアイがあきれたような口調でたしなめてきた。

「アイ、言ってろ。今からシモンを挽回してやるんだから!」

 そう言って下方にむけて滑空しようとした時だった。海水に突っ込んだままでいた腕のまわりの水が不自然な動きをした。絡みつくような、吸い付くような感触。


 何?。

 ヤマトが海面を見あげると、そこに醜い顔があった。ぶ厚い唇に退化した目。魚のうろこを思わせるザラッとした肌。喉元にはえらが、頬の近くに広がったヒレがひらひらと動いていた。

 半魚人!!


 そう思った時にはもう遅かった。

 ヤマトのからだは頭上の海面からのびてきた無数の手に捕えられて、海中に引きずり込まれていた。

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