第190話 弐号機をロストしたわ。あたしのミスよ

「嘘でしょ。タケル」

 アスカの歔欷きょきするような叫びが室内に響いたのに驚いて、沖田十三はサンドウィッチをつくる手をとめた。

「どうされました?」

 十三はアスカのモニタ画面に顔を映しだして尋ねた。

 だが、アスカは画面上の十三に返事をせず、いきなり『リアル・バーチャリティ』装置のゴーグルを上にはね上げて外すと、装置の前にいた十三に直接顔を近づけるなり怒鳴ってきた。

「どうも、こうもない。タケルがクロロと手打ちをしたのよ」

 十三はそのクロロなる人物を会話のなかでしか知らないため、なにがどうなっているかわからず、とりあえず困った表情を装ってアスカの怒りへの返事にかえた。

 アスカは怒りがおさまらないという表情で、つかつかとヤマトが座っている装置のほうへ近寄ると、いきなりヤマトのゴーグルの片側を斜めに持ち上げた。おかげでヤマトの右目にはこのむさくるしい隠し部屋、左目には、輸送機の倉庫に降り立ち、チャンバー方向へ走っていくユウキのうしろ姿がばらばらに見えている。

「アスカ……」

 ヤマトがなにか抗弁しかかったが、アスカはヤマト右目に、自分の目を突っ込むほどの勢いで近づけて睨みつけた。

「タケル。あたしは、クロロと手を結ぶのは反対よ」

「いや、しかし……今は……」

「いいわ、あなたの命令には従う。でも、あたしがこの時、反対していたこと、忘れないでいてね」

「あぁ。わかった」

 ヤマトが気圧けおされた表情のまま、目で頷くと、アスカは掴んでいたゴーグルの片側を元に戻した。

「なら、いいわ」

 吐き捨てるようにそう言うと、アスカは今度は十三の元へやってきた。

 

「十三、『弐号機』をロストしたわ。あたしのミスよ」

 開き直っているような口調だった。いつものことだと十三は気にも留めなかった。


「ごめんなさい」

 そう言って、アスカがぺこりと頭を下げた。

「え?」

 迂闊うかつにも十三は虚をつかれて、まぬけな声をあげてしまった。あのアスカが平身低頭で詫びる姿、というのは、自分の頭のなかにインプットされていない。十三があわててなにか気の利いた答えを言おうとしたが、すでにアスカは壁のモニタのほうに目がむけていた。

 そこに重戦機甲兵たちに一斉射撃を浴びて、空中で跳ね飛びながらちていく『弐号機』の姿があった。なんの抵抗も試みることなく、一方的になぶられている姿を、アスカはぎゅっと拳を握りしめてじっと見ていた。

 当然の結末だった。

 パイロットが操縦を放棄して、今ここに立っているのだ。

 だが、それはアスカの本意ではなかったのだろう。その手に悔しさがにじみ出ていた。

 十三は声をかけようかとしたが、ことばが出てこなかった。気づけば、自分自身もいくばかりか悔しく感じている。あの機体を闇ルートから極秘裏に入手して、リストアさせるのに、相応の時間と苦労があったのを思い出した。

 搭乗前は散々悪態をついていたが、そのことをアスカもわかっているのだろう。

 だからあの謝罪なのだ。それがパイロットとしての矜持きょうじでもあるにちがいない。


 モニタから突然強い光が瞬いた。

 落下していた『弐号機』が、国連本部の高射砲の一斉射撃を受けて、空中で爆発を起こすのが映し出されていた。火花と炎が夜空に四散して、あたりのビル群を照らし出していた。


 十三は最後まで見ていられず、モニタから目をそらした。

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