終演を飾る。僕と君と。
吉永 悠
終演を飾る。僕と君と
悠斗は、今日も今日とて繰り返される検査と薬の投与の日々に飽き飽きしていた。まるで実験動物の様で、もはや治す気なんて無いのだろう。
「今日もこの景色は変わらないね」
暗い空、珍しい紅蓮色の海。今、変わらずに存在するそれが当たり前に感じる悠斗。
「看護師さん。貴女はここにいて楽しいの?」
「えぇ。自分のやりたい仕事ですから」
「じゃあ一生ここに居るの?」
「ふふ。面白いこと言いますね。でも、そうですね。ここで最期を看取って欲しいとは思います」
「へぇ。まあ、僕もここで最期を迎えるんだけどさ」
そんな会話をする悠斗の顔はどことなく楽しそうだった。話している内容は自分の死に関わるというのに。
「そう言えば、悠斗くんにお見舞いに来たという子がいましたよ」
「ん? そんな人いたかな?」
「取り敢えず呼んできますね」
看護師さんはそう言い残し部屋から出る。話し相手がいなくなり静けさが戻る病室。
コンコン、ノックの音が聞こえた。
「久しぶりー! 元気ー!?」
「君は、るな? 瑠奈!」
幼なじみとの再会に心震わせる悠斗。
「無事だったんだね」
「悠斗こそまだ生きてたんだ」
2人は、しばらくの間談笑を楽しんでいた。
「ねぇ、おかしなこと言ってもいいかな」
「うん? 何?」
そして悠斗はぽつりぽつりと呟く。
「明日、世界が終わればいいのに。最近そう思うんだよね」
「⋯⋯」
「毎日同じ場所に居続ける。僕と同じ年代の子達はみんな頑張ってるのに不公平みたいだ」
「そんな事、無いよ」
「少し前にね、今はもういないけど戦争経験者に話を聞いたんだ。なぜ戦争をするんだって。平和な世界にしたくないの?って」
「そしたら?」
「平和を勝ち取るために戦ったって」
悠斗は少し笑いながら呟く。
「おかしな話だよね。平和のために平和を壊す。やってる事はただの暴力だ。所詮は平和って、ただのエゴなんだよ」
「それでもその人たちは国のために、世界のために戦ったんでしょ?」
「それはもちろん。僕はその人たちを尊敬するよ。我が国の安泰のために命を賭した勇敢な戦士だ。尊敬はしても侮辱なんて言語道断だよ」
悠斗は息を整え話を続ける。
「わざわざ僕に会いに東京から遠路遥々来てくれたんでしょ? 向こうも色々今大変なのに⋯⋯」
「別にいいのよ。私は最後にあなたに会えてよかったもの。その病はもう治ることないんでしょ?」
「うん。もうそれはどうでもいいんだけどね」
悠斗はベッドから起き上がり部屋を出ようとする。
「少し散歩に行かない?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「この空気は何回も吸ってるはずなのにいつも変わってて面白いよ」
「そんなの分かるの?」
「まぁ長くいたからね」
2人はベンチに座る。
「でも、僕君にまた会えてよかった」
「何回言うのよ」
照れ臭そうに返事をする瑠奈。
「僕、本当は今日死のうと思ったんだ。あそこの上から落ちて、誰かに発見されて。悲しんでくれる人はいないと思ってた。でも気が変わったんだ。君、瑠奈にまた会えたから」
「ふふ。私たちって、思うこと一緒なのね。私もそうなんだ。もし、悠斗が死んでたら死のうって。貴方にもう一度会えなければ死のうって。だから良かった」
空が少し光った。
「あれ、星かな?」
「ここから星は見えないはずだけど」
「もう、いいじゃない見えたって。ロマンチックでしょ?」
「うん、そうだね」
2人は、しばらく星を眺め続ける。
「僕まだ思うんだ。明日世界が終わればいのにって」
「⋯⋯」
「明日世界が終われば、こんな生活ともおさらば出来るのに」
「うん」
「明日世界が終われば、毎日薬投与されなくて済むのに」
「うん」
「明日世界が終われば、こんな苦しい日々も終わるのに」
「うん」
「ねぇ、瑠奈。僕きみに伝えたいことがあったんだ」
「⋯⋯何かな?」
「僕、君のことがずっと前から好きでした。僕は病持ちだ。もう先がなかった。こんな想い、捨てようと思ってた」
「うん」
「だけど僕は自分の気持ちに嘘はつきたくない。だから、僕の恋人になってくれないかな?」
「⋯⋯はい」
2人はこの広がる夜空の下で、互いの口を重ねた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
悠斗は、瑠奈の膝元に頭を乗せる形、膝枕の状態だった。
「ねぇ、僕達、恋人同士になったんだよね」
「そうだよ」
そう返事をする瑠奈の頬を、一筋の涙が流れた。
「僕、今でも思うんだ。明日世界が終わればいいのにって」
「私も、そう思う」
「明日世界が終われば、全世界の人が、安心して天国へいけるのに」
「うん」
「明日世界が終われば、戦争なんて馬鹿げた争いも無くなるのに」
「うん」
「明日世界が終われば、もしかしたら今日死ぬこともなかったかもしれないのに」
「⋯⋯うん」
「瑠奈、明日世界が終われば、僕達もう少し恋人でいれたのかな?」
「そうだよ」
「はは、なら、もう、少し、耐えれば、良かったか、な」
「頑張ったよ、悠斗」
悠斗が目を閉じたあと、悠斗の顔は瑠奈の涙でびしょ濡れだった。
「明日世界が終われば、悠斗が今日死ぬこともなかったのかな?」
瑠奈は、悠斗の亡骸を背負い、時間をかけ一歩一歩進む。
「これで最期かー」
先程星と思われた戦闘機が徐々に下降する。
「悠斗待ってて。すぐ逝くから」
落とされた1つの爆弾。2発撃ったら世界が壊れる核兵器だ。
「今日世界が終わるなんて聞いてないよ」
瑠奈は周りの火の海を眺める。この病院付近は火の海になっていたのだ。
「何が平和だ! 己の欲も制御できない愚か者め! ハァハァ」
そう叫んだ瑠奈は少しスッキリした様子だった。
「バイバイ、世界」
その日、1発の核兵器で世界は崩壊した。
終演を飾る。僕と君と。 吉永 悠 @haruka025
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