第53話 残念だったね。本物はまちがわない

 操られたふり、というレイのことばを聞いた神名朱門かみなあやとが、驚きの表情をヤマトにむけた。

「お、おまえ、どういうことだ」

「言ったろ。ちょっとした余興だ。おかげで、ほら、動けるようになった」

 ヤマトは、アヤトの前で両手をぷらぷらと振ってみせた。

「アヤト兄ぃ、すまないな、騙して。さっきのは、ぼくのまちがった記憶だ」

 

 ヤマトは昨夜のレイとのやりとりを思いだした。

 ラウンジのソファにむかいあって座っているレイが、ペーパー端末をまさぐっていた。

時間はすでに23時を超えていて、自室に戻らなければならない時間だった。すでにふたりっきりで、3時間以上もここに座ったままでいる。

 レイが端末のスクロールをとめて、端末に目をむけたまま訊いた。

「神名朱門とはじめて、ふたりだけで戦った亜獣の名前は?」

「アクロバン」

「あってる」

 ヤマトは額に手をやった。

「すまないな、レイ。キミのはすぐにいくつも見つかったのに……」

「気にしないで。わたしは、自分で覚えてないことが多いだけ……」

 ヤマトはレイを見つめた。亜獣対策のためとはいえ、こうやってお互いの秘密をカミングアウトしあって、レイという人物が徐々にかいま見えてきていた。最初に出会ったときに、なぜ、自分がレイにレッテル貼りしきれなかったか、ということも、なんとなくわかってきていた。レイの生い立ちに同情するのは、おこがましいとは思ったが、自分とはまたちがう過酷な生き方を強いられて、それを乗り越えてきたと考えると、一種の頼もしさすらおぼえた。

 レイはヤマトに見つめられていることなど気にする様子もなく、端末を一心に操作していた。

「じゃあ、次、いくわ」

「神名朱門とあなたが、ふたりで名乗っていたチーム名は?」

「愚連隊」

 レイがつぎのページを探ろうとペーパー端末をめくっていた手をとめた。

「ちがう……」

 ヤマトは天井を仰いで大きくふーっと息を吐くと、からだを前にのりだし、左腕をレイのほうへさしだす。

「これでやっと5個目」

 レイはヤマトがつきだしてきた左腕を掴むと、前かがみになって、油性マジックペンで答えを書き記しはじめた。ヤマトはすこしくすぐったかったので、それを紛らわすようにレイに小声で言った。

「レイには、ぼくの過去をずいぶん知られちゃたな」

「わたしのも、ずいぶん知られたわ」

「ごめん。恥ずかしい……よね」

「いいえ、ちっとも……」

 レイはヤマトの腕を掴んでいた手を離しながら、ヤマトを見つめた。

「お望みなら、もっとほかも晒してもいいわ」

 ヤマトはすこし恥ずかしくなって、あわてて横に首をふった。

「あ、いや……、次の質問、頼むよ」


 ヤマトが目を開いた。

「幻影は、ぼくの記憶をさぐって、アヤト兄ぃになりすましてくると予想していたよ」

「だからあらかじめ、偽の記憶を念じて事実をゆがめることにした。さらに自分の記憶間違いを利用して、呪縛から逃れられるように細工もしておいた」

 アヤトの顔にあきらかに戸惑っている表情が浮かんでいた。

「さっき、アヤト兄ぃは、『おれたちふたりは愚連隊』って言ってたね」

「わるいね。あれ、ぼくの記憶ちがいなんだよ」

 ヤマトは操縦桿から手をはなすと、ジャケットの左袖をまくしあげ、上腕をアヤトのほうへむけた。そこにはレイがマジックで書いた文字が、いくつか並んでいた。

 お世辞にも上手とは言えない筆跡で、『3回』『シナガワ』『ホットかき氷』『フェネックキャット』『3A棟の看護婦さん』『シナモン寿司』という意味不明の単語。

 ヤマトはそのなかの一文字を指さした。

 そこには『ぐれんだん』とあった。

「残念だったね。それはぼくの記憶ちがいから出てきた嘘の情報だ。アヤト兄ぃ、本物はまちがわない」

 アヤトがうろたえながら、なにか抗弁しようとしたが、ヤマトは一喝した。

「茶番はおしまいだ。うせろ偽物!!」

 

 そのつよいことばに、偽のアヤトがなにかを抗弁しよう口を開きかけたが、そのまま粒子状にパーッと弾けとび、その場からたちまち霧消した。

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