2. 成形
眠っていようと時間は進む
目が覚めると、目の前に不思議な髪をした美人が居ました。銀髪なのに、光を浴びると淡い虹色に艶がかかって……なんというか、とても不思議な色をしています。
瞳は吸い込まれそうなほどの青。絵具をそのまま流し固めたみたいで、不気味なのに綺麗です。
「おはようございます」
「……お、おはようございます……?」
挨拶を返したらゆるりと頷いて、私の額を指でつつきます。
美人さんの指先から電撃のようなものが伝わってきた瞬間、頭の中に火花が散りました。
「いっ……」
涙目でくらくらする私に、男性か女性かもわからない美人さんが言います。
「俺はシュレミア・ローザライマといいます。あなたの名前は知っていますが、一応は互いに自己紹介をしましょう」
なんだか理不尽な気がしましたが、美人さん:シュレミアさんは目をそらしてくれなかったので、恐る恐る自己紹介を返します。
「……うう。七海紫織です……」
「ここがどこかはわかりますか?」
「……え」
言われて見渡すと、白い壁天井と白い仕切り、そして白いベッドが私を囲んでいました。
「病院ですか……?」
「そうですね」
「……」
どうして、病院に?
「……まだ眠たいですか?」
「あ……ぇ……?」
自分の体を見下ろしたら、慣れた背丈よりずっと大きいから、怖くなります。
「…………」
今度はてのひらが額に添えられ、緩く波打つような心地よい何かが伝わってきました。
まるで宥めてあやすように温かくて少し落ち着きます。
浅い呼吸を繰り返す私の頭を指で優しく弾いて、シュレミアさんが私に問いかけをするのです。
「あなたは何歳ですか?」
私は。
「10歳……」
もっと、背丈が小さいはずで。
「生まれた場所は?」
「北海道、札幌……です」
この病院もきっと札幌市内のはずで。
「通っていた学校の名前を言ってください」
「……沢岡小学校……」
そう、これまで私はずっと学校にいたのです。
家から学校の通学路を、図書館で借りた本を抱えながら通って。友達と――
「目を開けなさい、七海紫織」
「――っ」
シュレミアさんに手を握られ、なぜか電撃や波が伝わってきたよりも強く『引き戻された』感覚がしました。
まるで、心地よい微睡みが乱されたみたい。
肌寒く恐ろしい――
「……」
でも、目をそらしてはいけないような……そんな気もしているから、とても不思議です。
息を一つ吐いて、シュレミアさんが静かに問いかけます。
「眠る前のことは覚えていますか?」
私は。……
私は――何をしていたの?
――*――
辿り着いた場所は、木々に囲まれた静かな霊園だった。
「……」
風が通り抜れば草原が香る。
お盆よりも早いためか、墓参りをしている人影は少ない。
「墓は端の方だ。一旦、墓の前に荷物置いてからな」
大きめのクーラーバッグを危なげなく抱え、リーネアさんが歩き出す。
墓参りなんて何年ぶりだろう。
作法を思い返しているうち、気になったことを質問する。
「そういえばリーネアさんってどこの国出身……って、異世界か」
「……俺の世界はこっちと形は変わらないよ。国の名前も文化もな」
「へ、へえ……?」
「戦争が起き続けるから、陸続きの国じゃあ国境なんて在ってないようなもんだけどさ」
ちょいちょい重たいエピソードが挟まれると、やはり価値観や常識の違いを感じる。三崎さんは聞いたことがあるのか、特に反応はない。
「オランダ・ベルギー辺り」
「チョコレートの国?」
「ああ。こっちじゃそう認識されてて驚いたよ」
「ん……?」
三崎さんが苦笑気味に俺に教えてくれる。
「前に、細菌チョコレート持ってきたでしょ? あれ、先生側のベルギーの文化を輸入したものなんだって」
「……わー……本場の味だったんだー」
名前の通りに見た目がえげつなかったので、俺はあまり食べられなかった。
確かに美味しかったのだが、今度は普通の形のを食べてみたい。もういっそブロック型とかでいい。
「金属加工だけ発達してるせいで、成型技術がえぐいんだよな」
なぜ加工技術が特化して発達したのかは聞かない方がよさそうだ。
「空気抵抗の少ない砲弾開発やらで、」
「先生、それはまた今度にしましょう!」
三崎さんはやはりいい人である。神秘の扱いの先生である彼の奇行を押しとどめようと、俺を驚かせないように頑張ってくれている。
「? え、こっちに工場ないのか?」
「ないとかあるとか、そういうんじゃなくて」
「ないのか」
「……もうそれでいいです……」
「わかった。話すのやめる」
三崎さんとリーネアさんのコンビを見ていて思うが、なんだか三崎さんの方が“先生”のように思えてくる。こちらの世界に疎い異種族に、こちらの世界に慣れた少女が常識を伝えている……といった構図なのだろうか。
しかしながら、なんだかんだで三崎さんには花とかの軽いものしか持たせていないし、手入れの行き届いていない地面で転ばないようさりげなく誘導している。
過保護とまでは言わない。おそらく、リーネアさんの振る舞いは無意識だ。
なんというか、かなり失礼だが……三崎さんは警戒心が少し足りないようなのだ。誰かが石を抜いた跡と思しきくぼみに足を突っ込みそうになったり、アザミを避けようとしなかったり……そのたび、リーネアさんが誘導している。
(……恋人……じゃないよな、あれ。親子みたいな感じなのか?)
「……まくん。森山くん?」
「えっ」
彼女の声で振り向くと、二人が立ち止まった墓から少し行き過ぎていた。
「あ、ごめん」
「あはは、ぼうっとしてたんだね」
三崎さんにはあまり言われたくないような……そんな彼女も可愛い。
リーネアさんが俺をディスるかと思っていたが、彼の視線は墓に向いていた。
「……」
俺と三崎さんも墓を見る。
手向けられた花はしおれてくたびれているが、盆前で『くたびれる』程度しか時間が経っていないなら、誰かがいつも花を供えに来ていると思われる。
「…………」
土田先生も来ているんだろうか。
「……手ぇ合わせるの、掃除してからだな」
ネットニュースから、昨日の深夜は天気が荒れたと聞いている。墓石周りは少し汚れていた。
「じゃあ、俺、水汲んで来ます」
お供え物も線香も、花さえも用意せず来たのだ。
せめて墓を綺麗にすることくらいはしたい。
「2杯頼む。布巾もな」
「はい!」
駆け出して、霊園内部の簡易案内図を見る。ちょうどまっすぐ行けば、トイレのそばに水汲み場があるらしい。
踏むたびにバッタや羽虫が跳ねていく草むらを超え、白い建物を目指す。
今日も夏らしく晴天だ。
「っと」
すぐに辿り着き、プラスチックの桶を2つと柄杓を引っ掴んで水を入れる。
蛇口をひねると勢いよく水が流れるので少しだけ涼しい。
「うあー、冷てー……」
あっという間に桶が満杯になり、次の桶と入れ替える。
桶の載っていた台横の布巾を2枚借りてそれぞれの桶に浸す。
軽く走って戻ると、二人は竹ぼうきで墓の周りの落ち葉と土を掃いているところだった。
枯れた花と線香入れに残ったかすを捨て、ロウソク立ても外してごみを取り除く。墓石の上から柄杓で水をかけていき、土埃と泥を落とす。こびりついてしまっているものは布巾で軽くこすって、また水をかけて落とす。
下の台には、少なくなった桶の残りをそうっと撒いて、これまた汚れを布巾で取り除いていく。
すべて綺麗になったらお供え物を墓石の前へ。
1人でやれば重労働だ。しかし、3人で手分けすれば仕事は早い。さしたる時間はかからずに掃除を終え、新しいロウソクと線香、そして花を供えた。
「こんなとこだろ」
リーネアさんはぽつりと呟いて墓石から一歩離れた。
手を合わせて目を閉じる。
俺と三崎さんも、手を合わせる。
「……ごめん。あのときは、ありがとう。キミは知らないかもしれないけど、助かったんだ。本当にありがとう」
言いたかったことを伝えてから目を閉じた。
長い静寂ののち、リーネアさんが立ち上がる。
「じゃあ、後片付けして帰るぞ」
「はい」
「あ、俺ごみ捨て行ってきますね」
桶を片すついでだ。
「私行くよ?」
「お前は転ぶから駄目だ。……光太、気ぃ遣わないでいいぞ?」
「行きますよ。お供え用意してくれたのお2人なんで」
「……じゃ、頼んだ」
枯れた花を袋に入れてまとめ、水汲み場横のごみ入れを目指す。
「ケイは線香とかまとめといてくれ。俺は事務所に挨拶行く」
「わかったよ」
――*――
今頃、光太は霊園に着いて墓参りしたころだろうか。
「……そんなふうだから、翰川先生はいつまでも……聞いてます!?」
僕はいま、かつての教え子に説教されている。
「大体、正門が開いてないからって、セキュリティ誤魔化して入るって何事ですか!」
「だ、だって……応答してくれないから……」
車椅子なので正座できないが、教え子は仁王立ちで僕を見下ろしている。
知的な眼鏡が光って怖い。
「上司に呼び止められてたんですそこはごめんなさい! でも、すぐかけなおそうと思ってたんですよね! 3分以内に‼」
「うううう、ごめんなさい……」
「もう……」
僕と同年代の容姿の彼女が、屈んで僕の顔をのぞき込む。
「……心配したんですよ。車椅子で来るって言うから」
「ご……ごめん」
「本当は、きちんと部外者届があって……生体認証の関係で、本人にしか申請できないんですけど」
そのシステムを組んだのは僕だ。敷地の周囲に塀のない部分がある施設のために、新たなセキュリティを考えて製品にしたことがある。
……どの大学が採用しているのかまで見ておけば、記憶できたのに。
「もっと、きちんと出迎える準備をしてたらよかったですね。ごめんなさい」
「いや……社会人にあるまじき行いだった」
「……そうなんですけど……」
教え子:
車椅子を押してくれる。
「ん」
入るや否や、裏口を中から見ていた警備員さんに叱られているうちに、知らせを聞いた青井もやってきて僕を叱った。叱ってくれた。
「……心配かけてごめんなさい」
「…………。はい、先生」
青井が少し笑って、僕を警備員さんの方に向かせてくれた。
「ご迷惑おかけしました」
「いいえ。次は気を付けてくださいね、翰川先生」
「はい」
警備員室を出る。
歴史あるこの大学は、学問の発展とともに時間が経つたび、建造物の補修や改修を繰り返している。
「……ああ、いいな。年月ばかりは、なかなか持てるものではない」
講演で何度か来たことがあるが、仕事を抜きにしてゆったりと見るのは格別だ。
「いいでしょう」
「キミが来たかったというのもわかるよ」
僕の研究室に来た時、彼女はぶすくれてばかりいた。
「うっ。その話は……」
「こちらの方が歴史も深く、総合的には学問の面でも環境がいいからな。何よりキミの地元だ。思い入れもあるだろう?」
「……いまは、寛光も同じくらい好きですよ」
「お。それは嬉しいな」
やさぐれていた頃の彼女曰く、彼女はここの合格圏に居たそうなのだが、両親の急な転勤で東京に連れてこられたのだとか。
研究しているうちにやさぐれも取れていったし、何より、倍率の高いここに就職も出来た。僕にはもったいないくらいよくできた生徒だ。
「……翰川先生って可愛いですよね」
「?」
小声で何か呟かれたが、青井は繰り返してくれなかった。
「……ん……」
夏休みだから見かける生徒の数は少なめだ。ゆったりと進んでいると、僕を講演か何かで知ってくれていたらしい生徒が気さくに挨拶してくれる。嬉しい。
「見えてきましたよー、先生」
「キミの職場か」
青井が勤める場所は、この大学の中では格段に新しい建物だ。
神秘の本格的な研究が必要であるとして生まれた『神秘学科』。アーカイブを使った技術についてだけならば(ある意味)世界最先端の寛光大学出身であるとして、青井は倍率の高い求人で勝利をつかみ取ったのだ。
「おお」
神秘学科の校舎は、異種族の技能と神秘の技術を織り交ぜて建立された。
ダイナミックに空間を使った構造自体は洋風なものだが、日本らしい丸窓や光の淡く透けるガラスなどの遊び心もあって、不思議な魅力のある見た目に仕上がっている。
前述の通り新しく特殊な学科であるため人気も高い。
「先生の同僚さんが作ったんでしたっけ?」
「うん。彼はとても凄い職人さんだ」
実を言うと彼1人で設計して作ったわけではないが、総合責任者として名前が載っているのは彼だ。
「へえ……魔術学部の人ですかね」
「そうだぞ」
技術屋という点においては、僕の憧れの人でもある。
話しながら入口にたどり着く。
青井は僕をのぞき込み、照れくさそうながら幸せそうな笑顔で一礼する。
「ようこそ、神秘学科へ」
「ん。お邪魔する」
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