第170話 タケル君、あなたなにかたくらんでいる?
終業のベルが鳴り、教師が居心地悪そうにそそくさと教室を去ると、レイが突然、草薙に話しかけてきた。
「草薙大佐、パイロット・データの移送、誰が指揮するの?」
「聞かされてないわ。わたしは部署がちがうから」
少々つっけんどんな返答だったのだろうか、アスカがちょっぴり皮肉めかせて口を挟んできた。
「あら、草薙大佐ともあろう人が、蚊帳の外なんて意外じゃないの」
「そう?。わたしは助かってるわ。あなたたちの命を守ること以外の仕事、これ以上増やされてもね」
「も、もう、襲われやしないわよ」
アスカが気まずそうに否定したのを聞いて、草薙はすこし考え込んでから言った。
「そうだとありがたいわね。あんな思いをするのは二度とごめんだわ」
「で、でも、あたしもヤマトも無事だったわ。草薙大佐だって……」
「いいえ。私は9人もの兵士と憲兵隊の隊員を死なせてしまった。あれは私の判断ミス……」
「悔やんでも悔やみきれない」
それは本心だったが、こんな場で、警護対象の少年たちを前に、吐露すべきことではなかった。つい口をついて出てしまった言葉が、やけに舌に苦く感じた。
「草薙大佐。リョウマのパイロット・データの輸送は、宇宙経由の可能性が一番高いって聞いていたけど……」
なんとなく消沈した空気を払拭しようとしたのか、ヤマトが助け船をだしてきた。
「まぁ、いままでの実績上、最重要機密だからそうなるでしょうね」
そのことに興味が湧いたのか、レイが 訊いてきた 「なぜ、ネットワーク経由で送らないの?」
草薙はレイのほうに向き直った。
レイらしくない質問だ。こんな基本の『キ』を訊いてくることは、デミリアンのパイロットとしてはありえない。なにか別の意図があるのではないかと草薙はいぶかった。
「レイ、パイロット・データには、絶対座標のマーカーが埋め込まれているのは知ってるでしょ」
「えぇ。知ってる。強力なプロテクトで絶対に複製を作れないし、万が一、ネットワーク上にデータを流出させても、絶対座標のマーカーがデータの位置を知らせ続ける」
「そうよ。つまり、もし、ネットワーク上にデータが流出して、悪意のある何者かがその絶対座標を特定したら、データがどこにあるかが特定されてしまう。それはデータを他のデバイスに移し替えようとも、『瞑想室』のような『全データ波遮断装置』に突っ込もうとも、深海に沈めようとも追跡が可能になるということなの」
「草薙大佐なら、そんな危険な真似はしない?」
ヤマトが脇から草薙へ問いかけてきた。毎度のように、こちらの力量を値踏みしてくるような詰問だ。
「えぇ。それがどんなデータであっても、『最重要機密』であることを、みずから言いふらすような真似はしたくないわね」
「似たようなダミーデータを同時に送ったら、どれが本物かわからないでしょう」
レイが草薙に提言したが、すぐにそれを否定した。
「レイ。すくなくとも私は、警護も付けずにデータを送り出す勇気はない。現物を直接輸送する方法なら、すくなくとも警護はつけられる」
「は、25世紀になっても直接手渡しが一番安全だなんて、思いもしなかったわ」
アスカは草薙の見解に意見してきたが、そう言いたくなるのも理解できなくはない。
「となると、この基地から輸送船を宇宙に打ち出して、スイスの国連軍基地のすぐ真上の宙域から降りてくる、っていうことになるのかな?」
ヤマトが空中に地図と見取り図を呼び出して、中空を操作しながら言った。
投影された画面には、地球連邦軍の日本支部から飛び出したロケットが、宇宙を数周してからスイス上空で大気圏に突入するルートが、シミュレーションイメージで描き出されている。
草薙はそのようなイメージ映像を用意しているヤマトの周到さに違和感を覚えた。
「なにか企んでる?」
草薙はふいをつくような問いかけをヤマトに投げかけてみた。ヤマトは操作をしている手を動かしながら、ばかばかしいと言わんばかりに、軽く肩をすくめてみせた。
「単なる興味心だよ。草薙大佐の監視をくぐりぬけて、なにかできるとでも?」
草薙は、それももっともだ、と思って、それ以上追求するのはやめたが、どうにもなにかが引っかかって仕方がなかった。
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