◇願い◇

 にこやかな笑顔で手を振る主に見送られながら、一人ずつイワカガミさんに付き添われて自室へ戻る。

 プロジェクト参加者同士が、関わることをしないための対策だろう。やはり徹底している。

 そして私は三番目に、見送られた。


 黒装束は自室に戻るまで身に着けておくようにとのことだったが、いい加減覆面だけでも取りたくて、イワカガミさんにお願いしたら取っても大丈夫だった。

「ぷっは~! スッキリする」

 ずっと布で覆われていたので、蒸れて顔が汗ばんでいる。肌に触れた空気が冷たくて、気持ち良かった。

 そんな私の様子にイワカガミさんは少し微笑んでいて、ちょっと嬉しい。


 部屋には数分で、到着してしまう。

 部屋に入るとイワカガミさんから、交換復讐の対象者の情報や、連絡用の携帯電話を渡された。

「情報は、必要最低限のことが記載されております。これ以上他に何か知りたい場合は、私に聞いて下さい。必要と判断された内容に限り提示致しますが、ただの興味本位でしたら却下します」

「分かりました……」

 面白半分に、同志の傷を掘り返すつもりはない。私が逆の立場だったら、何もかも知られるのは勇気がいる。相手を相当信じられなければ、全てを打ち明けられないと思う――――。


「今時点で、何かご質問はありますか?」

「聞ける範囲で、聞いてもいいんですよね?」

「はい」

 頭一個分以上は、私より背が高いイワカガミさんをジッと見上げる――――。

 澄んだ闇夜みたいな美しさに見惚れてしまうが、ずっと見ていたら首が痛くなるのは必須だろう。

 どうしても気になっていたことがあって、勇気を出して質問してみた。


「あの……イワカガミさんのコードネームって、漢字に出来ますよね? どんな漢字を使うんでしょうか?」

「え……私のコードネームですか?」

「はい。ちょっと気になってしまって」

 いきなりコードネームの漢字を教えろなんてヘンテコ過ぎたのか、流石にこれにはイワカガミさんも一瞬黙ってしまった。


 あぁぁぁ――――! やっちゃたかも――――!!

 これから人生を掛けた復讐バトルが始めるのに、呑気な質問なんかして呆れられてしまったかもだ。

「あ……やっぱりいいです。こんな時に聞くことじゃないですよね」

 両手を左右にバタバタ振って、「なしなし」とジェスチャーをする。イワカガミさんは軽く握った手を口元に当てて、まだ押し黙っていた。


 うっわぁぁぁ――――! 大変申し訳ありませんでした! どうかお許し下さい!

 心の中でひたすら謝り倒す。恥ずかしさに顔が真っ赤になって、干上がりそうだ。

「では、今日はお疲れ様で……」

「すみません。そんなこと聞かれるとは思っていなくて、思わず吹き出しそうになってしまって……堪えていました」

「……す。えっ! 吹き出す?」

 こんなクールビューティーなイワカガミさんが、吹き出して笑うと?

 それはそれで、凄く見たくなってしまう。


 驚いて見上げると、イワカガミさんはいつもの能面顔に戻ってしまっていた。

 そして――――。

「普通に岩に鏡です。これで宜しいですか?」

「は、はい! ありがとうございます」

「では、これにて失礼いたします。今夜はゆっくりとお休み下さい」

「はい。お休みなさい……」

『岩鏡』さんは、綺麗なお辞儀をすると、部屋のドアを静かに閉めていった――――。


 パタン――――あぁ、行ってしまった。

 岩鏡さんが立っていた場所を見詰めながら、しばらく佇む。

 久々に気が許せて、楽しい気持ちになったせいか、まるで祭りの後のような寂しさを感じる。

 うんでも、漢字も聞けたし、何かあったら連絡も出来るしね。

 あくまでもこのプロジェクトだけで出会った人だ。何かを期待する訳ではない。

 こんな危険な計画を立てる程、主も岩鏡さんも重たいものを抱えているのだとしたら、少しでも役に立ちたかった。


「そのためにも予習しておかないと」

 情報資料を隅々まで読み込んで、綿密な計画を立てよう!

 などとカッコいいことを思った矢先だった――――。


 ギュルギュルル――――空腹感が突然、登場した。

「あ……全然食べていなかったもんな。先にご飯を食べよう。腹が減ってはなんとやら……だもんね」

 地元にいる時とは、別人のように饒舌になっている自分がいることに可笑しくなる。

 昨日までの私は、自室でもうずくまって全てを遮断していたのに――――。


 本当に、生まれ変われるような気がしてきた。

 例えその切っ掛けが『復讐』であろうとも、今私は生きる喜びを感じている――――。


 あぁどうか――――『交換復讐』が、必ず成功しますように――――。


 皆が、主が――――岩鏡さんが、喜んでくれますように――――。


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