埋葬
花宮
1
「だって私にとっては、あの子のほうがずっと大切だったのよ」
別れ話は、思った以上にあっけなく終わった。
ここまで言われてなお縋り付いてくるほど彼は私を必要とはしていなかったし、私自身だって彼のそんな姿は見たくなかった。
だいたいもう、終わりが見え始めていたのだ。
私は彼と会わない日が続いても平気になっていたし、それをいいことに彼は約束した日にすら、平気でドタキャンするようになっていた。
もっとも別れ話となればお互い多少は感傷的になって、どうにか関係を修復できないかと考えたりするのだから、不思議なものだ。
彼がアメリカンを半分も飲まずに立ち去ってから、私はゆっくりと自分の注文した紅茶を飲み、シトロンのムースを味わった。
ほらね、私、あの子がいなくなった後は体中の水分がすべて出てしまうんじゃないかってくらい、涙も止まらなかった。気づけば涙が落ちていたわ。心がメチャクチャで、身体ごと引きちぎられているんじゃないかってくらい痛くて、苦しくて、辛くて、どうしようもなかったの。ぼんやりと涙が流れていたかと思うと、あの子との生活を思い出してひどく嗚咽したりして、とにかく悲しさはとめどなく溢れ続けたし、溢れた分は内から湧き出てまた溢れていった。
今は、まったくそんなことがないわ。
あの子のいない世界での生活を『始める』のは大変だったけれど、彼がいない生活を『始める』のは簡単なようだ。
私は、レシートと彼が投げやりに置いていった千円札を取り上げ、席を立った。
アメリカン一杯の値段にしては多かったけれど、数百円の小銭を返すためにまた会う気にもならない。
これは、彼からあの子への香典として、もらっておこう。
支払いを済ませて店を出ると、ビルの間から水色の空が見えた。
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