二章
◇隔離◇
暫く生活する場所となる私の部屋は、高層ビルの二十八階だった。
廊下にも高価そうな絨毯が敷き詰められていて、その上を歩くだけでゴージャスな気分になる。
「ここがシスル様のお部屋になります」
私の荷物を持ったまま、男性はスーツのジャケットの内ポケットからカードキーを取り出しドアに差し込む。この一連の流れも無駄な動きはなく、とてもスマートだった。
ドアが、ゆっくりと開く――――。それだけで不思議と、胸が高鳴ってしまう。
だけどその胸の高鳴りの期待を裏切ることはなく、ドアの奥はあり得ないくらい豪華な世界になっていた。
広さもさることながら、外国のお城にでも置いてあるような調度品が揃えられていて、夢でも見ている気分になる。
「これって、スィートルームってやつですか?」
興奮のあまり、またチープな感想を言ってしまったが、この男性には素直に話せている自分がいた。テンションが高まっている私とは違って、男性は相変わらず落ち着き払った態度で説明をしてくる。
「様式はスィートルームに似ていますが、あくまでもここはビルの一部屋に過ぎません。ホテルのようなサービスをしてくれる者もいませんので、同じフロアに設置されているストアで欲しいものは調達して下さい」
「ストアって?」
「簡易コンビニみたいなものです」
「はぁ……」
あっさりと言われたけど、フロアの一角にコンビニレベルのお店まで作ってあるなんて、異様でしかない。最初の百万から常識外れをしているのだから、これから先もこういうことが続く予感はする。その内、いちいち驚くこともなくなるのかもしれない。
部屋に入ると窓から都会の景色が一望出来て、絶景だった。
流石二十八階なだけある。きっとこんな高い所で生活するなんて、二度とないと思う――――。
窓からの景色を堪能している私に、男性はここでの生活の諸注意を何点か伝えてきた。
「基本、このビルからは許可なく外出しないで下さい。他のフロアも同様、勝手に移動をしないで下さい。シスル様が自由に移動可能なのは、この二十八階のみとなります」
その他は、食料や備品の購入方法。ストアにないものが欲しい場合など、ここでの過ごし方に関わることだった。
部屋にはお風呂とトイレもちゃんと設置されているし、アメニティも自分が使っているものより揃っている。
ただ――――。
「テレビはないんですね」
「はい。少々寂しいとは思いますが、これからプロジェクトに専念して頂きたいので、余計なものはなくさせて頂きました」
「……分かりました」
別にテレビくらいなくても大丈夫だ。今はスマートフォンでネット配信も見れるし、気晴らしにはなるだろう――――と思ったが、それは甘い考えだったようだ。
「あと、シスル様がご利用になっているモバイルの類は全て、こちらで管理させて頂きます」
「え……携帯電話をですか?」
「はい。後程、プロジェクト用の端末を支給いたしますので、今後はそちらを使って頂くことになります。通信費用などは、勿論こちらで全て負担致します」
色々普通じゃないし、予想外だと思ってはいたけど、そこまでやるんだ――――。
スマホを渡したところで、インストールしているものはゲームや電子コミックのアプリくらいだ。アドレスだって、一応家族と、虐めに会う前に仲良くはしていた数名の同級生だけで、その情報がなくなったところで支障はないけど、少し気が引けてしまう。
戸惑っている私の様子に、男性はただ黙って見ているだけで、それ以上は何も言ってこない。さっきとはえらい違いだ。
――――試されているのかな?
諭されるのは、簡単だ。特に私みたいな世間知らずの田舎娘、こんな隙のない人に説得されたら、簡単に言うこと聞くだろう。
でもそうしたら、私は本当に自分の意志で動けなくなるんじゃないの――――?
妖しいとは分かっていて、このプロジェクトに参加すると決めたんだ。それは誰の意志でもなく、自分で決めたことなんだから――――。
「分かりました。スマホくらいしかありませんが」
自分の意思と決意を込めた口調でスマートフォンを差し出すと、男性は両手で丁寧にそれを受け取った。
「ご理解頂けて、感謝致します」
「いえ。なくても特に問題はないですし」
「……親御さんから、ご連絡がはいりませんか? 長期不在する訳ですし」
自分からスマホを奪っておいて、そんな質問を投げかけてくるんですか?
不愉快になる前に、何故か面白くなってしまった。
「大丈夫です。携帯持ってても親から連絡なんて来たことがないんで」
「そうでしたか。不躾なことを聞いてしまい、失礼しました」
「え……?」
「いかがされましたか?」
「あ、いえ。謝られるとは思っていなかったので」
この人は何もかも分かった上で、動いているし発言していると感じていたから、謝罪の言葉は本気で驚いてしまったのだ。
そう思って自分もついうっかり、失礼な言葉を返してしまい慌てて謝ろうとしたが――――。
「シスル様は、芯がお強いんですね。今後が楽しみです」
――――そう言って、男性の口元が綻び、微笑まれた。
「なっ!」
突然見せられた男性の美しい笑顔に、体中の血液が沸騰したみたいに熱くなる。多分、茹蛸みたいに真っ赤になっているだろう。男性に免疫がないのが、バレバレである。
赤くなって固まっている私を気に留めることなく、男性は軽く会釈をして「十八時にお迎えに参ります」と一言っだけ告げて、部屋を去っていった。
パッタン――――。
ドアが閉まった途端、私は床に崩れ落ちた。
「つ、疲れた……」
慣れない長旅よりも、今の一瞬でエネルギーを消費したような気がする。
今後もあの男性が何かと面倒を見てくれるのならば、早く慣れてしまわないとだ。
「十八時か……あと二時間はあるな」
部屋の中を探索するにしても数分で終わるし、荷物も大してない。テレビも観れないし、スマホは没収されたばかりだ。
「少しだけど、寝ておこうかな……」
迎えにきてくれる訳だし、寝過ごすことはないだろう。
触り心地の良い絨毯の上を覚束ない足取りで、フラフラとベッドまで進む。
「大きなベッド……。何サイズなんだろう?」
そんなこと呟きながら、自分サイズが数人寝転べそうな大きなベッドの上に勢いよく倒れ込んむ。
柔らかすぎず硬すぎずの絶妙なマットの弾力と睡魔に、一瞬にして吸い込まれていくのだった。
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