第217話 わたしに切り込み隊長をやらせて

「わたしに切り込み隊長をやらせて!」


 クララが一歩前にでながら、みんなにむかって言った。

 先陣を切ってあの電幽霊サイバー・ゴーストのゴブリン『トーポーズ』を倒すのは自分の役割だと、クララは心得ていた。自信があるわけではない。だが他の人と違って自分が数を圧倒できる武器をあてがわれているのは、そういうことなのだと薄ぼんやりと理解していた。

 それにクララには躊躇ちゅうちょする余裕などははなっからない。なにがなんでもここで自分の存在感を示さねばならないだけだ。

 実戦ではレイに圧倒され、勉強ではユウキとの差をつめられず、そしてヤマトタケルとツガうという『女』としての任務は、アスカに……完全にリードされている。


 クララの宣言にしばしの沈黙ができた。ヤマト以外のほかのメンバーは、お互い牽制けんせいするような目をむけていた。ヤマトが口を開いた。

「それでいい、クララ。だけどまずぼくが正面からおとりになって飛び出す。そのうしろから正面の敵を掃討そうとうしてくれ。そして、ユウキとレイは左右に分かれて両側の壁側から降りてくる敵を、アスカは後方から『雷魔法』でクララの討ち漏らしを潰していってくれ」

 その指示にはだれもが異論はなく、だれもが異論があるものだった。それはヤマト本人がいちばんわかっているのだろう、間髪をいれずに厳命した。

「ぼくとユウキ以外は、ぶっつけ本番だ。不安しかないと思う。だけど時間が惜しい。だから、敵を倒しながら戦い方のコツをつかんでくれ。さっきユウキが言っていたように、相手はバカでかいのと、数が多いだけが取り柄のただの『ゴブリン』級だ。きみたちデミリアンパイロットの『精神力』なら造作もなく倒せるはずだ」

 ヤマトのあまりにもなめらかな弁舌に、だれもが面喰らっていた。あのアスカでさえ、茶々をいれたり、つべこべ言うこともせず、押し黙っている。


「それで……いい」

 レイがあいかわらずのぶっきらぼうな口調でヤマトに返事をした。

「なぁに。危なくなったらタケルくんとぼくがきみたちをフォローするよ」

 ユウキはみんなを鼓舞こぶしようと、すこし軽口めいた調子でヤマトの作戦に応じた。

「ユウキ、安請け合いはいらない。わたしはあなたと真反対の壁側にいる。助けにはこれない」

 レイが正論をすっとユウキの前にさしだしてきた。ユウキはそれに対して抗弁しようとしたが、「わたしはひとりでなんとかする。それで駄目だったら、それだけの能力だったってこと」とフォローにもならないひと言で締めくくった。それはユウキを追い詰めているようだったが、レイは頓着とんちゃくなく自分の持つ大きな剣をぶんと振って感触を確かめはじめた。

 クララもそれにつられるように、自分の持つガトリング銃の細部をチェックすることにした。どうせ最初から腹は括れている。いまさら考え事をめぐらせてどうなるものでもない。それにクララにはいくばかりかの自信もあった。この『電幽空間サイバー・スペース』という特異なフィールドは自分の才覚を存分に活かしてくれるはずだ。

 私は霊感が強い。

 精神力の強さがこの空間での戦いを優位にする、というのなら、『霊感』をつかさどる『霊覚』は一種の精神力なのだから、この世界でなら、私のパワーを増幅してくれるにちがいない。 

 その証拠に私は電幽霊サイバー・ゴーストの出現をたちどころに見やぶったではないか。


「タケルさん。でます!」

 そう宣言するとクララはダンジョン・フィールドに足を踏み入れた。その昔は、最先端のビルや建築物を模して作られた「VRゲーム」のフィールドのメイン・ストリートだった場所。今は瓦礫がれきで埋め尽くされ、行く手を阻むだけの一本道。

 クララが地面に足をつけたその瞬間、ビリビリと静電気のようなものが足元を走った。それが合図だった。

 

 すぐ近くをうろついていたトーポーズが一斉にクララのほうを振り向いた。その数、ざっと三十体ほど。両側の壁に目配せすると、すでにそちらのトーポーズも行動をおこして、側壁から猛烈な勢いで駆けおりてきはじめているのが見えた。

 自分の正面にヤマトが飛び出すのがみえた。ヤマト、と認識した瞬間には、すでに正面のトーポーズの二体の首が宙に飛んでいた。トーポーズのからだから、鮮やかな黄色の血飛沫ちしぶきが噴き出し、中空に黄色の花を咲かせる。


 それが開戦の狼煙のろしになった。

 クララは走り出しながら、左端から右側にむけて、扇状おおぎじょうにガトリング銃の銃口をふった。パパパパパとけたたましい音がして、一気に銃弾が吐き出された。目の端に表示されている、自分のマナの数字が、みるみる300以上も減っていくのがみえた。

 クララはぞくっとした。軽く引き鉄を引き絞っただけで、この減数。自分の想定していた数よりずっと多い。いさましく先陣をかってでたが、命脈めいみゃくがつきるのも一番最初になるのではと、すこし足が震えた。

 が、その数字が今度は一気に反騰はんとうした。弾丸をうけたトーポーズどもが、ばたばたと地面に転がりはじめると、マナの数字が1000以上も加算されていく。

「なによ。ずるいじゃない、クララ」

 まずはアスカから『不満』の先制パンチが耳朶じだをうった。こちらは敵のまっただなか、最前線に放り出されているというのに、いい気なものだ。

 クララは走るスピードを緩めないまま、さらにその先にいるトーポーズに弾丸を撃ち込む。おもしろいようにトーポーズが飛び跳ねていく。

「だったら、アスカさんも一発かましてみてはどうです?」

 クララは『挑発』のカウンターで応酬した。自分のポイントが猛烈な勢いでカウントされていくのが目の端にはいってくれば、そんな軽口も叩いてみたくなるというものだ。

「クララ、あんたボカぁ。あたしが攻撃魔法を詠唱しようとしてるのに、あんたたちが倒すのがはやくて間に合わないでしょうがぁ」

「それはおあいにくさま!」

 そう言ってクララがさらに銃弾をはなった。だが、今度はほとんどの敵が倒れなかった。一気にマナが300減っただけになった。

『倒れない?』

 倒せなかったトーポーズたちが正面に迫ってくる。顔やからだに傷は負っていたが、その攻撃性は微塵みじんも衰えていないようにみえる。

 追い討ちでもう一度銃弾を撃ち込んだほうがいい?。

 一瞬の判断の迷いだったが、正面から飛び込んできたトーポーズはもう目と鼻の先にいた。先頭のトーポーズは武器をふりあげて、こちらにむけて振り降ろすところだった。醜い顔をさらに醜くゆがませ、牙をむいた。


 一瞬の、たった一瞬の判断ミス——。


 

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