【乾師寿一】9




 ボロボロだった受験は、奇跡的にギリギリ合格を果たした。入学や一人暮らしの準備に追われて、敏和のことを忘れたわけじゃないけれど、会いに行く暇なんてとても無かった。

 もう別れたんだ。恋人じゃない。敏和からそれを望んだのだから、無理に接触しないほうがいいのではないか。もしかしたら新しい恋人が出来て、そいつと仲良くやっていて、俺のことなんか忘れて楽しく過ごしているのではないか。もしくはそいつに言われて意図的に俺を避けているのではないか。

 色々と理由を考えた。でも、考えれば考えるほどに会いたくなってしまうから、いつも途中で投げ出した。

 そうして、あっという間に迎えた、引っ越しの前日。

 作業に追われて放置していた携帯電話が、ピカピカと光って。

 残されていたのは、全て同じ相手からの、留守電メッセージ。

 


『あぁ、先輩、久しぶりです。あの、松葉緑です。覚えとるかわからんけど、覚えとらんくても、まぁ、エエわ。とりあえず、卒業、おめでとうございます。なんか、菊花高校の奴らから、大学合格した聞いたんで、えっと、そっちもおめでとうございますやな。落ちてたらすんません。まぁ、どうでもエエわ。』

『俺の近況なんかは興味ないと思うから、早速やけど本題入りますわ。まぁ、敏和のことなんやけど。俺がわざわざアンタに電話かけるなんて、それしかないんやけどね。せやなぁ、もしも今先輩が、敏和って聞いてなにも感じないんやったら、この後の留守電は無視してくれて構わへん。』

『知ってるかな。多分、知らへんよな。気付いてへんよな。アンタやもんな。』

『あんな、敏和、二学期いっぱいで学校辞めてるんよ。』

『実家に帰っとらんし、多分、中山大にも、もう居ない。家族もな、誰も行方知らんねん。ただ、心配しないでって、たまに公衆電話から美々に連絡あるみたいなんやけど、居場所は絶対教えてくれんくて。携帯も変わってて。もうな、お手上げやねん。敏和の家族も、俺も、ホンマこの冬は生きた心地しなくて、もう、なんでもエエ、帰ってこなくてもエエから、元気な姿だけでも確認したくて。』

『もし、もしもなにか知ってるなら、なんでもエエから、教えてください。お願いです。ホンマ、お願いします。ホンマ、ほんまに、あぁもう、なんで、なんでアンタ、側に居ったくせに、なんで……!』

『……っ、すんません。とりあえず、今やなくてもエエから、なんかわかったら、教えてください。それじゃあ、いきなり電話して、すんませんでした。』


 俺は、その留守電を何度も何度も繰り返して、十回目辺りでようやく、携帯が手から滑り落ち、膝から力が抜けた。

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