第17話 本気には本気で返す それだけのことだ

『亜獣を狙撃した?。どういうことだ』

 リョウマが放った銃弾はすくなからずヤマトにショックを与えた。『移行領域トランジショナル・ゾーン』を突き抜ける飛び道具など見たことがなかったからだ。

 移行領域に手を伸ばすにはデミリアンのからだから生み出される特別な粒子を体中からかき集めて、武器や指先などの先端部分に集約させなければならない。その力はデミリアンの身体から一瞬でも離れたらたちまち力をうしなう。先日のサスライガンの戦いでは、ソードを持ち替えただけで、どれほど危険な目にあったか。

 それが、はるか数百メートル離れても力をうしなわないというのはどう解釈すればいいのだろうか。


「ソードのほかに銃を使っていけないって誰が決めた?」

 声のほうをふりむくと、アルがゆっくりと部屋にはいってくるところだった。

「わりぃな。あの銃には『Gウィープ素子』ってーのが使われているんだよ」

 ブライトがぶっきらぼうな口調で補足した。

「火星基地で開発された新型の伝達増幅物質だっていうことだ」

 ふたりのほうに近づいてきたアルが、やけに上から目線の調子で言った。 

「すまねーな。おまえのソードに使われているモンたあ、このGウィープ素子はレベルがまったく違うんだよ」

 アルの悪い癖が出てきた。こういう言い方には我慢ならなかったので、ヤマトはすぐに話しを核心に斬り込むことにした。

「そいつは何秒、キープできる?」

 これから鼻高々に説明を披瀝しようとしていた意気込みを削がれて、アルは気分を悪くしたような口調になった。

「あぁ、そうだな、悪くても2秒、条件によっちゃあ5秒程度は……」

「弾丸なら充分な時間だ」

「あぁ」

「アル、その『Gウィープ素子』っていうのをぼくのソードにも使えないのか?」

「タケル、安心しろ。製造中の新しいソードに搭載しているところだ」

 ヤマトは自分で自分の顔がゆるむのを覚えた。こんな朗報を聞いたのは、いついらいだろうか。たった数秒のアドバンテージがおそろしいほど価値がある戦術を産みだす、と考えると、心が踊る思いをおさえることができない。アルが去り際に「おまえがソードをどこかに無くしまったしな」と皮肉を言ってきたが、余裕で無視できるほどだった。

 ブライトが、改まった口調でヤマトに訊いてきた。

「ヤマト、今の戦いをどうみる?」

「そうだね。悪くないと思う。三人の連携がうまく行けば、実戦でも充分に戦力になる」

 ヤマトは弾むような声で答えた。こんな気分が良い時にはつい饒舌にもなるものだ。ブライトにちょっとしたリップサービスをするのも悪くはない。

「ほう、彼らは使える、と?」

 ポジティブな意見はブライトにとっても予想外だったのか、身体を乗り出すように訊いてきた。

「そうだね。三人一緒に、っていう前提はつくけど、まちがいなく使えるよ」

 ヤマトは耳に心地よいことばをダメ押しで、もう一波ひとなみ、ブライトへ送った。実際、彼ら三人の連携は悪くないし、レイの反応速度やアスカの攻撃の間合いなどは、ヤマトが予想していたものよりも実戦に則していると思えた。半分は本当だ。

「そうか!」

 ブライトは嬉しさを我慢しきれず、やおら立ちあがって言った。彼の表情には、意外なほどの自信と決意のようなものが感じられた。

 あの三人が使えるなら、ヤマト、おまえは『用済み』だ。

 顔にそう書いてある。

 だが、ヤマトはあえてそれを無視した。なぜなら、ひさしぶりに高揚感を感じて、自分で自覚できるほどに浮かれているのだ。せっかくの気分を些細なことで台無しにするのはもったいない。

 ヤマトはブライトにむかって心の中で一言だけ呟いた。

『連携が崩れた時は、まちがいなく全員死ぬけどね……』  


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「すごい!」

 リアル・ヴァーチャリティルームに足を踏み入れたリョウマは、月基地とは違うそのスケールに思わず声を漏らした。体育館ほどの広さに最新型の装置がズラリと並べられている。うしろのドアからタケルが入ってきたのがわかったが、興奮は抑えられなかった。

「ヤマトくん。さすが国連軍日本支部だね」

「これだけのリアル・バーチャリティの機材が揃っているのは、はじめてだよ」

「いや、ここならだれにも聞かれずに話ができる、と思ったから指定した」

 リョウマは失礼だと思ったが、落胆の色を隠さずに言った。

「それはないんじゃないか」

「目の前に世界中どこでもいける扉が開いているのに……」

 ヤマトはその訴えにはまったくとりあわず、リアル・バーチャリティの椅子が向いあって並んでいる一角にすたすたと向い、指をパチンと鳴らした。すーっとその一角を白い光のような膜が覆いはじめた。

「リョウマ、『スペクトル遮膜』が閉じちまう。こっちへ」

 ヤマトに促されるまま、リョウマはゆっくりとヤマトの近くにいくと、片方の椅子に腰をおろした。ものの20秒ほどで周りだけでなく天井までが白い光に囲われて、まわりがまったく見えなくなった。

「これで、光も音も声も外に漏れることはない。思念は通すけど、ぼくらには関係ないしね」

 ヤマトはリョウマとは反対側の椅子にドスンと腰を落とすと口を開いた。

「昨夜、レイと話をした」

「レイと?」

「あの子は、自分は母親を殺した、と言っていた。どういうことか知っているか?」

 リョウマは小刻みに頭をふった。

 またあの話だ。あれほど他人に口外しないように諭しても、レイはどうにも意に介さないらしい。二週間ほどしか経っていないのにもうヤマトの耳に入れてしまっている。

 仲間とはいえ、まだ知りあって日が浅い人間に、どこまで打ち明けていいのか思案した。

「本人がそう言っているのは知っているよ」

 リョウマはゆっくりと、ことばを選ぶように話しはじめた。

「レイは母子家庭でね。かなり貧しかったらしい。なにせ22世紀に建てられた老朽化したマンションに住んでたっていうしね」

「ちょっと想像つかないな」

「母親は心を病んでいて、レイには辛くあたったらしくて……。それでも救急隊が駆けつけた時、レイは母親からは離れなかったらしいがね」

「救急隊?」

「あぁ、母親が自殺したんだよ。レイの傍らで、『テロ・ブレイカー』を使ったらしい」

 ヤマトの顔が驚きに歪むのがわかった。

 それはそうだろう、とリョウマは思った。だれが聞いてもこの話しには息を飲む。

『テロ・ブレイカー』を使ったとなれば、だれもがその現場がどれほど凄惨だったか、容易に想像つくからだ。

「つ、つまり、レイは母親を殺してはいないってこと」

「本人は殺した、と思っているんだろうね。まだ幼かったそうだから……」

 リョウマはヤマトがその状況を想像して、厳しい表情になっているのが意外だった。世間から『ミリオン・マーダーラー』と揶揄やゆされている男が、人の身の上話に、驚くことはあっても、考え込むなどというのは似つかわしくない。

「本当かどうかは別として、ぼくはとてもシンパシーを感じたよ」

「君が?」

「あぁ、ぼくは父のことが嫌いだったからね」

「いや、正確に言えば、ぼくらと母さんを見捨てた父が許せなかったからね」

「きみも自分の父親を……」

「あぁ、自分で手にかけられれば、どんなに楽だろうって思う時がある」

 ヤマトがじっと自分の顔を見つめているのに気づいて、リョウマはあわてて手を前でふって否定した。

「いや、ぼくはそんなことをしないよ、もちろん」

「でも、父親には復讐したいと考えているよね」

 リョウマはドキリとした。言い当てられたわけでない。ヤマトの人の心のなかを見透かすような目つきが、リョウマをなぜか不安にさせた。

 現在では、自分の思考を、許可した人たちの間で直接共有させる『ニューロン・ストリーマ』を使うことは茶飯事になっているので、心のなかを覗かれることへの抵抗は薄れてきている。自分たちにはその能力はないが、機能を外部から与える代替装置を使って訓練しているので、今さら心を見透かされる、ということに、それほど拒否反応はないはずだった。

 だが、機器を通じて共有する表層の『真理』ではなく、共有不可なはずの深層心理までヤマトの目は読み取ったかのようだった。リョウマは早々に観念した。

「あぁ、父は見返してやりたいと願っている。それがぼくの復讐だ」

「だから、今回の任務に着任できたのは、すごいチャンスだと思っているんだ」

「死ぬかもしれないのに?」

「あぁ、わかっている。でもいつかマスコミやネットワークでぼくの名前が知られれば、父もぼくのことは無視できなくなるだろ」

「いっぱい人も死なせるよ……」

「いや、殺すよ」

 リョウマはヤマトがわざと言い直したのがわかった。彼はぼくを試そうとしている。

「わかっているさ」

「それを恐れていたらヒーローになんかなれない」

 いや、もし亜獣を倒したとしても、人の命をたくさん奪った結果なら、それはヒーローと呼ばれるに値するのだろうか……。

 リョウマはハッとした。いつの間にか手が震えていた。ヤマトがその手を見つめている。

リョウマはあわてて、もう一方の手で震えを抑えようとしたが、そちらのほうの手も震えていてうまくいかなかった。

「ご、ごめん、気持ちは前向きなつもりなんだ。でも……」

 突然、ヤマトが両腕を頭のうしろで組んで、あきれかえったような表情をうかべた。

「そんな時はさ、現実逃避するのが一番だな」

「え?」

「せっかく、リアル・バーチャリティ装置に座ってるんだ。どこぞの街中にでも繰り出しにいくか」

「あ、うん」

 リョウマは胸を押さえつけていた重石が、いくぶん軽くなったような気になった。

「だったら、『ゴースト』じゃなくて『素体』を使えると嬉しいな」

「カバード!」

「え?」

「草薙大佐から注意されたことがある。『素体』って言い方、差別用語……らしい」

「あぁ、そうか。すまない」

 ヤマトはリョウマの詫びのことばも聞かないうちに、中空に現れたメニュー表示を操作しはじめた。

「さぁ、どこにいく?」

 リョウマにはヤマトの態度に違和感を感じた。彼はそういうことには無縁の生き方をしてきているはずだ。ともだちと連れ立って、ひょいひょいと遊びに出かけるような、そんな軽々しい男ではない。

「ヤマト君、どうして?」

 ヤマトは頭からゴーグル一体型のデバイスを装着しながら言った。


「本気には本気で返す それだけのことだ」

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