第12話 偽ってでも護りたい
山崎は椿を自室に連れて帰り、すぐに布団に下ろした。その椿はというと、眉を寄せ苦しそうな息をしている。そんな椿を見ると怒りでどうにかなりそうだった。椿はまだ目を覚まさない。
「椿さん、椿さん」
「……ゃ、イヤ。やめて……ん、ぁぁ」
「俺です、山崎です」
椿は薄っすらと目を開けた。側にいるのが武田ではないと確認して安堵した。しかし、体の疼きはどうにも治まらない。いったい武田は椿に何を盛ったのか。
「はぁ、あ……山崎、さん。熱い。体が、あつい」
「椿さん?」
山崎は暑がる椿の額に手を伸ばした。確かに熱を持っている気がする。桶に水を汲んで来ようと立ち上がろうとした時、椿が山崎の着物の裾を握ってきた。
「椿さん」
「や、行かないで、くださ……ねがい。熱い、熱いの」
椿が着物の合わせを広げ始めた。山崎は慌てて制しようとして胸に手が触れた。
「あ……っ、ふんっ」
椿から何とも言えない甘い女の声が漏れるではないか。山崎は思考を巡らせる。
ーーこ、これは。もしや!
症状から察するに、武田は椿に薬を盛ったのだ。椿が武田の下で荒い息をしていた姿を思い出す。武田は椿を薬でものにしようとしていたのだ。
山崎の中で一度は抑え込んだ怒りが燻り始める。
「苦しいです。胸が……はっ、はっ」
山崎の手が少し掠った程度で激しく反応する事から、媚薬の一種を盛られたのだと理解した。めらめらと怒りが込み上げてくる。もし、自分があと少し遅かったなら。そう考えるだけで込み上げる殺意に山崎は震えた。
すると、椿が探るように手を山崎に伸ばしてきた。山崎はその手をしっかりと握り返す。
「山崎さ、苦し……んっ」
椿は自身の身に起きている事を理解しているだろうか。医者である椿なら、多少は分かっているだろう。この症状を抑える方法は一つしかない。椿自身が絶頂に登り、その熱を解放するしかないのだ。しかし、山崎はこんな事で椿の純潔を奪いたくなかった。とはいえ、このままにしておく事も出来ない。
「くそうっ……! 椿さん、許してください」
「んっ」
山崎はそっと椿に覆い被さった。椿の冷静さを欠いた潤んだ瞳が、山崎の双眸を捕らえた。山崎が椿の頬に貼り付いた髪をそっと避けてやると、椿の口からは熱い吐息が漏れる。山崎は顔を落とし、椿の唇を吸った。初めは優しく触れるだけの、そして次第に食むように強く吸う。
「んっ、んっ」
椿もその口づけに応え始め、薄っすらと唇を開いた。そこに導かれるように山崎は自ら舌先をそっと挿し込んだ。
そこへ待っていたと云わんばかりに、椿は山崎の舌を咥内に吸い込んだ。初めての口吸いとは思えないほど大胆であった。
互いの唾液が絡まり合い、ぴちゃぴちゃと卑猥な音が部屋に響く。その音が山崎の本能を呼び起こそうとしていた。
「あ、ん……」
椿は未知なる快楽に呑まれようとしていた。
ーーまだ、足りない。もっと、もっと……
椿は山崎の胸元を手の色が変わるほど、ぎゅと握っていた。もっと、もっとと無意識に自分に引き寄せる。
山崎が唇をゆっくり離すと、名残惜しそうに椿の視線がそれを追った。
「ゃ……離れないで、くださ」
「分かっています」
山崎は椿の帯を解き、前身頃を開いた。腰紐を一本づつ解き、椿は肌襦袢だけになった。その姿はあまりにも艶めかしい。汗で布がぴったりと張り付いているせいで、胸の膨らみと腰の線がくっきりと浮かび上がっている。山崎が思わず生唾を呑み込むほどに。
「山崎さ……触れて、触れてください」
うわ言の様に、山崎にひたすら
ーーこんな事で、清らかな体を汚すなんて!
「椿さん。すぐに楽にします」
山崎は襦袢の上から優しく施した。たったそれだけで経験のない椿のは顔を仰け反らせる。胸を突き出して、もっとと強請る。山崎の手のひらの体温が布越しに浸透していった。
「もっと、はぁっ。おねがっ」
「っ……」
その肌を晒しても良いのかと山崎は迷った。しかし、今の椿は正気ではないのだ。山崎は培った精神を集中させ、理性というものを全身から掻き集める。いつまでもこのままでは椿が辛いだけだ。早く熱を解放しなければ、体力がもたない。
「椿さん、目が覚めたら。何もかも終わっています。だから、俺に委ねてください」
とうとう山崎の手が裾避けに掛かった。ひらりと開き、下履きの紐を緩めた。内太腿を撫でると椿は閉じるどころか、スリと開き始める。
なんという厭らしい姿だ。その入り口に指を当てがうも、そこは固く閉じられていた。椿の純潔は破られていなかった。
「よかった」
思わずそんな言葉が山崎から漏れる。
椿の声が段々と大きくなるのを、山崎は自身の唇で塞いだ。
「んーんんっ」
椿は山崎の愛撫を全身で受け止め、その頂点へ登りつめた。くたり、と椿が体の力を抜いた。その後すぐに、すうすうと穏やかな息に変わり眠りに落ちていった。山崎は椿に布団をかけ、一旦部屋を出て水場に向かった。桶に水を汲み再び部屋に戻ると。手拭いで椿の体を清めた。
朝、目覚めた時はきっと忘れている。それでいい。そうあって欲しいと願いながら、山崎は椿の髪を優しく梳いた。
翌朝。
「山崎さん」
椿の少し枯れた声での呼びかけに、山崎ははっとして目を開けた。椿がゆっくりと体を起こすところだった。
「椿さん、喉は渇きませんか。どうぞ」
山崎から湯呑みを渡された椿は、喉が鳴るほど勢いよく飲んだ。よく冷えた水が喉を通り、胃の中へ流れるのがよくわかった。
「おいしい」
「よかった」
湯呑みの水を全て飲み終わると山崎がそれを受け取り、盆に戻した。何とも言えない沈黙が二人の間に流れる。しかし意外にその沈黙を破ったのは、山崎だった。
「何処か痛んだり、いつもと違う所はないですか」
「そうですね……」
椿は確かめるようにゆっくりと立ち上がり、部屋の中を恐る恐ると歩いてみる。そして、山崎の方を振り返り「大丈夫です」といつもの笑顔で笑ってみせた。
「それは、なによりです」
「山崎さんが助けてくださったんですよね? ありがとうございます」
「いえ、当然のことです」
「あの。それで私、どうなっていましたか」
「どう、とは」
「私が覚えているのは、武田組長が襲ってきたところです。もしかして、着物を脱がされてたり」
「していませんよ。組長は確かに椿さんの上に乗っていました。椿さんの腕を押さえていましたが、その時に俺が部屋に入ったので」
椿は山崎の瞳を見つめその真意を確かめる。山崎はゆっくりと頷いて見せた。
「本当です。着物は少しも乱れていませんでした」
「よかった。もし、もしも事の終ったあとだったら流石に私にも分かりますから。でもそういう感覚は無いし。ただ、あちこち撫で回されていたら気持ち悪いなとは思います」
椿は胸に手を当てよかったと零した。本当は胸元もはだけられ、裾も太腿が見えるほど晒されていた。少なくとも其処に武田は触れただろう。たが、何もなかったのは本当であるし、薬の事も敢えて言う必要はないだろう。
「俺の足が速かったと言うことです」
山崎はどうだとばかりに、にこりと笑ってみせた。ふふと椿が笑う。
山崎はこれでいいのだと何度も心の中で言い聞かせる。そして、椿を抱き寄せた。彼女が傷つかないように、偽ってでも護ってやりたい。
山崎に新選組と椿を天秤にかけることは出来ない。それでも想いだけは椿の方へ傾いている。それだけは誓うことができる。
「さあ、
「はいっ」
ただ、ここにある君の笑顔を守りたい。
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