芸術奇形街

猫目 青

地下の地下

 その地下にいくと、なんともいえない色彩が目の前に飛び込んできた。

 それは、おおよそ緑と、空の蒼を写し取ったものらしい。

 少年はぱちくりと眼を見開いて、自分が落ちてきた穴へと眼をやって、奇形街の地下にこんな場所があることをものすごく奇異に思った。

 彼の落ちてきた穴は、凡そ五尺(メートル法にして150㎝)ほど。それはこの通路の天井に造られた大きな穴で、前世紀の時代に奇形街の元となった施設に水やら、電気やら、様々なものを送っていた配管がひしゃげて穴の隅からはみ出している。

 奇形街治安隊第十二部隊に所属する少年ことミケネコは、ぴんっと飾り毛の愛らしい三毛柄を立ち上げ、周囲の音を聴く。

 自分はこの奇形街を守る任務に就くイエネコ族の末裔だ。ミケネコは代十二階層を警備中、バズーカ砲をぶっ放すチワワ族とミニチュアダックスフンド族の戦いに巻き込まれ、バズーカ砲で空いた天井の穴からこの地下街にやってきたらしい。

 うーんと体を伸ばして、ミケネコはつま先でちょこんと二足歩行を開始する。眼前に広がる通路の壁には、これでもかと言わんばかりに美しい『外』の世界の光景が描き出されていた。

 蒼い峰と白い頂きを持つ『富士山』と呼ばれる山が、その景色の中に描かれている。三毛猫はちょんと立ちどまって、しっぽをゆらりとゆらしながらその絵を凝視した。

 前世紀の末期、ピカドンでぶっ飛ばされた『日本』を象徴する美しき自然の光景。それは前世紀を回顧する回顧主義者たちの悪しき象徴として、治安維持部隊では取り締まりの対象になっているものだ。

 人目を忍んで個人的にそれらの風景を描いた絵を隠し持っている程度では、治安維持部隊はやれやれと絵の持ち主を見逃したりもするが。

「こうも、堂々と壁一面に描かれると、これはもう取り締まりの対象なのですな……」

 うーん、困ったとミケネコは髭を上下に動かして前足の鍵爪で頭をポリポリと描く。美しい絵を見ることはたしかに心の慰めにはなるが、それはこっそりとすることがこの奇形街ではあんもくの了解であって、こうも堂々とやっていいものではないのだ。

「なんなんだよ、これは……」

ミケネコは延々と壁を彩る色彩の渦に眼を奪われていた。

鮮やかな山の緑に、海の青、夕陽の鮮烈な赤。はらはらと青い空に放たれる薄紅色の花びらは、ニッポン国の花だった桜だろうか。

それらの風景をミケネコは知らない。治安維持部隊に配属される前、イエネコ族の教育機関でこれらの風景が前世紀のものだということは知っている。

その景色が芸術奇形街の外にも、内にももうないことも。

ミケネコはその光景を見たこともない光景を『懐かしい』と感じた。どこか遠い昔に、この景色たちに出会った気がする。

遠い、遠い、昔に。

「ああ。君も僕の同志かい?」

声が聴こえる。

低い少年のような。それでいて、落ち着いた女性の声のような。

その声のした通路の前方へと顔を向けると、ギョロリと大きな一つ眼を持った二足歩行のニンゲンがそこにはいた。

緑色の一つ目は、まるで壁にかかれた山の緑のよう。その一つ眼を持った形のよい顔はざんばら髪で覆われている。

「いやいやいや、下から人が来るなんて久しぶりだなぁ!」

纏った襤褸をはためかせながら、一つ目はこちらへと向かってくる。

「ようこそ!三毛猫柄が美しい君!僕のゆーとぴあへ!」



 

 

 

 

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