第11話 あたしとツガわなきゃ、日本人の純血が絶えちゃうでしょ!

 ヤマトが再生映像を見ていると、病室の外からガヤガヤと騒がしい声と、数人の足音が聞こえてきた。ヤマトはあわてて空中で手をふって映像を消し、テレビの映像に切り替えた。ふいにテレビの画面から、けたたましいローターの回転音にまじってレポーターの声が聞こえてきた。

『ご覧下さい。アコンカグアの頂上が削り取られています』

 ヤマトが映像に目をむけるとアンデス山脈の稜線近くを飛ぶヘリコプターの映像が映し出されていた。これくらいの高度になると、パルスレーンが通っていないため、旧時代のレトロな手段でしか近寄ることができないらしい。ヘリコプターから送られてきた映像は、6000メートル級の山が20座以上そびえたつ山脈の最高峰アコンカグア。頂上から下に百メートルほどがスパッと横に切断されているものだった。

 ヤマトが興味深い映像に目を奪われていると、ドアがすっと開いてブライトがミライを連れて、見慣れない少年たちと一緒に入ってきた。

「なんだぁ、思ったよりいい男じゃない。ミリオンキラーって呼ばれてるから、実物はもっと『ギタギタ』しているかと思ったわ」

「アスカ、やめないか、初対面で」

「ブライトさん、この子たちは?」

「今日、月基地から到着した」

「聞いてなかったけど」

「あぁ、わたしも上から昨日唐突に聞かされた」

 ブライトは憤懣やる方なしという仏頂面で答えた。本当にそうだとしたら、今日のブライトだけには一日中不機嫌でいるだけの権利を与えてもいいな、とヤマトは思った。 

「ヤマト、彼らを紹介する」

 ブライトが手に持った電子ペーパーを見ながら紹介をはじめた。

「こちらが、龍・リョウマ 17歳」

「ヤマト君、よろしくお願いします」

 ヤマトはいかにもリーダー然とした顔立ちをしたリョウマに、すぐさま『正義感』『朴念仁』とラベリングした。あの顔は、ルールを遵守することを至上として、融通がまったくきかないタイプの顔立ちだ。サイドを刈りあげた髪形は爽やかそのもので、目元から鼻にぬけるラインがすっきり通り、育ちの良さ、意思の強さ、をどうしても感じてしまう。とっつきにくいということはあっても、悪いヤツという印象をどうしてももてない清廉さがからだの各所からにじみ出ていて、ヤマトには馴染めそうもなかった。

「で、こちらがリョウマの双子の妹、龍・アスカ 17歳」

 ブライトが紹介を続けた。

「あんたがはっているエースの地位を奪いにきたわ」

 アスカに対するヤマトの第一印象は『高飛車』『自尊心』。こういう虚勢を張りたがる人間は、実態を伴わないことがほとんだ。ただ、男まさりの口調とは異にして、外見はおどろくほど女らしい。赤みがかった黒髪をふわっと広げた髪形も、猫のようにクリッとしたまなじりも、たいていの男にとっては魅力的だ。本人もそれを理解したうえでの、あの口調なのかもしれない。もし、それが確信犯なら、『したたか』というラベリングも追加しておくべきか。

「それからレイ、レイ・オールマン」

 ヤマトはハッとしてブライトが手を指し示すほうを見た。

 もうひとりいた?。

 ヤマトが目をむけると、ショートヘアの子がリョウマのうしろでぼんやりとして立っているのが見えた。ジェンダーレスとまではいかないまでも、ボーイッシュな顔だちをしており、アスカと違って女性らしさをだそうとすることには無頓着らしい。『順応性』『控え目』とでもラベリングすれば良いだろうか。レイについてだけは、第一印象だけでは、とてもつかみきれない、とヤマトは感じた。

「ごめん。もうひとりいたんだ」

「気にしないで。馴れっこ」

「名字が日本人じゃないけど」

「『養子』になったの」

「そうそう、この子のことは気にしないでいいわよ。存在感ゼロの『レイ』だからね」

 ヤマトはアスカの口調にイラっとしたので、皮肉を言うことにした。

「ありがたいね。ボクは厚かましいのも、馴れ馴れしいのも苦手だから。気づかないくらいがちょうどいい」

「は、そんなんじゃ、ツガえないでしょ」

「ツガう?」

 あわててブライトが補足をくわえた。

「ヤマト、彼らは日本人のDNAを96・9%を保持した『クロックス』のメンバーで、次世代パイロット生誕プロ……」

 タケルはいままで何回か聞かされていたプロジェクトの内容を思いだして声をあげた。

「ブライトさん、そういうのやめてくれないかな」

「ヤマト、これは軍の決定事項なんだ」

「だったら、ぼくはその『軍』をやめるよ」

「あんた、『ボカ』ぁ。あたしみたいな女とツガわなきゃ、日本人の純血が絶えちゃうでしょ。そりゃ、99・9%(スリーナイン)にはならないけど、98%くらいにはなるでしょ……」

「絶えてかまわないよ!」

 ヤマトは大きな声で、その場を一喝した。一瞬でその場が静まる。

 ヤマトはブライトと新しいパイロット三人を睨みつけるような目をむけて言った。

「あと十体で終わりなんだ」

「ぼくたちの子供世代に、ヤツラの脅威は絶対に残さない」

「いや、しかし、もしそれが果たせなかった時の保険も用意しておくことも必要だよ」

 リーダーのリョウマが、これぞお手本とでもいうべき正論を口にした。ヤマトはうんざりして思わず嘆息した。

「リョウマ君……。君は正論が正解だと思っているのか」

「あぁ、だってそうだろ」

「まったく、軍もまぬけな優等生をよこしたね」

 そのことばにリョウマより先にアスカのほうが反応して、食ってかかってきた。

「なによ、その言い草。たった3%、純度が高いだけで威張らないで欲しいわ」

「アスカ、君は死ぬと思ってここにきたのか?」

 ヤマトはたったひとことで、アスカの次のことばを封じた。

「次世代パイロットを作る、ってことは、亜獣を駆逐する前に死ぬってことだ」

「そ、そうは言ってないわ」

「あと十体、全部ぼくが倒す。次世代なんかに残しはしない」

 ヤマトの自信にみちた宣言にその場にいた者すべてが、ことばを発せなかった。


 その時、背後のドアがすーっと開いて誰かが入ってくるのが見えた。


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「メイ。メイじゃないの」

 ふいにそう呼びかけられて、春日リンは一瞬ビクッと身体を震わせた。あまりに不意打ちだったため、心がそれを無視しきれなかった。油断した、と自分を呪ったが、すぐさま落ち着いた表情を顔に貼りつけて、正面に目をむけた。

 じっとヤマトタケルが見ていた。ベッドに寝そべったリラックスした態度と裏腹に、こちらの表情を探るような視線をこちらにむけていた。

 嫌な子……。

 リンは声の主のほうに振り向いた。

「まぁ、カオリじゃないの」

 みるみるアスカの表情が曇り、ばつが悪そうに沈んでいく。

「今は、カオリじゃないの…、今はアスカっていうの。香の前に在る村って書いて、在村香……」

 知ってるーー。

 そんなことは資料で確認済だ。今のはさっきの仕返し。この子に悪気はなくとも、こちらを一瞬でも動揺させたからには、少々の居心地悪さは味わってもらわねば割があわない。

 リンはアスカの隣にいるリョウマに声をかけた。

「あ、リョウマくん。ずいぶん背が伸びたのね」

「メイさん、おひさしぶりです」

「今は、倭名保護法にのっとって、春日リンって名乗っているの」

「春日?。なんで?」

「ほら、メイって五月でしょ。だから春の日…」

「五月だったら、サツキじゃない」

「まぁ、なんていうか、ちょっとした遊び心よ。響きがよかったしね」

「倭名保護法って?」

 ヤマトタケルが尋ねると、アスカが頭のてっぺんから出したような金切り声で罵倒した。

「あんた、『ボカ』ぁ。倭名保護法知らないの?」

「アスカ、ヤマト君は知らないのも無理ないよ。ずっとこの国にいるんだから」

 リンは話がわずかでも逸れればと考え、率先して説明役をかってでた。

「日本政府が、失われていく日本の名字や名前を後世に残すために、帰化した者や移民たちに『倭名』を名乗ることを義務づける法案を決めたの」

「は、くだらないね。血は絶えたから、名前だけでも残すって……」

 ブライト司令官がヤマトの戯れ言を無視するように、リンたちに声をかけた。

「君たちはなぜ知りあいなんだ?」

「ロンドンで『歌手』をやっていたとき、非常勤で『声楽』を教えていたの」

「そうなの。しかもとびっきり優秀だったわ、ね、メイ」

 春日リンは少々困ったような表情を作ってみせた。

「兄さんのリョウマくんのほうが、歌はうまかったわよ」

「リンさん、いいですよ。昔の話は……」

「そうね、それは認めるわ。そのいい声で口説いて、いつも違うガールフレンドとデートしていたもんね」

「アスカ、やめてくれよ」

「でも、メイの一番の生徒は私だからねー」

 そう言うなり、アスカがリンの腕に飛びつくようにして両腕をまわし、むしゃぶりついてきた。肌に暖かみを感じて、リンは反射的に苛つく感情がもたげたが、迷惑そうな表情だけは表にだすまいと、口角をぎゅっとあげた。

「そうでしょ。メイ」

 腕の脇からリンの顔をアスカがみあげて、ねだるような視線をむけていた。

「そ、そうね」

「ほらぁ」

 勝ち誇ったような顔をして、リョウマのほうに顔を突きだすアスカ。周りにいる他の人たちにも、それをさりげなくアピールしている所作だった。

 リンはアスカにアッという間に主導権をとられたことに少なからず腹がたった。この子はわたしを盾にして、その場での立場を優位に展開するのに成功した。

『虎の威を借る狐』

 この『女狐』は、無防備だったこのわたしを、またたく間に『虎』にしたてあげた。

 たいした手腕だ。

 おそらくこの子はいままでそうやって、自己を認めさせてきたのだろう。

 大人の女である自分を手玉にとろうとしているのは癪だったが、ここはあえて乗ってやろうと考えた。それが、大人の女の余裕、というものだ。だが、あとで高くつくことを教えてやらねばならない。それも大人の女、というものだ。

 その楽しみはあとにとっておくとして、今は仕事を優先すべきだと考えを切り替えた。

「さて、タケルくん、さきほどあなたの主張が証明されたわ」

 リンはさきほど自分にむけられたヤマトの探るような視線を思いだしながら、それとまったく同じような視線をむけながら言った。


「もう一度最初から、順を追って説明し直してくれるかしら」

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