第13話 「息子と鬼ごっこ開始です」
リビングルームに入ってきたロイがソファに座っていた俺の膝の上に飛び乗ってきた。
「今日のサーカスつまんなかったーーーー ねえなんかしよーー」
子供は本当に素直である。あのレッドサーカス団の舞台を見ていたのかどうか定かではないが、あれだけの観客の声援を得たパフォーマンスを一刀両断してしまった。
「本当か?ロイ みんな喜んでいたよ」
「んーーわかんないっ でもつまんないー」
おいおい はっきりしてくれい。
俺は別に子供は嫌いでも好きでもない。だが、子供と接しているとたまにムキになってしまうことがある。大人としては失格だろうが、子供には反応が良かったのも岸庄助の人生経験が語る。
「じゃ ロイが楽しんでくれるように頑張らないとな」
「だね だから僕が今からパパをきたえてあげるよ」
「ん? 鍛えてくれるのか? それは嬉しいな」
「先生が教えてくれた必殺技があるから、それを伝授しますっ!」
「わかりました ロイ先生っ! ご享受願います」
「ごきょうじゅ? こきょうじゅしますっ! では僕を捕まえてください」
ん? 鬼ごっこか何か?
すると、俺とロイの様子を隣のソファに腰掛けて見守っていたレイが会話に参加してきた。
「ロイ! 今日パパはお仕事終わりで疲れているのよ また今度にしなさい」
「ええーー そんなことないよ パパ大丈夫だっていってるもん」
まあ俺は何も行ってないのだが.... 膝の上にちょこんと座っているロイを見ると何故だか断りたくない。
「レイ、俺は大丈夫だ すぐに終わるよなロイ先生?」
「うんっ! 僕を捕まえられたらねっ」
「そうか で いつ始まるのですか先生?」
「えーーと 今ですスタートーーー!!」
スタートと言った瞬間、ロイが俺の膝を思いっきり蹴って距離をとったと思ったら全速力でダッシュし、リビングルームの扉を開けっ放しにして廊下へと姿を消した。
「ダーリン?」
レイの顔は笑っているが、なんかちょっと怖い。
「捕まえてくる」
とだけ言い残し、俺もロイの後を追いかけるべくリビングルームを出た。
外で待機していたガイドメイドのキーラに後は頼んだとだけ伝え、俺は尚も前方で長い廊下をダッシュしているロイを見据える。
その瞬間、俺のアイマスクが反応し、視界の左下に今度はレーダーのような円形の枠が現れた。
なんだこれは? 不思議に思い、枠を見つめると
『目標に印をつけますか? はい、いいえ』
という文字が視界中央に浮かび上がってきたのだ。うちの会社の次世代技術開発部が作っていたようなARヘッドマウントディスプレイのインタフェースに似ている。確かあれはアイトラッキングシステムを採用していたはずだから、目の動きで操作できたはずだ。先ほどメイドの名前を出したときと同様に操作をすれば上手くいくはず。間違った方を見ないように注意すれば良い。
そして俺はもちろん『はい』を選択した。
すると、左下の円形の枠の中に赤い点滅する光が出力された。
やはり、これはレーダーだったのか。
なんか魔法ぽくないので、あまりワクワクはしないが面白い機能であることは間違いない。
赤い点滅はロイのことを指しているようだ。
これでこの巨大な宮殿の中で迷子になることはないな。もしかしてロイってよくこの宮殿内で迷子になるのか? でなければこんな魔法をアイマスクにストンはつけないはずだろう。
別にロイはまだ視界に収まる範囲にいるのでこれを使う必要もない。ただ俺もダッシュすれば捕まえられる。なにせこちらは大人だ。しかも高身長で体格が良いのだから。
廊下をダッシュすると、すぐにロイの元まで辿り着いた。
「ロイ! お前の負けだっ」
「フフフっ パパも甘いね 必殺技<粉塵>!」
なにっ!? 魔法か! ロイ使えるのかい!
ロイの握った拳に一瞬光が走ったと思った瞬間、
俺がいる廊下に紫色の大量の粉が舞った。
ゴホゴホっ!
やるなっ! 子供のくせしてそんな技を持っているとは
ん? ロイはどこだ?
咳き込みながら、視界の悪い中ロイを探したが、見つからない。手で空中に舞う粉を払いのけたが既にここにはいなかった。
何故だ? ここは長い一本道の廊下のはず、隠れる場所などどこにもないぞ!
「どうかなされましたか!? ご主人様!」
背後から駆け寄ってきたのはメイド達だった。
アイコンを見てみると、
『掃除メイド:フィランツァ 女 エルフ』
『掃除メイド:ルニロス 女 鬼』
『運搬スチュワード:ガルジ 男 サイクロプス』
エルフのメイドに鬼のメイド、一つ目の大柄なスーツを着た男だった。男性の場合はメイドではなくスチュワードなのか?
「ロイと遊んでいてな... 魔法を使って姿をくらましてしまった....あっ 廊下を汚してしまってすまない 後で叱っておく」
「廊下は私たちで掃除をしておきますのでお気になさらず... ロイ様と鬼ごっこですか?」
鬼のルニロスが楽しそうに微笑んでいる。これは自虐ネタと受け取っていいのか?
「ああ そうだな... すぐに捕まえようとしたのだが...全く逃げ足の速いやつだ」
「もし何かありましたら私どもをお呼びつけくださいっ 緊急の場合はマスターガードが対応致しますので... では」
それだけ言うとメイド達は下がって行った。
え?それだけ?てっきり捜索を助けてくれるのかと思ったんだが、もしかしてこんなことはよく見る平和な光景の一つなのか?
まあマスターガードとか気になることを言っていたが、とりあえずはロイを探すか...。
視界の左下に表示されていたロイの居場所を示す赤い点滅を見てみると、あまり遠くへは行ってないようだ。
よくみると、その赤い点が指す場所は廊下の壁の中だ。
壊れているのか?とも思ったが、壁の方を見ると、壁に施された幾何学模様をした装飾の内、一つだけ僅かに隙間が空いているものがあった。
壁の欠陥か何か?それにしても細部まで完璧に作られたこの宮殿にそのような粗があるとも思えない。
俺は壁に近づき、その隙間が空いていた壁の幾何学模様を触ってみた。
抵抗がない。
壁であるはずなのに触っても反作用の力を全く感じないのだ。それどころか、触った部分の壁が扉のようにして壁の奥に開く。
....隠し扉だ。
今までの人生で一回も見たことはないが、世の男子が一回は憧れるあの忍者屋敷とかで使われる隠し扉がそこにはあった。
ロイは俺を隠し扉の前までおびき寄せ、粉塵で姿を隠した瞬間にこの隠し扉から逃げたのだろう。
子供なのによくやるな...。さすがは俺の子....か?
もしストン・ヴィラフィールドだったら一瞬でこんな仕掛けは見破っていただろう。先ほど廊下で会ったあのメイド達の様子からしてそんな気がする。
だが、相手は凡人、岸庄助だ。ストンのアイマスクが無かったら完全に見失っていた。
ロイの勝利だ。
危うく主人としての地位が揺らぎかけた大事件となるところだったが、なんとかまだロイとの戦いを続けることはできそうだ。
相手は子供、だが本気でいく。それが岸庄助が子供達と接するうえで心がけていることの一つだ。それ以上にこのままだとロイに出し抜かれてしまうので、使えるものはなんでも使って絶対に勝つ!
大人がどんなに汚ないのかをロイに教えてやる良い機会だ。
俺は悪役のように笑った口を閉じることなく、隠し扉の中へと入って行った。
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