【乾師寿一】2
恋人が出来た。
これと言って褒めれた容姿ではないのだけれど、まぁ責められる容姿でもないことと、平均よりもだいぶ伸びた身長のおかげか、それなりに男女交際というものは経験してきた。だから『恋人が出来た』ということ自体は、大したことではない。男と付き合うのは、さすがに初めてだけれど。
でも敏和は、なにかが違った。今までの誰もが持っていたものを持っていない代わりに、誰にも感じたことのない気持ちでいつも胸をいっぱいにされた。それが良いものなのか悪いものなのかもわからないくらい、それくらいに未知だった。
俺が初めてだったのだろう。キスが下手くそで(下手くそというよりは不慣れで)いつも俺にされるがまま、黙って口を開けているだけだった。でも、ビクビクと体を震わせながら、ぎゅっと掴まれると、どんな骨抜きのテクニックでキスされるよりも、ずっと俺を夢中にさせた。
愛想の良い奴じゃない。
決して自分からは話さないし、相槌も素っ気ない。一緒にいてなにが楽しいのかと聞かれたら、答えに困るほどだ。でも、俺がどんなに変な話をしても、横道に反れても、一切口を挟むことなく最後まで聞いてくれる。それも、聞き流しているのではなく、俺すら話したことを忘れているようなことでも、きちんと覚えているくらい、それくらいしっかりと聞いていてくれているのだ。
こんな感じで、敏和の短所を挙げようとしても、いつの間にか惚気に変わってしまう。こんなことは初めてで、正直どうしたらいいのかわからない。今までと違う、のならば、これは恋ではないのか。俺は敏和のこと、好きじゃないのか。
(いや。)
わからない。わからない、はずなのに。
「それだけは違うって、断言できるんだよね。」
「え?」
夢うつつで腕の中にいた敏和が、もぞもぞと頭を動かしてこっちを見る。
「なんか言いました?」
「んー?敏和可愛いなぁって言ったんだよ。」
「あー、はいはい。」
「本当だって。」
面倒くさそうに俺を押しのけ、ベッドの側に脱ぎ捨てたTシャツへと手を伸ばしたから、その手を掴んで阻止する。
「もう着ちゃうの?せっかくの夏休みなんだからもっとさぁ、」
「明日、っていうか今日松葉と会うんで、寝なきゃ。」
「え、またあのイケメン眼鏡と浮気すんの?会いすぎじゃない?」
「安心してください。今日で夏休みに松葉と会うのは最後です。講習で忙しいって言ってたし。」
「マジで!?じゃあさ、」
「だから、明日から実家帰るんで。」
「……は?」
欠伸をしながら落とされた突然の爆弾に、思わず手を放してしまった。敏和はその隙に服を着て、さっさと布団に潜ってしまう。
「ちょっと待って、聞いてないんだけど。」
「今言ったじゃないですか。」
「いやいや、っていうか明日出発で今日はあのイケメン眼鏡と会うなら、俺とはいつ会うのさ。」
「今会ってるじゃないですか。」
「敏和!」
「っくぁ……寝坊したくないから寝ます。おやすみなさい。」
向けられた背中。これ以上騒いだら容赦なく追い出されるのを、この一か月で嫌というくらいに学んだ。こんな時間に半裸で放り出されたら、いくら夏でも田舎でも、無事では済まない。
不満も文句も山ほどあるけれど、仕方なく俺も布団に潜って、隣で眠る小さな体を抱きしめる。ふんわりと優しいシャンプーの匂いがして、柔らかな温もりを感じると、今の今まで山ほどあった胸のモヤモヤが、いつの間にか溶け出していた。
こういうのも全てひっくるめて、敏和は『初めて』と『特別』で溢れていたんだ。
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