第33話 こいつ殺していい?。だれか責任者が命令して!。

 コントロール回路を切断したはずのセラ・プルートが動き出したことを伝えられたレイの動きは俊敏だった。前にいるアスカの機体を横に突き飛ばすと、プルートに体当たりして、地面に押し倒し馬乗りになった。突き倒したアスカの様子が気になってちらりとモニタを見ると、アスカは自分が倒されたことに気づいていないほどの放心状態になっている。このセラ・プルートは自分ひとりで制圧しなければならない。今のアスカでは役に立たないどころか、足手まといにしかならない。現状を咀嚼そしゃくするだけで精いっぱいの彼女に、今はなにかをさせるべきでもない。

「セラ・プルートを倒したわ。ブライト、次、どうすればいい?」

 レイは自分でも驚くほど大きな声で司令室の指示を仰いだ。

「ひとりじゃ無理よ。アスカも加わわらないと……」

 司令室から、リンが叫んできた。

「そんなのわかってる。でも今は無理」

「わたし一人でできることを指示して」

 レイは司令室から発せられる指示に耳をそばだてた。ヤマトが叫んだ。

「レイ、リョウマを殺せ。コックピットの中に刃を突き立てるだけで済む」

 そのことばに司令室にいる全員の顔が、みるみるこわばっていくのがモニタ越しでも感じ取れた。

「わたし、あなたに聞いてない」

「だれか責任者が命令して!」

 だが、誰もなにも言ってこなかった。

 レイはヤマトが言ってきた方法をとるしかないと腹をくくった。

「今から、これを刺し殺します」

 いつの間にかリョウマのことを『これ』呼ばわりしていることに気づいた。だが、どう言えばいいのだろう。もうそこに見えているのは、コックピットにいるのは『これ』としか表現しようがない『何か』なのだ。しかも、これは亜獣と化す可能性がある。そのまえに、今こうやって組み伏せている間に、命を絶つのが最善の策なのは間違いない。

「レイ、ばかなことをするな!」

 薙刀を逆手に持ち替えようとした矢先、それまで沈黙を守っていた司令室からブライトの怒号が飛んだ。

「今、ここで、こんなところで、パイロットを失うわけにはいかない」

 その横からヤマトがブライトに食ってかかるのが見えた。

「このままだとデミリアンもうしなう!」

 レイはどうでもいい対立に苛立っていた。

「はやくしないと、これが目覚める」

 組み伏せているセラ・プルートに目をやる。プルートはぎょろりとした目でこちらを見ていた。

 しまった、と思った時にはすでに遅かった。ものすごい力で跳ね起きたプルートに、上に乗っていたサターンの機体は吹っ飛ばされていた。なんとか踏ん張ろうとしたが、そのままうしろに転がされ、アスカのセラ・ヴィーナスに激突した。

 だが、レイは体勢を崩しながらも、すぐに中腰の体勢で踏みとどまり、すぐに次の攻撃に備えて身構えた。自分のすぐうしろで尻餅をついているアスカにむかってレイが叫ぶ。

「アスカ、立って!」

 レイは自分ひとりでも手いっぱいの状態に追い込まれたと判断していた。ここから先はアスカに安穏とさせている余裕はない。

 目の前に亜獣がいた。上半身を大きく前につきだして、今にも飛びかかろうという前傾姿勢。顎をおおきく開いて、むきだしの歯をいびつに歪ませ、その隙間から涎とも思える液体をだらだらと滴らせている。

 レイは薙刀を本来の長さまで延ばすと、目の前のリョウマにむけて構えた。これは差し違えてでも止めなければならない化物だと感じていた。妹のアスカにはこの戦いに参戦させるわけにはいかない。レイは覚悟を決めた。

「ブライトさん、こいつ殺していい?」

 レイは静かな口調で司令室に問うた。だが、返事がなかった。

「こいつ、殺していい?」

 もう一度、反芻した。一瞬ののち、ブライトの鎮痛な面持ちの映像が目の前に現れた。

「あぁ……、レイ、許可する」

 そのことばを聞き終える間もなく、レイはプルートに飛びかかろうと足を踏みだした。が、肩口を強い力で押さえられて動けなかった。ハッとして後方を映したモニタを見ると、アスカのセラ・ヴィーナスが自分の機体の肩に手をやり、うしろから押さえ込んでいた。

「アスカ、離して」

 アスカはなにも言わなかった。うつむいたまま、ただ手だけを伸ばしてレイを行かせまいとしていた。レイはアスカの手を荒々しくふりはらうと、リョウマのほうへ向き直った。

 そこにセラ・プルートの姿はなかった。

 レイはあわてて周辺地図のデータで、プルートの姿を探した。だが、どこに行ったかわからなかった。



 あれだけの巨体が一瞬にして目の前から消えていた。


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「消えた?」

 たった今、断腸の思いでレイに命令をくだしたばかりのブライトには、目の前で起きたことが夢のように思えた。いやそう言うなら、その光景だけでなく、今日起きた一連のできごと事態そのものが夢のようだ。

 しかも、とびっきりの悪夢だ。

 ブライトがミライのほうに向かって確認した。

「ミライ、今、何が起きた?」

「セラ・プルートが消失しました」

「それはわかっている、どこにだ!」

「わかりません」

「ブライトさん、移行領域トランジショナル・ゾーンのむこうだよ」

 うしろからヤマトから投げ掛けられた言葉に、ブライトがふりむくと、ヤマトはあからさまに落胆した様子をこちらにむけて立っていた。

移行領域トランジショナル・ゾーン……。どういうことだ、ヤマト。なぜ、セラ・プルートがあちら側に行けるんだ」

「それは……」

 いつもずけずけという物言いをするヤマトが言いよどんでいる。ブライトは足から力が抜けていくのを感じた。がくがくと足が震えそうになる。ブライトはすがる思いで、リンのほうへ顔をむけて助けを求めた。

「リン、どういうことなんだ?」

 リンは語らずともすでに答えがでているような青ざめた顔色で力なく答えた。

「わからない……。でもあの機体はもう使えないのは確か」

 ブライトは今度はエドに答えを請うた。だが、エドは声をかけられてもブライトの方を見ようともしなかった。鼻梁に指をあてたままなにか思索にふけっていた。いや、そういうふりをしていた。そうブライトには見えた。

「エド、答えろ!」

 ブライトが声を荒げた。エドはしぶしぶ顔をあげると、声を震わせながら答えた。

「認めたくありません、ぼくは……」

「でも残されたヴァイタルデータや、体液などの生体データが、別物に変化しているんです……」

「それはどういう意味だ?」

 エドは意を決した顔つきで、ブライトを正面から見据えて言った。

「ヤマトくんの言う通りです。あれは……、セラ・プルートは……」


「100番目の亜獣になりました」

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