第15話 わたしは次に出現するヤツが弱いと期待するほど楽天家ではない

 ブライトがシミュレーションエリアまで、わざわざ足を運んで直接戦闘訓練を見に来ていることに、ヤマトはいささかの違和感と興味を覚えていた。自分の訓練の時は直接見に来るどころか、映像を通してですらリアルタイムでモニタリングすることもなかった。もちろん報告書には目を通すくらいはしてくれているだろうが、それ以上でも以下でもない関心の示しようだった。

「ブライトさん、珍しいですね」

「あぁ、彼らには、おまえ抜きで戦ってもらわねばならんのだ」

「ぼくはマンゲツでなくても乗れるけど……」

「それでなにかあった時、わたしにはとるべき責任の方法がわからん」

「へー、ぼくのこと大事に思ってくれてるんだ」

 ブライトの目だけがギョロリとこちらにむけられた。

「いいや、まったく」

「わたしの仕事は『おまえを死なせない』、それだけだ」

 これは一本とられた、とヤマトは思った。常日頃から自分が言っている『死なないことがぼくの使命だ』という口癖を、見事に切り返された。


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 誘導電磁パルスレーンの電磁波に導かれて上空からデミリアンがゆっくりと降下してくるのが見えた。ヤシナミライはブライトとヤマトが座っている席よりやや後方の席から、それを見あげていた。この三体を見るのははじめてだった。もちろんセラ・ムーンとセラ・ジュピターは直接見て知っていたし、訓練学校でも3Dモデルや実物大の素体を使った授業でいろいろ教えられたので、今さら驚くことはなにもない。だが、本物がもつ凄みや重厚感は既知であったとしても、未知を感じさせるなにかがあった。


 まず、リョウマが搭乗するセラ・プルートが着地した。ミライの第一印象は、なにやらおどけた顔、というものだった。セラ・ムーンは顔をプロテクタで覆われても、悪魔を想起させる邪悪な顔付きだったが、セラ・プルートはまるで歌舞伎の隈取りのように見えた。頭上に設えられた「前立」も、まるでちょんまげを結っているように後方に伸びた部分が、前にせりだし、角のように突きだしている。からだを彩る甲冑の色のトーンは、淡い青と緑の中間の色合いを中心にして数色は絶妙に配色されていた。

『これ、2470年の流行色だ』

 ミライはなぜか嬉しくなった。先日、色を自在に調整できる大きな庇の帽子を買って、この色にカスタマイズしたばかりだ。今のところそれを被って出かける機会には、恵まれていないことが残念だった。


 次に降りたったのは、レイのセラ・サターンだった。ちょっと濃すぎるのではないかという青い機体だった。ブルーというよりネイヴィーに近いかもしれない。サターンの顔を覆うプロテクタはなにをモチーフにしているか、すぐにはミライにはわからなかった。ただ、どこかの古都でみかけた気がして、それを念じた。ニューロンストリーマが、あっという間にAIネットワークにアクセスし、思い浮かべた記憶と目の前のデミリアンを、ものすごいスピードで照合、該当のものを絞り込んでいく。

 ミライが似ていると思ったのは、「阿修羅像あしゅらぞう」だった。三面あるどの顔というわけではなかったが、どれもがどことなくそっくりだと思わせた。


 最後に降りたったのは、アスカのセラ・ヴィーナス。ヴィーナスという名前にインスパイアされたのか、この機体だけ身体が丸みを帯びていて、女性を意識させるフォルムだった。そもそもデミリアンに雌雄の区別があるか不明とされているのに、女性を印象づけるプロテクタや色使いは、設計者の思いが色濃く反映しているのだろう。全体の色調はピンクに近い色合いだが、そのまわりを色彩豊かに彩られているため、華やかな印象が強い。顔を覆うプロテクタも女性の化粧のような効果をほどこされ、どこかしら優しさを感じさせる。だが、その奥に隠された目がかいまみえると印象は一変した。燃えあがる炎のようを模したデザインに見えた頭上の前立まえだてが、冷酷そうな目がかいま見えるなり、のたくる蛇を頭に抱いたメドゥーサに見えてくる。

 ミライは、各機に体格差や体力差、能力などの個体差があるかはよく知らなかったが、異様であるという点では三体ともおなじで、旗艦機であるセラ・ムーンにひけをとらないな、という印象をつよくした。


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 目の前の風景が動き始めた。

 広いエリアの各所の地下からビル群に見立てた白い建造物がせりあがってきた。ビルの形の素体。高層、低層のビルサイズ素体が所狭しとひしめき合うように屹立しはじめる。

 ヤマトは一目みただけで、それがどこの街かすぐにわかった。

「戦闘シーンは、シブヤか」

 ビルが街を形作りはじめると同時に、その表面に質感がマッピングされていく。ビルの形状、色合い、材質感覚、光沢、立体感が、まるで本物とみまごう精度で変貌していった。またたく間に、ただの広いだけのエリアに、シブヤの街が出現していた。

 空のうえから電磁パルスで持ちあげられた大きな白い塊がゆっくりと下降してきた。

「さて、どの亜獣をシミュレートするのかな」

 ヤマトはちらりとブライトのほうをみたが、彼は微動だにせずエリアを見ていて、ヤマトの呟きはまったく無視していた。

 ビル数階分の大きさの白い『素体』に、表面にスキンが投影されはじめ、目まぐるしく色や表情を変えていく。しばらくして素体が着地したときには、亜獣の姿に変身していた。

「バンガスター」

 ヤマトは嘆息するように言った。

「あれ、S級だけど大丈夫?」

「わたしは次に出現するヤツが弱いと期待するほど楽天家ではない」

 目線をエリアにむけたまま、ブライトが言った。ヤマトはその態度に、おまえに頼らなくてもいいようにしてやる、という気持ちをくみ取った。


「んじゃあ、お手並み拝見といきましょう」

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