第132話 神がかったタイミングでないと当たるわけない


「神がかったタイミングでないと当たるわけない」

 日本国防軍とのシミュレーション訓練の最終日にヤマトが吐き捨てるように言った。

 レイは今さらになって、そんなわかりきったことを、なぜヤマトが言いだすのかが不思議でしかたがなかった。

「なぜ今ごろになって、そんなこと言うのよ」

 同じ疑問を抱いていたらしく、アスカが詰問するような口調で言った。

「結果が証明しているだろ。シミュレーションを五回行って、一回しか成功していない。アトンの針の攻撃を仕掛た瞬間に『移行領域』のむこうに一発でも弾を撃込むなんて、やっぱり無理だ」

「だったら、それをブライト司令に言ってくる」

「待ってよ、レイ。そんなことしたら、今日までやってきた訓練が台無しじゃない」

「でも、絶対にうまくいかないんでしょ」

「それでもよ!」

「私は勝てないとわかっている作戦なんかにかかわりたくない。時間がもったいないから」「わかってる。だから合同訓練のあと、ぼくたちだけで、別のプランの戦い方を練ってるんじゃないか」

「じゃあ、最初から私たちだけでやればいい」

「レイ、あんた、ボカぁ、それじゃあブライトの面目まる潰れじゃない!」

「それがなにか?」

「なにかって……、あんたねぇ……」

「アスカ、あなたの命はあの人の面子のため、うしなっていいほど軽いものなの?」 

 アスカはそれを正論とうけとめたのか、軽いため息をつくと、そのまま黙りこくった。

 ヤマトがレイの目を正面から見つめて言った。

「こちらの世界と亜獣を隔てる見えないベールが晴れるのは、わずか0・1秒にも満たない。レイ、前回、君が亜獣に攻撃できたのは、万に一つの偶然なんだ。それを再現するのは奇蹟だ」

 あまりのヤマトの剣幕に、アスカが黙っていられなかった。

「でもさっき、最後の一回は見事成功したじゃないの!」

 ヤマトは額に手をあて、少々困ったように顔をなでまわしていたが、意を決したように言った。

「あれは……、あれは、たぶんブライトが細工した……」

「ちょっとぉ、細工ってなによぉ!」

 アスカの反応はおどろくほど早かった。

「最後の一回だけ、一秒ちかく猶予があった。本物の亜獣相手なら絶対にうまれるはずのない隙だ。日本国防軍に花を持たせたかったんだろう」

「花ぁ?、だとしたらレイの言う通りね。その花のために、あたしたちの命を危険にさらすのは御免だわ」

「一秒あれば、倒せるの?」

 レイはヤマトに尋ねた。ヤマトは唐突な問いかけに感じたのだろう、少々面くらったような顔つきになっていた。

「たった一秒、かせぐことができたら、あの人たちの攻撃は当たるの?」

 レイはもう一度、念をおした。

「あぁ、たぶん……、たぶん倒せると思う」

 ヤマトはちょっと自信なげだったが、レイにはそれだけで充分だった。

「じゃあ、あたしがその一秒をつくりだす」


 あの時、ヤマトはどうやって?とは訊いてこなかった。


 だがレイはできるはずだと確信していた。そう私の中に眠る『誰か』が囁いたからだ。

 

 今、レイはその『誰か』が伝えてきた通りに行動した。

 レイは指二本をひっかけていた「万布」のロープから指を離した。支えをうしなったセラ・サターンの体が前に傾いていく。手も体も動かせないため、何の受身もとれない。

 レイは衝撃に備えて、シートに座ったままぐっとからだを踏ん張った。

 セラ・サターンが地響きをたてて顔から地面に倒れた瞬間、日本国国防軍が放った光線や弾丸がアトンの体に着弾し、けたたましい音とともに破裂した。

 アトンのからだの周りは、おびただしい量の光と煙に包まれ、一瞬にして姿が見えなくなった。

 レイは前方のメインモニタの映像に目を凝らした。

 アトンを上空から映した映像。あれだけの攻撃を浴びながらアトンは、なんの損傷も受けていなかった。

 それは一発たりとも『移行領域』の隙間をすり抜けられなかったということだ。

 やっぱりヤマトの言うように、神がかってくれなかったようだ。

 どこからか、誰かの、ダメか、という落胆の思念が頭に伝わってきた。瞬く間に、その落胆の思いが何人もに伝播しはじめ、大きなネガティブな感情となって反響しはじめた。

『攻撃を緩めないで!』

 レイが思念送波用の外部デバイスに向けて一喝した。力強い思念が兵士たちの思考のなかに一気に広がっていく。

『万布!』

 今度は万布にむけて命令を送る。

 先ほどまでアトンの首を締めあげていたロープが、その首元からスルリと滑り落ちながら、一枚の長方形の布に変化していく。万布は初期状態の布の形に戻ると、デミリアンのからだに沿ったまま首から胸に滑り落ちはじめた。

 青みがかった万布がアトンの胸から腹のほうへ落ちていく。

『ボール!。前に飛び出して!!』

 レイが叫ぶ。

 アトンの腹のまんなか付近で、万布は瞬時にくるっと丸くなると、そのまま前に跳ね飛んだ。青いボールが『移行領領』のベールをすり抜け、前方にポーンと飛び出した。

 『移行領域』への穴が開いた瞬間だった。

 日本国防軍がアトンにむけて放っていたあらゆる弾丸や砲弾、光線兵器が、その穴をすり抜け、一斉に着弾した。

 

 一瞬ののち、そこにはもう何もなくなっていた。

 亜獣アトンは、腹から上が消しとんでいた。耳をつんざく爆発音は、あとからやってきた。それほどまでに、あっという間のできごとだった。

 とびちった肉片がびちゃびちゃと音をたて、こちらの世界のビルや道路に降り注ぎはじめた。アトンの足元に伏臥したまま動けずにいるセラ・サターンの背中にも、当然のように肉片や青い血が降りかかってきた。

 レイは思わず声を漏らした。


「気持ち悪い……」

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